佐多さん8
どうやら、鈴木君が仁科君を避け始めたみたいだ。このままでは仁科君と鈴木君の恋が危ない……。
「やっぱり普通に嫌われてたんじゃないかなぁ」
とか言い出す仁科君を説得するのに私は必死だ。
「違うよ、ぜったい愛だよ。私の勘を信じて!」
もう、なんで仁科君には鈴木君の愛情がわからないんだろう。男の子って鈍い。っていうか仁科君が特別鈍いのか。プライドの高い鈴木君のことだ。わざと仁科君を避けるくらいのことはするだろうし、なんなら反応を観察していると思う。チョコとバニラのソフトクリームみたいに、ひねりにひねってねじ切れてしまいそうなのが鈴木君の気持ちだ。仁科君は裏表がなくてストレートなので、鈴木君のことがよくわからないのかもしれない。
放課後、私は鈴木君のいる五組に走った。
「鈴木君!」
ざわ、と一瞬クラスが殺気立った気がする。鈴木君は無視して歩き始める。私は慌てて後を追う。鈴木君の歩く速度において行かれないように、小走りで後にぴったりつきながら、一生懸命話しかけた。
「仁科君落ち込んでたよ、ねぇ。鈴木君、仁科君のことが……」
「うるせぇ声がでかいんだよお前」
ほぼ無視だった鈴木君も、仁科君の名前を聞いた瞬間私の方を勢い良く振り返った。予想外の動きについていけず、ぶつかりそうになる。戸惑っていると、ものすごい力で頬をがっと掴まれた。
「話聞いてくれないと、鈴木君と仁科君の話、毎日大きい声でクラスのみんなの前で言い続けるからね」
頬を掴まれていたので、ふごふごとしか発音できなかったけど、通じたのだろうか、鈴木君は迷惑そうに顔を歪めた後、わかった。話って何? と大人しく言った。
「こないだはせっかくの仲直りの機会、私が横入りして邪魔しちゃってごめんね」
鈴木君は迷惑そうに聞いている。聞いているのか? ほとんど聞いていない気がする。
「それで鈴木君が仁科君を押し倒した件なんだけど」
「お前どこまで聞いてるんの」
押し倒した、と言った瞬間、ドン、と鈴木君の手のひらが、私の顔数ミリ避けて壁に激突した。なんだ、ちゃんと話聞いてたんだ。
「一部始終、全部聞きました。仁科君の口から、直接」
「で?」
「それは愛だよって」
「愛って?」
「愛は愛でしょ。どう考えても愛だよ。執着だよ。恋だよ。ってものすごい圧で押したら仁科君、そうかなぁって困ってた」
なんでそういうこと言うかなぁ、あーめんどくせー。引っ掻き回してんじゃねーよ糞ブス。と言って鈴木君は黒くてまっすぐな髪をくしゃくしゃと掻きむしった。
「で、だったらなんなの。お前になんか関係あんの?」
「あるよ、私たち友達じゃん」
「は?」
「仁科君繋がりの友達じゃん」
「いやお前な、お前……。」
鈴木君は何か反論しようとして、途中で力尽きたみたいだった。
「お前と話してるとほんと疲れる」
背中を廊下の壁に押し付けて、鈴木君は私の方を見上げた。
そして私たちはなぜか、学校から駅の方へ下って三百メートルほどの、町の小さなハンバーガー屋さんでソフトクリームを食べているのだった。
「習い事サボった上に、買い食いまでしてしまった……」
ショックというか、なんていうか、新しい刺激に頭が真っ白になった。
「お前ほんとにふざけるのもいい加減にしとけよ」
鈴木君はなぜかご機嫌斜めみたいだった。怒るところがよくわからない。コーラ味のフローズンドリンクをすすりながら、イライラしている。あ、甘いもの欲しくなるときは、逆に、ミネラルが不足しているって聞いたことがある。栄養が偏ってイライラしているのかもしれない。こういうときは、なんだっけ、亜鉛とか? 貝類を食べたりしないと。
「なんで怒られてるかわからない……。私、学校帰りに飲食店に立ち寄ったのって初めて」
「殺すぞブス……。それ以上喋んな」
「私がブスなら鈴木君は何?」
「俺は……俺だよ」
私はソフトクリームを食べきってから、あらためて鈴木君の方に向き直った。
「なぜ仁科君のことを無視したの?」
「あ? 別に無視とかしてねぇから。喋ってて気がつかなかっただけ」
「ほんとに? 私の目を見て言える?」
「言えるけど」
埒が明かないので、私は心の目で鈴木君の心を透視しようと試みた。
「あー、見えます。あなたの本心が見えます。初めて触れた愛の兆しに戸惑っている、そうですね?」
「だから殺すぞ」
鈴木君はいつもみたいにすごんだけど、机を挟んでいるのでそれほど怖くない。お店の人もいるし、なんとなく安心だ。ふたりきりだと恐怖で体がすくんでしまう。
「ほら、こないだ車の中で鎌田先生も言ってた……。自分の気持ちを言葉にしないと、って。仁科君への気持ちも、ちゃんと仁科君に伝わるように言わなきゃ、ダメだと思う。仁科君、ほんとは嫌われてたのかも、とか言ってたから」
「嫌い。これでいい?」
「え、嘘! 絶対好きじゃん!」
「嫌いになった。話したくなくなった。嫌われたくなった。こういうことだろ。満足かよ」
「満足かよって、私のために言うんじゃないでしょ、自分のためだよ」
「はぁ?」
「好きなら好きって、嫌らなら嫌って、ちゃんと言わないと」
私はそこで言葉に詰まった。ぐぅ、と、大きな生き物がお腹の中で低く唸るような感じがする。圧迫感、息苦しさ。
「自分の気持ちなんか、簡単にわからなくなっちゃうんだから」
それはなんていうか、鈴木君にかけた言葉というよりは、自分自身に言い聞かせるみたいに響いた。
「好きなもの、好きな人、好きなこと。ちゃんとあるんだから。あるんだったら、大事にしなよ。それってめちゃくちゃ贅沢なことじゃん」
お腹の底から絞り出すように、やっとのことでそれだけ言ったけど、鈴木君はいつもの人を小馬鹿にした調子で鼻を鳴らした。少しだけイライラして、ムッとした。意地悪な気持ちになる。
「じゃあ聞くけど、好きじゃないならなんでキスしたの?」
鈴木君の眉根がピクリと動いた。
「それ、他のやつに言ったらぶっ殺すからな」
いつにも増してまがまがしい調子で鈴木君が言った。
「なぜ?」
「聞く前にちょっとは自分で考えろよ」
「考えても分からないから聞いてるんじゃん」
ほんとに。人の気持ちなんかわからないよ。どれだけ考えても、悩んでも、わかるわけないじゃん。と内心憤っていると、
「なんかムカつくんだよな、仁科」
鈴木君がぽつりと呟いた。
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