カップ麺

犬甘

第1話

 「三分あればカップ麺作れるだろ」と唱えるヤツがいるがあれは嘘だ。

 なぜならカップ麺が完成するまでには三分以上の時間を要するからだ。湯を沸かす必要があるし、物によっちゃ透明フィルムを剥がす工程やカヤクの封をきり投入したり後入れのスープを取り出したり意外に手間がかかるものもあり――その程度の手間は手間などではない、料理を舐めるなと叱られてしまうかもしれないが、俺にとって確かにそれは手間である。

 五分待つものだって存在する。なぜ三分でなく五分なのだろう。容量が三分のものより多いのか。麺が太いのか。

 いずれにせよ、三分ぽっきりでカップ麺が出来上がるというのは現実問題厳しい。

「細かすぎるよ」

 どうやら俺の心の声は外部へと漏れていたらしく、眉をさげた妹が、そんなことをつぶやいた。

「三分でカップ麺はできない!」

「えー。だいたい三分でしょ?」

「いいや。推定、五分以上かかる」

 その理由は前述のとおりだ。

「すでにお湯が用意してあって、三分で完成する、蓋をあけるだけのカヤク別入れタイプでないものなら、可能だよ」

「そんな条件の限られた【カップ麺は三分でできる理論】を一般的に使えるものか?」

「もういいよ。それより、そろそろ三分たつんじゃない?」

 カップ麺の蓋をめくろうとした、妹。

「待て、まだ二分弱しかたっていない」

「ほんと?」

 時計も見ずに三分たったなどと言う妹は、見たとおり、アバウトなやつだ。

「あと一分ある」

「でもさ」と、蓋を半分めくる妹。

「なにをしている!?」

「わたし、ちょっとかためが好きなんだよね」

 つまりお前は三分たってしまうと、そのカップ麺の価値がおちると言いたいのか?

「ま、待て。はやまるな」

「えー?」

「おそらく、この【三分】とは。ラーメンが一番美味く食べられるための目安であるのだ」

「美味しいの基準なんて、人それぞれだし。お腹すいててそれどころじゃないし」

 いやいや。残り一分も待てないくらいなら、リビングのソファでゴロゴロとくつろぐ時間をカットして、もっとはやく湯を入れればよかったんじゃないか?

「いただきまーす!」

「ああああ!」

「うるさいなあ」

 ふーふー、と箸で掴み上げたアツアツの麺に息を吹きかけると、ズルズル勢いよく食す妹。それを見て、俺の腹の虫が鳴る。

「おいしー!」

「…………」

 のこり十秒。

 九、八、七……

「そういえばさ」

「ん?」

「わたしの友達は、三分でできるカップ麺を敢えて五分待つんだよね」

 妹の衝撃的発言に、カウントを止める。

「三分でできるものを五分も待つなんて狂気の沙汰じゃないか」

「え、そこまで?」

「理由があるなら教えてくれ」

「あー、なんかね。量が増えるんだってさ」

「は?」

 一人前は、どれも一人前じゃないのか?

「スープを吸ってボリュームアップするらしいよ」

 伸びてるだけじゃねえか。

「それは……味は落ち、カロリー摂取が増えそうな話だな」

「そう?」

「食べているうちに余計に伸びてしまうし、本来残すはずだったスープまで飲み干す可能性もあるわけだろう?」

「スープは残さないでしょ」

「いや、スープは全部飲むと身体によくない」

「大丈夫じゃないの。たまにしか食べないし」

「いいや。きっと塩分などが――」

「っていうか、お兄ちゃん」

「なんだ」

「もう五分くらいたってんじゃん?」

「…………」

 だからこの三分は嫌いなんだ。


【終】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カップ麺 犬甘 @s_inu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ