闇鍋に巻き込まれました

白香堂の猫神

第1話 日付を越えるまでに、完食できないと後日罰ゲーム

 霊界シークレット・ポリス、略して霊界SP。


 その数ある支部の中でも、メンバーの個性が濃すぎて『個性が限界突破』又は『魔境支部』と呼ばれている支部の一つ、潮宮しおみや支部。


 そのオフィスビルの一室で『それ』は行われていた。


「はいはーい! 何回目か忘れたけど、潮宮支部主催、闇鍋チャレンジ! はーじーまーるよー。ルールは簡単! 明日になるまでに、完食する事! あ、罰ゲームありだからね」


 この場に集まったメンバーの中で一番の古株。テンションが高い悪戯好きの、見た目は子供、実はオババな野村 巳奈子のむら みなこちゃんが両手をパチパチと打ち鳴らして始まった。


 定期的に開催されているという闇鍋チャレンジ。


 主催者は巳奈子ちゃん、松下 楓まつした かえで先輩と竹部 秋乃たけべ あきの先輩の三人で、材料の買い出しも三人がしたらしい。


 今回、いつもならばストッパーになってくれる常識人とオカン達が一部不在、参加メンバーは巻き込まれる形での参加だったのだが、全員が徹夜した後だった。


 その中には正常な状態なら、止める方に回るメンツも居るのだが、徹夜による疲れから誰一人、ストッパーとして機能していない。


 むしろ、アクセルを全力で踏みっぱなしの状態だ。


 そんなカオスな状態の闇鍋チャレンジに、何故、オレ達は巻き込まれてしまったのだろう?


 遠い目をしていると、対面から刺す様な視線を感じた。


「……よくも巻き込んでくれたな、人間」


「すまん、青行燈あおあんどん。まさか、こうなっているとは……思わなかったんだ」


 オレ……青峰 和葉あおみね かずはは、紫のオーラを放つ鍋がのったテーブルをはさんだ対面に座る男に、頭を下げた。


 本来、オレは非番で今日と明日が休みなのだが……。


 たまたま、ちょっとした甘い物を買いに外に出て、その帰り道に廃墟の傍を通りかかった。


 誰も住んでいないはずの家の中に、揺れる光を見た気がして、中に入ると数名の高校生だろうか? が、秋なのに百物語をしていたのだ。


 九十九話で終わりにすればいいのに、学生達は百話目を話したらしい。


 オレが妖気を感じて踏み込んだ時には、怪異である妖・青行燈が呼び出されて、学生達に襲いかかる瞬間だった。


 新人とはいえオレも霊界SPだ。青行燈の前に立ちふさがり、学生達を逃がしてからタイマンを挑んだ。


 なかなかに強かったが、腹パンで床に沈め捕獲して、何とかするのを手伝ってもらおうと職場に連れてきて……青行燈共々、闇鍋チャレンジに巻き込まれた。と、いうのがここまでの経緯。


 そして、オレ達を引っ張り込んだ面々は早々に気絶。我に返った参加者達はもうやめるべきだと、鍋を片付けようとしたが鍋に触れず、部屋からも出られない。


 そこで思い出したのは『チャレンジが失敗か成功するまで、出られないし、やめられない』と術をかけていた巳奈子ちゃんの姿だった。


 さすが古株の一人、本人が気絶してても術は消えずに維持されていた。


 要らなかったよ、そんな完成度!


 何でそこで本気を出した、巳奈子おばーちゃぁぁぁん!


 職場から出られないと大変困るし、失敗した場合は罰ゲームが全員に降りかかる。


 だが、相手は紫のオーラを放ち、真っ黒な煮汁がボコボコと沸騰し続ける鍋だ。


 闇を超えたカオス、ラスボスよりも強い裏ボス。


 誰もが思った、これを倒し生還できるのか? と。


 しかし、生還しなければ、えげつない事に定評がある、楓先輩が考えた罰ゲームを受ける事になる


 それだけは避けたい。青行燈以外の全員の心が一つになった瞬間だった。


 こうして残された参加者達による、闇鍋裏ボス討伐が始まった。一人、また一人と脱落していき、最終的に残ったのはオレと青行燈の二人だけ。


 タイムリミットまでに残された時間は……三分だった。


「くっ、せっかく呼ばれたというのに、何故……こんな目に遭うんだ」


 若干青い顔をした青行燈は、文句を言いながらも鍋の具を口に運んでいく。


「いっつも、そうだ。姉貴達は何とも無いのに……俺ばかり」


「姉? そういえばあんたは、青行燈なのに男なんだな」


 青行燈は記述の少ない妖だが、鬼女である事は共通している。なのに、呼ばれたのは男の青行燈だった。


 まじまじと見つめると、青行燈は手が止まっていると言ってオレを睨む。


「こちらにも色々あるんだ。姉と言っても血は繋がっていないし、便宜上そう言ってるだけにすぎん」


 俺が来たのも、シフトだったからだし。


 おぉう、妖怪の世界にもシフトがあるのかよ。


 新たな事実に複雑な表情を浮かべていたオレは、箸が挟んだ物を見て無となった。


 オレの箸がつまんだ物……それは、カオス汁を吸ったパンと思われる何かだった。


 天を仰いだのは仕方がない。


 うん、無理。もう、無理だろこれぇ……。


「だから、手を止めるなと言っているだろう! とめる方が辛いぞ!」


「うぅ、せめて……せめて、カレー粉があれば……」


 どうして買ってこなかったんですか! 先輩達ぃぃ!


 カレー粉があったのなら、少しはマシになったはずなのに!


 涙目になりながら、パンだった物を口に運ぶ。口の中に広がった衝撃の味に一向に慣れる事は無く、ダメージを受けながら咀嚼して飲み込んだ。


 リバースしそうになるのを必死に耐え、オレ達は鍋を食べ続けた。


 朦朧としてくる意識を繋ぎとめて、食べ続けたおかげなのか、残り一分の時点で鍋はお椀一杯分にまで減らす事ができた。


「こ、これが最後……」


 これを食べきれば終わる。


 この地獄から解放される、と、希望をもって箸でつまんでオレは絶望した。


「な、なん……だ、これ……」


「ぐっ……これは……食べ物……か?」


 オレと青行燈の声が重なる。


 お互いがつまんだ物を凝視したまま、固まってしまう。


 オレがつまんだ物は、色はマーブルに変色した丸くてブニブニした物で。


 青行燈がつまんだ物は、元の色から変色した同じく丸い物。


 どちらも色がヤバイ。匂いは、もはや嗅いではいけない。


 元はちゃんと食材だったはずの物は、食べてはいけない物危険物へと変わってしまっていた。しかし、迷っている暇はない。


 オレ達は頷き合うと、危険物を口に入れ咀嚼して飲み込んだ。


 時計を見ると、あと一秒で零時をさすところだった。


「か、勝った……!」


 見たか主催者達! 生還してやったぞ!


 腕を突きあげようとして、グラリと身体が傾いだ。


「お、おい!?」


 青行燈の焦った様な声を最後に、オレの意識は遠のいていった。


 やっぱり、毒物の大量摂取は身体に堪えたらしい。


 闇鍋裏ボスは強かった……よ。



 目を覚ました時には青行燈の姿は無かった。


 テーブルはそのままだったけれど、鍋やカセットコンロといった物は綺麗に片付けてあり、代わりに置き手紙と見慣れない丸薬の入った瓶が一つ置いてあった。


 ダメージが残っていたせいか、もう一度、意識が暗転してしまい、読む事はできなかったけど。


 次にオレが目覚めたのは、早番組が出勤してきて死屍累々の状況を発見した後だった。


 主催者の三人はきついお説教をくらい、しばらくの間、闇鍋は禁止になった。


 と、言うのがこの闇鍋チャレンジの結末。


 オレはというと、闇鍋という単語がトラウマになり、青行燈から貰った薬(胃薬)を暫く服用する事になりました。


 …………闇鍋、怖いデス。

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