きゅーせい・ふぁみりー 〜俺は姉さん達の非常食?〜

比良坂

第一話 楓斗の世界




 楓斗ふうとは何も持っていなかった。


 家も。


 家族も。


 己の苗字すらも。



 着ている服も、暖かい飯も、風呂も、布団も。


 皆、児童養護施設かりものだった。


 故に。


 楓斗は忘れない。



楓斗ふうと?貴方が楓斗ね!」


「君は…だれ…?」


「…今ママがお話してる!貴方は今日から私の弟になるのよ!」


 自分に"沙久芭さくばの姓を与えてくれた女性ひと達を。


「覚悟なさい!これから一緒に遊んだりお昼寝したり…お風呂だって入ってやるんだから!」


 自分を見て笑う、未来の姉の顔を。


 楓斗は、忘れない。





 ****





「…………」


 カーテンの隙間から覗く陽光はとても暖かなのに、自室のベッドの中、楓斗は睡眠の微睡みの中から


 楓斗は酷く気怠かった。


 理由は簡単。


 からだ。



「おいこら、重いから退きなさいよ」




 楓斗は恨めしい目を作って、自分の布団の上を睨んだ。



「酷いなあにさま。結衣莉ユイリは兎も角、淑女レディーであるボクに向かって"重い"なんて…」


「ぶ〜!真央マオおねーが居るから楓斗おにぃに怒られたんだよ!結衣莉一人だったら怒られなかったよ〜!」



 布団の上には二人の少女が乗り被さって、お互いに睨み合っている。


 一人はショートヘアが中性的な印象を与えるすらりとした体型の少女。


 名前は沙久芭 真央さくば マオ。中学二年生。


 もう一人はセミロングのツインテールヘアを快活に揺らす、歳の割にグラマラスな体型の少女。


 名前は沙久芭 結衣莉さくば ゆいり。小学五年生。


 二人とも、楓斗の大切な義妹いもうと達だ。



「出て行きなよ結衣莉!今日の『兄さま起こし当番』はボクの筈だぞ!?」


「勝手に当番制にしないでよ〜!早い者勝ちでしょ!?それにさぁ〜…」


 結衣莉は悪戯っ子の笑顔を浮かべ、自分の肉厚な胸を布団越しに楓斗へと押し付ける。


「結衣莉みたいなぁ…おっぱい大きい子に起こして貰った方がぁ…おにぃは悦ぶんだよぉって!」


「ちょ!?」


 舌足らずさを強調した結衣莉の声、羽毛越しにでも確かに伝わる柔らかな肉の感触に、楓斗は朝っぱらから酷くどぎまぎした。


 思わず目を遣ると、結衣莉は少し大きめのパーカーを着ている。その胸元から、結衣莉の発育の良い乳房の総てが見えていた。結衣莉はブラジャーを着用していなかった。


「そんな事あるもんか!」真央は犬歯を剥き出しにして怒る。


「巨乳だけが女のステータスじゃない!ただの脂肪の塊じゃないか!」


「きゃ〜こわ〜い!おにぃ助けて!逆恨み貧乳おねぇが虐めるのぉ!」


 結衣莉が楓斗の腕へと抱き付く。

 今度は乳房の衝撃が、乳房の頂の突起の感触が直に来た。齢十五、中学三年生の楓斗には、流石に刺激が強過ぎる。


「ちょ…ちょっ…待って…お願い…タンマ…!」


 暴走してしまいそうな象徴を必死に抑える楓斗。

 しかし、真央と結衣莉はぎゃあぎゃあと喧嘩キャットファイトを続ける。


「誰が貧乳だい!この脂肪の塊!デブ!牛!ガスタンク!」


「ペチャパイ!ベニヤ板!関東平野!ハーゲンダッツのフタ!」


「だ、だ、誰がハーゲンダッツのフタだぁぁ!」


「あああああもう!二人とも出てけよ!着替えるから!!」


 このままでは気が変になる。

 楓斗の喝が朝の空気に迸り、真央と結衣莉はぴたりと動きを止めた。


 そして楓斗は真央が(何故か)着ている男子制服の襟首、パステルカラーをした結衣莉のパーカーのフードを掴んで、ドアの向こうの廊下へと放り投げた。


「下で母さんの手伝いをやりなさいよ!」


「「あ〜〜〜〜っ!」」


 二人の義妹が廊下へ落着するのを確認すると、楓斗はドアを閉め、代わりにカーテンを勢いよく開ける。


 白い陽光が楓斗の部屋せかいを満たしていく。

 窓を支配するのはあおあお

 市街地や港から少し離れた断崖に建てられたこの沙久芭邸から見える景色を阻むものは何も無い。


 楓斗は窓を開け、潮騒に耳を傾ける。


 そして、静かに感謝をする。


 自分に幸福をくれた総ての人達に。


 義母、義妹達、そして……。


 あの日、自分に声を掛けてくれた……。



義姉ねえちゃん…」



 その時である。


 ふと、楓斗が自分の身体に目を遣ると、


「なんだコレ?」


 左右の腕に一つずつ、噛み跡があった。

 人の歯型にしては犬歯が少々大きい。

 噛み切る事を目的としていない、甘噛みのような噛み跡だった。




 ****




『はぁ…なんでおにぃの精気ってあんなに美味しいんだろう』


『ママが特異体質だって言ってたね…。全く…今朝はボクが兄さまを独占したかったのに…!』


『あーもっと吸いたいぃ。おにぃだったら性交ガチの吸精でも良いよ!』


『よく言うよ。兄さま以外みんな知ってるよ?』


『何が〜?』


『夜な夜な街で家出小学生装って…、近寄って来た変態中年オヤジをラブホに連れ込んで吸精してるだろ?』


性交ガチじゃないよ?催眠魔法ヒプノ掛けてチュルっと吸うだけだも〜ん!くたびれたオッサンの精気ってギトギトしててクセになるんだよね!おにぃほどじゃないけど!』


『だも〜んじゃない気持ち悪い!時々お前から加齢臭がするんだよ!臭くて溜まったもんじゃない!』


『そういう真央おねぇだって、自分に寄ってくる歳下の女の子にしか吸精してないじゃん!同性でしかもロリってどうかと思う』


『うるさいなぁお前はホントに!』



 廊下でまたもや真央と結衣莉がぎゃあぎゃあと騒いでいるが。


「気持ち良いな…、なんか…」


 潮騒の所為で楓斗の鼓膜に、義妹達の声が届く事は無かった。



「今日…留学から帰ってくるんだよな…、義姉ねえちゃん…!」




 続く

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