第7話 夜と朝の間

「降りましょう」

「言うと思ったわー」


 研究所を出るなり、僕は鼻息荒く曽根崎さんに提案した。曽根崎さんは、うんざりした様子を隠そうともしていない。


「依頼受けただろ」

「あんな男、守る価値も無いでしょ」

「仕事には関係ない」

「でもこれじゃ、ホームレスの人があまりにも可哀想ですよ!」

「それとこれとは別だ」

「ムカつく奴の依頼聞いてやるほど暇じゃないんじゃなかったんですか?」

「ああ言えばこう言うー」

「言いますよ!あんな滅茶苦茶なヤツ、小指に飲まれてしまった方が世の為です!」


 怒りのあまり、肩で息をする。曽根崎さんは、ハイハイとかわしながら、手元のスマホでタクシーの手配をしていた。

 全く相手にされてねぇ。腹立つなこの人も。


「聞いてますか曽根崎さん!」

「あ、はい。曽根崎といいます。幸山バイオ研究所まで今から、ハイ」

「曽根崎さん!」

「よろしくお願いしますー」


 この野郎!頭に血が上り、思わず掴みかかろうとしたその時だった。


「君、今日から私の家に泊まれ」

「……は?」


 突然振り返った曽根崎さんから、とんだ発言をくらった。

 え、何?


「は?」

「タクシーが来たら君んち行くから、しばらく人の家に泊まる用の準備しろ。大学の参考書やパソコンも忘れるなよ」

「いやいや、なんで僕アンタの家に泊まらなきゃならないんですか」

「結構危なそうだからだよ。さっきの人も最初言ってたろ?依頼引き受けなかったら、後悔させるぞとか何とか」

「あれは言葉の綾じゃ……」

「あんな状況で出してくる脅しは、素直に間に受けとくに限る」

「っていうか、そもそも曽根崎さんが僕をここまで連れて来なきゃよかった話ですからね?」

「だから責任を取るって言ってんだろ」


 曽根崎さんは、あくまで真面目である。こうなった彼は、頑として意見を譲らないだろう。

 しかし、それだと困ったことになる。


「……家、危ないんですか」

「しばらくは帰らない方がいいかもな」

「僕、合鍵渡してる彼女がいるんですけど……」

「え、何それ聞いてない」

「まあ言ってませんから……」

「言えよ。君と私の仲だろ」

「雇用主と労働者の関係ですよね?言ってたらご祝儀でもくれました?」

「赤飯の材料ぐらいは渡したぞ」

「作れってか僕に」

「……とにかく、その彼女を巻き込むわけにはいかないな。電話なりメールなりして、謝っとけ」

「そうですね」


 タクシーが来るまで、まだ時間はかかるだろう。そう判断し、スマホを取り出したが……。


「……」

「どうした」

「……なんて言えばいいかわからないです」

「……私もわからんぞ……」

「バイト先のオッサンの仕事に巻き込まれて、命の危機に瀕してるからしばらく帰れないんだ。危険だから家にも来ないで欲しい」

「嘘!景清君、そんな危ない仕事してるの!?」

「そんなことないよ、今は大丈夫」

「今は?今はどこにいるの?」

「バイト先のオッサンの家」

「最低!不潔!二度と会わないわ!」

「待ってくれ、美梨亜!美梨亜ー!」

「……」

「……」

「美梨亜ちゃんっていうんだな」

「……はい」

「うまいこと嘘ついてくれ」

「そうします。……遅くにごめん、美梨亜。実は、今住んでる部屋を出て行かなくちゃならなくなったんだ。落ち着いたら連絡するから、待っててくれる?」

「え、どうしたの?何があったの?」

「家賃を滞納してて……。もっと安いとこ見つけたから、そこに行こうと思ってる」

「景清君、お金持ってないの!?ダメ男!最低!二度と会わないわ!」

「美梨亜ー!」

「……」

「……」

「クソみてぇな茶番でしたね」

「せっかくノッてあげたのにこの仕打ちだよ……」

「どう説明しても詰んでる。どうすりゃいいんだ」

「マグロ漁船に乗ってくるって言えば?」

「僕が大学に通ってるの忘れてませんか?」

「ああ……」


 二人の間に沈黙が落ちる。そうしていると、やがてタクシーが到着し、やはり無言のまま乗り込んだ。

 僕の家に着いた後は、曽根崎さんから言われた通り荷造りをしていると、なんと彼女から電話が来てしまった。そこで焦った僕が咄嗟に後者の嘘を言った所、悔しいことに曽根崎さんとの会話通りの展開となり、一方的に電話を切られてしまったのであった。


「……えーと」

「……」

「あのさ、ほら、誤解だって、あとでわかるよ」

「……」

「……焼肉行くか?」


 諸悪の根源が何か言ってる。僕は恨めしげに、曽根崎さんを振り返った。


「死ぬほど高いやつがいいです」

「なんか、ほんとごめん……」


 その夜は結局、飲み放題食べ放題の焼肉に行き、文句を垂れながら甘ったるい酒で大量の肉を流し込み、そのまま曽根崎さんの家で気絶するように眠ったのであった。

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