【KAC6】ラストバンド

しな

Scars〜残す爪痕〜

 ――昔から音楽が好きだった。ジャンル問わず全ての音楽が好きだった。

 6歳の時、 母親ががんで死んで寂しかった時も音楽はいつもそばに居てくれた。


 それから時は流れ俺はバンドマンに憧れた。自分みたいに、悲しみに打ちひしがれたり、心に深い傷を負った人の"勇気"になりたかった。


 そして高校に進学した俺は、同級生のサク、ユウ、ジン、アッシーの四人と共にバンドを結成した。


 バンド名は――《クリプトグラフ》


 サクとアッシーがギター、ユウがベース、ジンがドラム、俺がボーカルという至ってシンプルな編成だ。

 放課後は五人で集まり、近くのライブハウスを借りて日夜練習に励んだ。

 皆順調に実力をつけ、ライブハウスのオーナーにも腕を見込まれるようになってきた。


 一通りのことができるようになってきた俺達は、今度のイベントに向け作曲活動に励むようになった。

 皆作曲は未経験で、右も左も分からない状況でありながら、オーナーの助力もあり、なんとか曲が完成した。


 ――そして、ライブ当日。


 ハウスの中でも有名なバンドが次々と観客を盛り上げる。

 そして、ついに俺達の番が回ってきた。開始前にステージ裏で円陣を組む。

 リーダーのサクが語りかける。


「初めてのライブで緊張してるかもしれないけど、思いっきり楽しんでこうぜ!!」


『おうっ!!』


 掛け声と共にステージへと飛び出す。


 リーダーのサクのおぼつかない自己紹介の後にベースのユウがリズムをとる。

 それに続きギターの二人が演奏を開始する。

 俺もそれに合わせて歌う。


 緊張のせいか多少の腹痛があったが初ライブを成功させるために我慢して歌った。


 たった三分程の曲だったが、終わると観客席からは拍手が飛び交った。

 無事ライブは成功を収めることが出来た。オーナーからも「次も頼むよ」と言われ、幸先の良いバンドマン人生が始まった。


 次のライブが一ヶ月後に迫っていたある日。

 いつも通りライブハウスでの練習に勤しんでいた。

 新曲も完成し、合わせも順調に進んでいった。次のライブを成功させて名を轟かせようと皆意気込んでいた。

 何度目の合わせだっただろうか――急に吐き気を催し我慢しきれず嘔吐してしまう。

 皆が心配して駆け寄ってくるが、俺の吐瀉物としゃぶつを見て唖然とする。


 ――血だった。


 すぐさま俺は病院へと運ばれた。診断の結果俺は、遺伝性の胃癌と診断された。

 それに加え、ステージ5にまで悪化しており、余命は一ヶ月と告げられた。


 受け入れられなかった。初めてのライブで大成功を収め、これからだという時に来月には俺はこの世にはいない。

 でも、時間が無かった。ライブは一ヶ月後に迫っている。俺にとって来月のライブが人生で最後のライブだと腹を括った。


 それから俺は必死に練習へと打ち込んだ。必ずライブを成功させてアイツらの未来を切り拓くために。俺がいなくてもあいつらならやっていけると、そう自分に言い聞かせて。


 何回も血を吐いた。腹がちぎれそうなくらい痛い日もあった。――でも、ここで倒れるわけにはいかない、そんな強い思いが残された時間を精一杯生きる糧になったのかもしれない。


 そしてライブ当日。


 前回のライブ同様、有名なバンドが次々と演奏を終えてゆく。

 最後の時はゆっくりと、そして確実に迫ってきていた。

 俺は必死に願った。どうか最後に一曲だ歌わせて下さいと。


 そして遂に俺達の番が回ってきた。サクがマイクを手に言った。


「どうも、クリプトグラフです。今日は、皆さんに報告したいことがあります。今日のライブをもってクリプトグラフは、解散します」


 観客席からは大きくどよめいた。それは俺も例外ではなかった。なにせ、知らされていなかったのだ。てっきり俺が死んでも代わりを見つけて続けていくのだとばかり思っていた。


 サクは続けた。


「最後に、聞いてください……《Scars》」


 いつも通りベースがリズムをとり、ギターがそれに続く。

 それを聴きながら俺は決心した。


 "最後の三分"を最高のものにしようと――


 そして、長いようで短かった三分が終わった。観客席からはこれでもかと言うぐらい拍手と歓声が湧き起こった。

 挨拶を終えると俺はすぐさま病院へとは運び込まれた。

 ライブを終えた達成感からか急に眠気に襲われた。

 眠気にうつらうつらしていると、他の四人が今にも泣きそうな目で俺を見る。

 ――この時初めて悟った。あぁ俺は今から死ぬんだなと。


 メンバーの皆にこれだけは伝えて起きたいことがあった。


「もう、思い残すことなんて何も無い…………訳ないだろ。もっと……お前達と一緒にライブがしたかった。有名になって、もっとでかい所でライブがしたかった」


 声にならない声で叫んだ。皆もそれに釣られて泣いた。


「神様って理不尽だよな……俺、まだ17だぜ?なんで……こんなに早く死ぬのかな……でもさ、最後のライブ、めっちゃ楽しかった。三分は一瞬だったけど、あの瞬間だけは死んでも忘れない、絶対に。お前らさ、実力あるんだからバンド続けてくれよな」


 今まで黙っていたサクがいきなり立ち上がって叫んだ。


「続けたいさ!! ……でも、奏多がいないクリプトグラフなんてクリプトグラフじゃないんだよ!! ……なんで勝手に一人で先に行くんだよ……そんなん……ねぇよ……」


「悪い、最後なんて言った? だめだ耳が聞こえねぇや。体も動かないし息もできなくなってきた。急に眠くなってきた。そろそろ時間か……」


 自分でも目が虚ろになっていくのが分かった。どんどん視界がぼやけ次第に暗くなり始める。周りの音も水に入った時のようにくぐもって聞こえる。瞼が急激に重くなり抗うことが出来ない。

 最後に声にならない声で呟いた。


 ――ありがとう、楽しかった。


 そして俺は、十七年という短い人生に幕を下ろした。







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