俺と親父の1週間

えふみふ

俺と親父の1週間

──亡き父に捧ぐ。追伸、夢でも幻覚でもいいから一回ツラ出せ。──


 大学進学のために家を出て1年。恐ろしく気温の下がった真夜中に、スマホが鳴った。母からの着信だった。この時、スマホを取る前から嫌な予感がしたことを、今でも憶えている。

『お父さんが…お父さんがね………』

母の涙に濡れた声を聞きながら、俺は異様なほどに冷静だった。


父が、亡くなったらしい。


 葬儀のために実家へ帰り、事後処理も済ませ、一人暮らしのアパートに戻ったのは2週間後だった。実家にいる間、常に気を張っていたのか、ここに来てようやく緊張の糸が切れたようだ。上着も脱がずにベッドに倒れこむ。


 父は、朝から夜遅くまで仕事して、たまの休みには酒を食らって爆睡し、そしてまた仕事に行く。そんな人だった。仕事の都合で家にいることが少なかったが、夜遅くに帰ってきては夜更かししている俺の部屋にドタドタと入ってきて、あれこれ喋ったもんだ。今まで特に気にもとめていなかったが、それが自分の中での大きな支えになっていたことに、失って初めて気づく。父はもういない。


ピーンポーン


突然、部屋のインターホンが鳴る。何か通販でも頼んでいただろうか?それとも郵便?あれこれ考えながら扉を開ける。

「よう、久しぶり」

あー、前言撤回。父は…まだいた。


「いやー、この部屋に来るのもおまえが引っ越して以来か!随分様変わりしたなぁ。彼女でもできたのか?」

「…違うよ」

 一応部屋に通したものの、混乱がおさまらない。確かに親父は死んだ。遺体も確認したし、死亡診断書も隅から隅まで読んだ。火葬場では俺の目の前で燃炉にぶち込まれて数時間後には骨になってた。うん、はい、俺の記憶の中では親父は確かに死んでる。よしとりあえず深呼吸だ。

「すー…はー…」

俺の奇妙な行動を、「こいつ大丈夫か?」みたいな顔して見てる親父がなんかイラつく。

「……なんで俺がここにいるのか、知りたくはないのか?」

めっちゃ知りたい。

「まぁ、興味はある。でもおおかた、まだこの世に未練があるとか、そんな感じで現世に残ってるってヤツでしょ?」

「ああ、まあそんなとこだ」

マジか。でもそれなら…

「それなら、俺のとこよりも母さんのとこに行ったほうがいいんじゃない?俺はほら、この通りもう大丈夫だからさ。母さん、めちゃくちゃ落ち込んでたぞ」

「いや、母さんにはもう会ってきたんだ。と言っても、いわゆる“夢枕に立つ”ってヤツだけどな。お別れはちゃんとしてきたよ」

「ちゃんと…かどうかはわからないけど、まあ大丈夫ならそれで、いいのかな?じゃあなんで俺のとこに?」

「決まってんだろ、おまえと遊ぶためだよ」

「は?」

「だから、おまえと遊ぶため。俺はずっと仕事で、お前は学校。今まで遊ぶ時間なんてほとんど無かっただろ?こんなんで成仏できるかっての。だからしばらくこっちいるけど、いいよな?」

「はぁ、さいですか…まあいいけ…ど?」

何言ってんだこの人!生きてる時からやけに生命力あふれた人だなとか思ってたけど、生命力って死んだ後も持続するのかよ!

「よっしゃ!じゃあまず何しよっかなー…そうだ!おまえ家のゲーム片っ端から持ってっただろ!?なんかしようぜ」

 俺はゲームが好きで、ここ数年出たハードはほとんど持ってる。今も、最近出たばかりの有名FPSゲームにハマっていたところだ。せっかくだから親父にもこれをさせてみよう。

「なんっじゃこりゃぁぁあああ!!!」

コントローラーが宙を舞い、クッションがディスプレイに直撃する。そういえば親父がゲームをやってるとこを最後に見たのは、十何年も前に出たRPGゲームやってるとこだった気がする。親父には何か別のゲームをオススメした方がよさそうだ。

「おっ、これがいいな」

部屋の小さな押し入れから、親父が古いゲーム機を引っ張ってきた。そういえばこれも実家から持って来てたんだっけ。完全に忘れてた。

「おまえが小さい時、よく一緒にやったな。憶えてるか?」

「憶えてるよ。親父が強すぎてほとんど勝ったことなかったけど」

「あれ、そうだっけ?まあ俺だいぶやり込んでたからなー!!」

なんかイラつく。でも久しぶりにこのゲームを親父とやるのは悪くない…が、

「でもごめん、俺そろそろ腹減ったんだけど」

時計はいつの間にか19時を指している。

「お、そうか。んじゃ飯食いに行こう」

「……は?」

この人、外に出る気か?


「いらっしゃいませー!2名様ですねー!空いてるお席へどうぞー!」

 え、なんで見えてんの!?おばけってそんなことも出来んの!?おばけすげぇ!

「俺にかかればこんなことも出来るんだぜ?」

もう生命力あふれすぎて実体化しちゃってるよ!!ていうかこれ俺の幻覚とか夢とかそんなんじゃなかったのかよ!!

「いやーおまえと飯なんていつぶりだ?なに食おっかなー」

……。

なんだか、あれこれ考えるのがバカらしくなってきた。俺に親父への未練が無いかと言われると、無いとは言えない。もしこの時間が、親父といれる最後の時間になるのなら、これが現実だろうが夢だろうが、付き合ってやってもいいかな。

「どうした?」

気づくと親父がメニューを開いたままこちらを覗いていた。わかったよ、あんたの最後の時間に付き合ってやる。

「いや、なにも?そうだねぇ、ここの店は肉がうまいんだよ」

「そうか!ならコレとソレとあとコイツも。おまえも一緒でいいか?」

「うん、お願い」

「よっしゃ、店員さーん!」

本当、すごい人だよ。


「いや美味かったな〜」

 部屋に戻るなり親父は俺のベットに突っ込んだ。結局親父は気になる料理を次から次へと頼み、その全てをたいらげていった。曰く「俺死んでるから満腹感なんて無いんだよ」とのこと。つまり気がすむまで食いたいものを食ったってわけだ。どうでもいいけど金払うの俺なんだけど。

「さ、明日は何がしたい!?」

「んー、親父に任せるよ。やりたいこと色々あったんだろ?全部付き合うよ」

「さすが俺の息子!よっしゃ、最高のプランを考えといてやるから楽しみにしとけ!」

明日も騒がしい1日になりそうだ。


 それから数日は俺の予想通り騒がしい日々となった。

 まずは釣り。まだ日も昇る前から釣具店に駆け込み、釣り具一式を揃えてよく釣れると噂のスポットに向かう。結論から言うと全くのボウズで、俺が参考にした釣りサイトは閉鎖したほうがいいと思う。親父は「これも面白えんだよ!」とガハガハ笑っていた。そういうもんなのか。

 それから映画。親父と一緒に映画を観るなんて、まだ小さい頃に観た有名怪獣映画以来だ。俺たちは適当に面白そうなものを選択して、ポップコーンやらジュースを買い込んでど真ん中の席を占領した。映画はとても面白く、帰りに寄ったカフェで延々と映画談義に花を咲かせた。

 お次はカラオケ。これまた俺が小さい頃に一緒に観てたアニメの劇中歌で盛り上がった。他にもボウリング、バッティングセンター、ちょっと足を伸ばして博物館、水族館、遊園地なんかにも行った。この歳で親と一緒に行くなんて、ちょっと恥ずかしい気持ちもあったけど、それ以上に懐かしさと嬉しさが込み上げた。

 気がつくと、明日で親父が現れて1週間が経とうとしていた。今日は親父と近所の飲み屋に来ている。「おまえと飲むのが夢だったんだ」らしい。当の親父は早速酔いが回ったのか(幽霊も酔うのか)、顔を真っ赤にしている。

「明日は…、この前できなかったあのゲームでもやるか」

「うん、いいよ。あ、明後日は夜にバイト入ってるんだけどさ、それまで何かする?」

「明後日か…そうだな、考えとく」

「りょーかい」

なんだか、大学の仲間内で飲み会するときとは違う感覚だ。いつもより酒もつまみも美味しく感じる。上機嫌で手羽先にかぶりつく俺を、親父は満足そうに眺めていた。


「よっしゃ勝った!!!」

「うわマジか、おまえこんなに上手かったか?」

「へへ、まあ色々ゲームしてましたから」

「まさかこっそり練習するためにこのゲーム持っていってたのか?」

「さぁ〜、それはどうだったかな?」

久しぶりにやった思い出のゲームは、俺の完勝だった。いつか親父の仕事が落ち着いたら一緒にやろうと思っていたんだ。思っていた未来とは違ったが、一緒にできて良かった。

「いやー敗けた敗けた。うん……やっと、いい顔するようになったな」

「ん?なんで?」

「俺がここに来たとき、おまえ俺以上に死んだような顔してたぞ」

「そうだっけ?」

「ああ。でも、これでもう大丈夫だな」

急になんだ…?

「これで、もう大丈夫だな?」

何が…大丈夫なんだ?

いやだ、わかりたくない。

「いやだ。まだ、大丈夫じゃないよ」

「おい…」

「なんだよ…急に死んで、急に現れて、それでまた……。もう行くの?」

「そろそろな」

「行くなよ……まだ行くなよ。まだ行くなよ!!」

親父は、申し訳なさそうな顔して立ったままだ。

「まだ…親父とやりたいこと、たくさんあるんだよ」

親父は黙ったままだ。その沈黙が続きを促す。

「もっといっぱい遊んで、たくさん喋って、いろんなとこ行って…ほら!俺が車買ったら遠くまで行こうって言ったじゃねえか。あとは…他にも…ああもう!とにかくまだ親父とやりたいこと色々あったんだよ!!なんで、なんで……死んだんだよ」

「ごめんな」

「うるせえよ…行くなよ……」

「おまえは…その、そこまで頭の出来が良い方じゃないけど」

「地味にディスんなよ…」

「それでも、賢い子だ。わかってるだろ?」

そう、わかっている。わかっているからこそ、それを受け入れたくなかったんだ。でも、そうだ。これは、受け入れなきゃいけないんだ。

「……うん」

色々なものが身体から抜け落ちる感覚に襲われる。いや、逆か?ポッカリと空いた穴に、何かが満ちていくような、そんな感覚にも感じられる。

「じゃあこれだけは聞かせてくれ。もう、大丈夫だな?」

俺は、受け入れて、応えなきゃいけない。その時が来たんだ。

「うん、大丈夫。もう大丈夫だよ」

さっきまでの喪失感が嘘のようだ。俺は、微笑んでいた。

「ありがとうな。これで安心できる」

「どういたしまして」

「最高の1週間だった。母さんをよろしくな」

「わかってるよ。ありがとう、お父さん」

「おう」

最期に親父は、きっついハグをしてくれた。とても暖かかった。


 気がつくと、俺は上着を着たままベッドに突っ伏していた。何か夢を見ていたような気がして、少し頭が混乱している。実家から戻ってこの部屋に着いたのが1時間前くらいだったから、少し眠っていたようだ。


ピーンポーン


突然、部屋のインターホンが鳴る。そういえばまだ実家にいるときに、むかし親父とよくやった古いゲームを注文したんだった。荷物を受け取り早速開封すると、懐かしいパッケージが出てくる。少し寝たおかげか、頭がすごく軽い。今日はこいつを攻略するとしよう。

 ゲーム機をディスプレイに繋げ、カセットを挿して電源を入れる。ピコンッという音と共にゲーム会社のロゴが表示され、軽快な音楽が流れ出す。俺は亡き父に思いを馳せながら、スタートボタンを押した。

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