第161話  愉快な仲間たち




「さぁ、行くぞ」


 意気揚々としたヒエラルク。

 なすすべなくアベルは沈黙したまま付いて歩く。

 内心、おかしなことになってしまったと戦慄していた。


 すでにイズファヤート王との対話で全身が分解されそうなほど疲れていた。

 それなのに休む暇もない。

 

 隣には灰色のローブを纏ったサレム・モーガンが歩いている。

 アベルはこの男に関する知識を頭から引っ張り出す。

 利口で注意深い眼をした魔術師は王道国で一大勢力となっているモーガン魔学門閥の幹部だ。

 総帥の継嗣と噂され、立場の高さが知れる。


 普段はイズファヤート王の身辺警護を担当しているが、以前、例外的にヒエラルクと共に最前線までやって来た。

 その戦いぶりを間近で見たこともある。

 

 魔術師に時々いるのが、それなりに魔法は使えるが戦闘のセンスに欠けている者だ。

 魔術を行使するタイミングが悪かったり、味方を巻き込む粗雑な行動を取りがちで、そういった者はやがて淘汰されていく。


 ところが、サレムには荒々しい闘争に向かい合って、効果的に魔術を使って見せる度胸があった。

 内心ではどう思っているのか分からないが、ヒエラルクの危険な遊戯に遅れを取らなかった。


 彼は宴などには興味が無いのか、ほとんど参加していなかったはずだ。

 戦場で静かに本を読む姿が印象に残る。


 彼なら話が聞けるかもしれないとアベルは考えた。

 どういうわけか学者や魔術師という者らは知識を披露したい欲求をくすぐると色々教えてくれる。

 それにガイアケロン軍団に所属していた効力がまだ残っているかもしれない。

 

「あの、サレム様。御身の博識に縋るほかなく、奴隷の身で話しかけることをお許しください。どうか地下迷宮について知識を授けていただけませんか」

「……王宮が造られる遥か以前より、この地には深き洞窟があった。数千年も前から洞窟には様々な魔物や人間が入り込み、利用してきたのだ。

 底は確認が出来ないほど奥深く、下れば下るほど魔素は濃くなる。そうしたところで数十年、数百年と齢を重ねた魔獣は、怖ろしく強くなる。なかには人語を理解する類までいるという噂だ」

「迷宮が先にあって、王宮が後ですか」

「王国以前、地下迷宮を最後に支配していたのはこの地に栄えていた邪教徒だ。地下迷宮に神殿を造り、財宝を持ち込んだという」

「財宝……」

「始皇帝由来の宝物、あの皇剣が隠されていると言う者もある」

「えっ!」


 ライカナが世界の混乱を治め得る人物に託したいと願う伝説の剣が、ここに……。

 そして、魔女アスまでも探していた。

 あいつは何故か、アベルこそ皇剣を持つに相応しいと嘯いていたが。

 驚く様子を見たサレムは口元を皮肉げに歪める。


「子供っぽいお伽噺の一つだ。歴史をきちんと調べれば嘘だと気がつく」

「……そんなことだろうと思いました」

「王道国の始祖にして歴史的な大英雄であるミッドロープ・アレキア様が邪教徒を殲滅するために、この迷宮へとやってきた。

 数多の信徒を殺したが教祖はとうとう見つからず、迷宮の奥へ逃れたと言われている。何度も討伐隊が送り込まれたが、多くの犠牲を出し、なお成果に恵まれず、封印するしかなかったというわけだ。

 アレキア様はよほど心残りだったらしく、傍らに城を造り、ついには王宮とした」

「七百年ぐらい前の出来事ですかね」

「悠久の歴史からすれば昨日と変わらぬ」



 やがて壮麗な王宮を出て、広大な庭をかなり進む。

 小さな森の中に円形をなした墳墓のような石造りがある。

 衛兵のほかに、十人以上の人間がいた。


 会いたくもない顔ぶれがたくさんいた。

 ヒエラルクの弟子たちだ。

 使い込まれた鎧と刀槍ですっかり武装している。

 彼らはアベルを見つけると、はっきり表情を変えた。

 感情が昂ぶり顔色が赤くなっていく。

 武装せし怒れる男たち……というわけだ。

 

――なんか、どんどん酷いところに連れて行かれるな……。


 胸糞悪いに尽きるがアベルは冷静を装う。

 こういう時は痩せ我慢するしかない。

 動揺を察知されると付け込まれてしまう。

 逃げられないのだから思い切って戦うしかない。


 集まった者たち、ヒエラルクの弟子ではない者もいた。

 彼らは奴隷よりもさらに粗末な服を纏っている。

 よく見れば、そこにも見知った顔があった。


 監獄で出会った、確かドルゴスレンという立派な元将軍だ。

 少し会話をしただけなのだが、それでもイズファヤート王への深い恨みを感じた。

 他にもマイヤールという名だと思ったが、そういう囚人もいる。


 ヒエラルクは鎧の準備させている。

 エルナザルという弟子の中でも別格に強かった大男に手伝わせていた。

 その隙に、ドルゴスレンへ近づいて小声で話しかけてみた。


「僕のことを憶えていますか。あの時は名乗りませんでしたがアベルと申します」

「忘れるものか。志ある若者よ。なぜヒエラルクと共に来た」

「こっちが聞きたいぐらいですよ。何か気に入られてしまったらしくて地下迷宮とやらについて来いとのご指名です」


 ドルゴスレンは強面こわもてで風格のある顔に、気の毒そうな色を浮かべた。


「お前ほどの者が罪人同様の扱いとな。誰の命令だ」

「……大王様、直々であります」


 答えを聞くや目の前の将であった男は、明らかに怒気を漲らせた。

 気圧されるほど物凄い迫力だった。

 そのドルゴスレンの後ろで隠れるようにした、知らない少年もいる。

 年齢、十四歳ぐらいだろうか。

 どこかで見たことがあるようにも感じる。

 様子を見るに罪人らしいが、それにしても若すぎた。


「ドルゴスレン様。そちらの少年は?」

「我が義弟ナバルジャンの息子。つまり甥だ。名をリティクという」


 そう言われてみれば謁見のときに見かけた気がする。


「確か奴隷刑になったはずでは」

「そうだ。だが農奴として送り込まれる先は過酷な辺境でな。数年ほども生き延びることは覚束ないとなり、このリティクは母と妹だけでも逃亡させようとした」


 思わぬ成り行きにアベルは黙って聞く他なかった。


「リティクは囮となって隙を作ったが、母親は殺された。妹のみどこかへ逃げたというが……行方は分からぬ。殺された母親とは儂の妹である」


 アベルは改めてリティクを見る。

 短髪にした性格の良さそうな少年だが眼に鋭さがあった。

 口を引き結び、褐色の瞳には負けん気がある。

 過酷な運命に全力で逆らっていた。


「この面子めんつで地下迷宮に潜るってのは、何なんですかね。僕自身が状況を理解してないのですが」

「儂ら囚人にとっては刑罰を兼ねたものであろう。迷宮には危険が多い。盾が必要だが、正規の兵士にやらせるのは憚られるという意味もあろうし囚人の口減らしにもなって一石二鳥というわけだ。罪人が多すぎて、そろそろ監獄も満員だ」

「それにしたって子供まで……」


 そんな会話をしていると、痺れを切らしたヒエラルクの弟子たちが近づいてきた。

 三人もいる。

 さんざん侮辱して叩きのめした奴ら。


 形だけ詫びは入れたが、あんなもので許すような者らでない。

 並んだ、どの顔を見ても分かる。

 復讐心に歪み、攻撃的で残忍な表情しかなかった。

 アベルは腕を組み、待ち構えた。

 

「この前は世話になったな、奴隷」

「お前の歯と両手両足を全部へし折って命乞いさせたあと、許してやるか殺すか毎日相談していたぞ」

「まずは跪いて頭を地面に擦り付けろ」


 嬉しそうに怒り狂っている二人は、確か兄弟ではなかったか。

 蠅より遅いウスノロとか糞兄貴などと罵った覚えがある。

 弟がプラジュで兄がザルーファだったか……。

 残り一人はシェバと言ったか。

 皆、ヒエラルクの弟子だけあって確かな使い手だった。


「お弟子様がお揃いで、そんな程度のご用事ですか?」

 

 とりあえず脅しを無視して答えてみる。

 眼の据わったプラジュが答えた。


「ルツは死んだぞ。お前のせいだ」

「殺したつもりはないけれど」

「あれからお師匠様の鍛錬は段違いに厳しくなった。俺たちは必死に付いていこうとしているが、お前に叩きのめされたルツは自信を無くして稽古も出来なくなった」

「それで?」

「お師匠様の修正を受けた日に……自殺した」


 修正という名のシゴキというか虐めに耐えられなかったらしい。


「……僕には何の関係もないように聞こえるな」

「お前が原因だ! 倒れていたルツを、さらに木刀で殴るとは卑怯すぎる! 観戦していた俺を不意打ちで襲うのもだ!」


 アベルは少し考えた後、笑って答える。


「たった一人を寄って集って殺しにかかり、逆に負けた糞雑魚どもが。数頼みで脅すあたり、さすが、お口だけはご立派。ところで、ルツという人……誰でしたっけ、それ」

「顔も名前も憶えてないか」

「まあね。棒振りが得意な奴らなんかに興味ないから。ついでにあんたらのことも忘れてたよ。ああ、あっちにいるエルナザルってのは憶えている。

 まぁまぁの粗大ゴミだった」


 ちょっと煽っただけなのに弟子たち三人の眼は血走り殺気が靄のように漂う。

 アベルは、いいぞと思った。

 このまま喧嘩にでもなれば地下迷宮なんか行かなくて済むかもしれない。

 そのためには奴から攻撃させないとならない。

 とはいえ僅かでも遅れをとれば、ここで殺されるが。


 一つだけ有利なのは奴隷という立場を逆手にとれることだ。

 何と言っても今や自分はイズファヤート王の所有物だ。

 その王の財産をヒエラルクの意思すら無視して勝手に傷つけようとしたら、どうなるか……。


 さらに罵ろうか考えていると、ザルーファという男が自制心を取り戻したらしく周りを制止した。


「お師匠様の楽しみを邪魔するわけにはいかない。少しだけ我慢しようじゃないか。魔獣だらけの暗い迷宮に入るのだ。奴隷の一人ぐらい居なくなっても不思議ではなかろう」

「兄者の言う通りだぜ……」

「ひひひひっ」


 さらに怒りを膨らませた男たちが凶悪な笑みを浮かべて睨みつけてくる。

 もともと和解なんか出来ない者たちなので気にしないこととする。

 無理に関係を維持しようと卑屈になれば、さらに立場は悪くなるだけだ。

 もっとも今以上の最悪の立場はそうそうないけれど。

 さらに煽ってみる。


「苦労するでしょうけれど足りない脳みそで憶えておいてください。僕は大王様の奴隷アベルです。罪なく傷つけたら、あんたらこそ処罰になるんじゃないかな」

「奴隷ごときが舐めんな……。この糞が!」

「へぇ。糞のデカさではあんたらに負けるよ。せいぜいヒエラルク様の迷惑にならないようにすることだね」


 睨み合い。

 高まる殺意。

 切れそうな緊張の間をドルゴスレンが割って入る。


「おい。儂は将であったドルゴスレンだ。剣聖殿の具足も整ったようだぞ。お喋りはそれぐらいにしておいたらどうだ。迷宮探索を始める前に問題など起こしたら双方とも首が飛ぶぞ」

 

 ドルゴスレンは罪人とは言え、さすがに将だっただけあり人を落ち着かせる貫禄があった。

 危うい緊張が消える。

 それにドルゴスレンの言い分には一理あった。

 アベルは見切りをつけてヒエラルクの元へ行く。

 剣聖は鏡のように輝く立派な鋼の鎧を身に着けて、腰には刀を佩いていた。


「ヒエラルク様。僕はどのような仕事を与えられるのでしょうか」

「アベルよぅ。お前には荷物運びをやらせてやる。迷宮は深い。食い物などが必要だ」

「中には魔獣もいると聞きます。武器を貸して貰えませんか」


 ヒエラルクはどことなく残忍な感じで笑み、額に青筋を浮かべながら言う。

 

「残念ながら奴隷の身分で武装は無理である。この俺の従卒になるなら、いくらでも得物を持たせてやるぞ。どうだ?」 

「遠慮させていただきます」

「俺はお前に期待している。せっかく機会を与えてやっておるのになぁ。奴隷に甘んじていると、楽ではない目に遭うと知れ」


 ヒエラルクはとても楽しそうだった。

 アベルは用意されていた大きな背負い籠を肩に引っ掛ける。

 重たい。中にはたっぷり物資が入っていた。

 そうしてヒエラルクが大声で呼びかけた。


「みな聞け。囚人らは先頭に立って歩め。罪人キヌバは盗賊であった経歴を活かして罠を見抜け。その他には特別に棍棒を貸してやる。

 約束通り、探索の役に立てば刑期の五年短縮が与えられる。イズファヤート王様に感謝し、心して働け」


 ドルゴスレンら集められた囚人が六人。

 ただし少年リティクは戦力になるとは思えなかった。

 マイヤールという男も別に強そうには見えない。

 防具も無く、棍棒だけが与えられた彼らがどれだけやれるか……。


 次にヒエラルクの本隊が組まれる。

 巨漢の凄腕エルナザル、兄弟のザルーファとプラジュ。

 次いでシェバという弟子。

 これが前衛だ。

 ヒエラルクは指揮を執る。


 そして、サレム・モーガンが魔術師として支援してくれるようだ。

 あとは三十歳ぐらいの見知らぬ治療魔術師が一名。

 最後に荷運びのアベル……。


 アベルが空を見れば憎たらしいぐらいの快晴だった。 

 墳墓のような石造りには鉄の扉があり、見たことも無いほど太いかんぬきが掛けられていた。衛士ら十数人がかりで外す。


 ギギギッと扉の軋む音が鳴った。

 ぽっかりと口を開けた、暗い暗い地下迷宮。


 


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