第二十話 窮鼠(3)
子どもの頃から
そんな中、父親に連れられた
一人で座してそろばんはじきや
一歩引いて遊んでくれない数人の
あちらこちらに
「
一言で言うならば、
人に好まれるなら
「楽に、楽しく」。そう生きる為には、
――――それが今ではどうしたことか。
だがしかし町人や職人は、「ざまあ見ろ」「ありがたい」と笑っている。それがどうも楽しくて。気付けば何度も盗んでいた。
しかし――。
「お前今、楽しくないだろ」
つい先日あったばかりの
そして。
「つまらなそうな顔をしているお前を、穂波殿は嫌いと言っていたぞ」
その
己の意志と思い違えた「行動」を起こさせていた寄生虫の腹を
だがしかし、虫は
「う、ぁああああああ!!」
頭を抱えて
しかしその心は。張り詰め固められた
「がぁあああああ!」
気配が、視線が、十手が、てんでんばらばらに襲いかかる。
しかし気配は恐れるにたらず。
ただ、揺れる十手のみに気を張れば良い。
「
本来絡め取る物であるはずの十手の
前足を起点に後ろ足を
「
「ごぁ……!」
およそ二尺の竹でもって、
――
真にこちらに迫り、
腹を打った竹は「スパン」と
――一瞬、その
「ご……おえ……がふ……」
「む……」
「おいいたぞ! あそこだ!」
あちらやこちらやそちらから、
「な、まさか
ぞろぞろと
「……ここまで、かよ。無様だなあ……」
俯く千治の横顔は、諦めたのか、己を嘲るように笑っていた。
そんな千治の片腕を、一刀斎は掴む。
「立てるか。……立って、言うべきことを言え」
「……悪ぃ、ホントに、迷惑掛ける」
さっきまでの気の乱れは、あの一撃で吹き飛んだらしい。その目は痛みに歪んでいるが、生き生きとしている。
立ち上がらせた千治に肩を貸し、顔を上げさせる。
傷つく千治を見る街人達は、みなとうてい信じられないと言った様子でざわついている。
そんな街人達を見渡して。千治は。
「……そうだ、俺が影縫だ! 天下に銭を巡らせず、渡すべき者に銭を回さず、銭を溜め込む
空になった腹に空気を溜め込んで、子刻で眠る街を叩き起こすように吼え上げた。……ネズミは、決して叫びはしない。千治は今、いっぱしの人として己を示した。
「な、なにが極悪人だ! オレの金を奪いやがったお前の方が!」
「うるせえ! 銭ってのは使って、天下を巡るから意味があるんだよ! 銭を使わねえってことは、銭を殺してるってことに他ならねえ。
「黙れ
「口ばっかり達者に動かしやがって、オレの金を返せ!」
一部の商人が遠巻きにどやしつける。千治は目を伏せ、「当然だろうな」と、甘んじて受け入れる。
だが、しかし。
「金を使わないのは殺すこと、本当に千治は上手いことを言う」
「あるはずの金が使われねえんじゃ、俺らの商売もあがったりだ」
他の商人達が、がなり立てた男達を睨みつけ、
「ああそうだ。元はお前らがあくどい商売してたのが悪いんだろうが!」
「自分のことを棚に上げてんじゃあねえ! いや、自分だけじゃあねえな、売る品だって棚から下ろしちまいな!」
街人達は、商人に同調しだす。
悪徳商家たちはたじろぎながら、それでも負けじと奥歯を噛みしめて。
「だ、だがあいつだって溜め込んで……!」
「千治のことだから後でばらまくに決まってんだろ! あの千治だぞ!」
「千治は遊び人だが、義理ってモンを分かってる奴だ。それにあそこまで吐いた。自分をさておいてああ言い切るのは千治には無理だよ」
いくら足掻こうが、普段の
日頃ほっつき歩きながらも、人に親しみしかと接してきた千治と、しっかり店を開けつつも、
――人と商いをするのを忘れ、銭集めだけに
千治は形の良い丸みを帯びた
「
人ごみの奥から、
騒がしかった人々が、一瞬にして押し黙る。往来を左右に分かれて出来た
目の形が、千治のものと同じであった。
「……
千治が、ぽつりと呟いた。――やはりこの男が、草間屋の主。
自分らの味方の登場に、悪徳商人はその
「ああ、俺らの大将のお出ましだ! いいかお前ら、お前らが大好きな千治の父親もな、俺らの仲間だ! 俺らは草間に金を預けてるんだよ!」
「千治」
沸き立つ悪徳商人共とまたもざわつく街人達の視線を無視し、一刀斎に体を預ける千治をしかと見る。
だが千治は、その父親と目を合わせなかった。こう近ければ分かる。
やはり父親の成した事を許していないのか、焼け石のような怒りの
「――――盗むのは、直接的すぎる。頭を使え。私のように、上手くやればよかっただろう」
「え……」
溜息交じりに吐かれた言葉の意味を、
「…………くっはっはっはっはっ! お前達は本当に
周囲を気圧すような
その言葉の意味を理解できぬのか、人々はたじろぐばかり。周囲を見渡し、心の底から愉快そうに笑った顔は、千治の笑顔とまるで同じである。
「まだ分からないか。私は、織田家と繋がっている」
その一言で、ようやくことに気付いた悪徳商人達の顔から血の気が引いた。
商人も目を見開いて、察しの良い街人は、笑いを堪えるため口を抑える者までいた。千治も気付いたようで、肩をふるわせて「ホントにアホをやったのは俺の方か」と鼻から空気を漏らした。
だが一刀斎は、分からない。
「……なんだよ親父、そういうことなら、さっさと言えよ……」
「すまん千治、どういうことだ」
「つまりは、だ」
千治の父が、帳簿を懐から取り出した。
「どの商人が隠し金を作り、金の流れを止めているか。それを探り、調べ、整え、織田家へと報告する。――どこぞの莫迦のように考えなしに盗み出しては埒が明かない。
「……………………ああ」
しばし間を置いて、一刀斎はようやく
つまり千治の父は不正に手を貸したのではなく。
手を貸すように見せかけて、どの家が商いを誤魔化しているかを調べて地域を支配する織田に
……どうやら千治に、仁義を
真実を知って暴れる悪徳商人が、街人達に取り押さえられている。
――なるほど、こうなるか。
顔上半分を隠す面の奥で、その目が歪んだ。
金を預かる倉貸しを入れ知恵したが、どうやら草間屋は思った以上に
知恵を利用され、善行に使われた。
「……善果を悪因にするどころか、悪因を善果に転じさせますか。いやはやまったく……」
予想できないことではなかった。話していても腹を割った
だが。そんなことは、どうでもいい。
(なるほど上だ)
千治との立ち合い。あれは千治の
あの最後の太刀……いや、竹捌きは見事であった。待の中に懸をしかと秘めていた。
まだせいぜい二十歳前後だろうが、練達していると言って良い。
だが。
(しかし下だ)
――他の
この今を末にすれば、問題ない。
種から養分を奪う
実る前の種を食う
――出来た実を掠め取る
「…………!」
頭の中で策を練ろうとしたその瞬間。
偶然、いや違う。間違いない。あの眼はしかと、こちらを見据えている。
――ああどうやら、そうそう時間はないらしい。
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