第82話  結婚、その憂鬱なるもの

 




 カチェが席を立った後もノアルトは止まらぬ勢いのまま酒を飲み続けた。

 極めて上機嫌である。

 珍しいことだった。

 コンラート派閥との陰湿な政争が続く毎日。

 暗殺、裏切りが横行するうえに荒れる国内情勢。

 さらに王道国との戦争は小さな勝利を手にしたとはいえ、戦局全体では明らかに劣勢。


 ノアルトの気性は楽天的とは対極で、こうした状況では不機嫌な日の方が圧倒的であった。

 これほど楽しげにする主をベルティエとユーディットは久しぶりに見た。

 食事の間、ほとんど喋らなかったバース公爵も小さく笑んでいる。

 ノアルトはバースやベルティエを相手に大声で話を続けた。


「まったくカチェの冒険譚ときたら! 本当に面白かった! 北方草原で名も知れぬ氏族と生活を共にしていただと! 奴らの使う移動式の家とも呼べぬような代物で冬越しをした……あの蛮族とだぞ。数百年前には騎馬集団をなして皇帝国まで侵略してきたという奴らと友達になったなんて話を平気でしていた。呆れるやら驚くやら。まったく……皇帝国の貴族始まって以来じゃないか。はははっ」


 ただ、それにしてもノアルトの酒量が過ぎていた。

 これでは確実に二日酔いになるとベルティエは知っている。

 どれぐらいの酒が主の限界量であるのか側近として把握していた。

 何とかこれ以上、飲まないように上手く諫めなければ……。


 ノアルトは記憶を失うほど泥酔するということはないものの、ある境を超すと制限が効かなくなる。

 あとは寝るまで飲み続けて、そして、翌日に地獄を見ることになるのだ。

 ユーディットが機を見て切り出した。

 まだノアルトが少年の頃から、ときに姉のような態度で接してきたユーディットはこうした方面に強い。


「ノアルト様。明日は大事な約束がおありのはずです。婚約者のバルボア公爵令嬢やその他に来賓多数と昼食会のご予定。もう今日はお休みになられてください」


 ノアルトの顔つきが一変した。

 それまでの満面の笑みは消え失せて、今や苦渋の表情であった。


 ノアルトは婚約者であるバルボア公爵家令嬢カミーラを思い出す。

 年齢二十四歳。

 顔だけは美しいという部類にいれてもいいのだろう。

 眦はやや垂れていて、鼻は適度に高く整っている。


 腰まで伸びる自慢の金髪を手入れするために毎日、午前中の何割かを当てているらしい。

 もっとも、実際に手入れをしているのは本人ではなく専属の美容師であるが……。


 それから装身具や衣装を扱う商人が午後にやってきて、どの指輪が良いとか、あの首飾りは気に入ったが宝石を青から赤に変えろなどという遣り取りを夕刻までするという。


 毎月、金貨数百枚にならんとする装身具や衣装が購入されるという噂を聞いていた。

 結婚したら、今度はノアルト自身の予算から出費しなくてはならない。

 だが、ただでさえも戦費などで財政は苦しい状態だ。

 おそらく、出せないだろう。

 それがはっきりした日には甲斐性無しの皇子と責められかねない。

 考えただけで怖気が走る。


 カミーラの性格ときたら……。

 思い出すだけでもノアルトは憂鬱になってきた。

 心底から高慢で、とにかく権威主義、血統主義に尽きる。

 人間は爵位と血筋が全てという女。


 ある意味、単純明快で他に価値基準はなかった。

 だから必然的にノアルトを愛した。

 当然のこと激しく。

 その血筋、皇帝の息子という地位だけを見ているがゆえに。


 婚約者カミーラの浅薄さに実際のところノアルトは呆れ果てていた。

 自分の血統の尊貴さについて自覚はあるが、そこだけに注目されるのは癪である。

 俺の実力はどうでもいいのかと勘繰りたくなってしまう。


 カミーラとは話題も合わない。

 軍事には疎く、夫人の間で流行している遊びや衣装がなによりも好きで、そうかと思えば気まぐれに政治に口を挟んでくることもあった。

 おそらく親に入れ知恵された、何かの取り引きを臭わせる話だった。


 バルボア公爵の娘カミーラと婚約したのは全てが政治的な駆け引きの結果だった。

 長兄コンラートを支持するのかそうでないのか、立場をはっきりさせないバルボア公爵を味方に取り込むために三年以上も交渉を重ねた。

 その結果、向こうが提示してきたのはノアルトと長女カミーラの婚姻だった。

 皇族と血の繋がりを持つ。

 これは皇帝国の貴族として最大の名誉であり、また同時に目指す頂点でもある。


 その交渉をしている間、カミーラは結婚を遅らせざるを得なく、結果として二十四歳にもなってまだ「令嬢」であった。

 女性の婚期は貴族だと十三歳ぐらいから始まり、遅くとも二十歳ほどまでなので、だいぶ時期を外している。

 

 カミーラはそのことでも不満らしい。

 もはやノアルトは飽き飽きしているのだが二人きりになるたびにそれを責められた。

 いわく、ノアルト皇子様の決断が遅かったから、こうなった。

 どうしてもっと早く私を選んでくれなかったのか……。


 ノアルトこそ言いたかった。

 結婚相手は兄テオやバース、その他の重臣たちが寄って集って、ありとあらゆる妥協と交渉をした結果に決まったのだと。

 別に自分が望んだわけではなかったと。

 我慢して、口にはしなかったが。


 ノアルトはカミーラを思い出すと連鎖的にある記憶が湧き出てくる。

 ドラージュ公爵の娘。アデライド……。


 もともとノアルトには別の婚約者がいた。

 それがアデライドだった。

 関係は悪くなかった。

 少年だったノアルトは本気で婚約者アデライドを好きでいた。

 初恋と言ってもよかった。

 誠意を持って一生、愛そうとすら考えていた。


 ところがアデライドの父親ドラージュ公爵がコンラート派閥に寝返り、密かに情報を引き出していた。

 もちろん、情報源は婚約者アデライドである。

 巧みな話術によってノアルトはアデライドに、いくつもの秘事を明かしてしまっていた。

 裏切られたのだった。


 やがてその事実をドラージュ公爵に突き付けると、関係は激しく悪化。

 婚約は解消された。

 アデライドは今、コンラート皇子の正妻になっている。

 子供も既に二人、出産していた。

 ノアルトにとって結婚や女性関係というものは政治的な取り引きの結果であり、気の許せない酷く憂鬱な事案でしかなかった。


 ベルティエとユーディットは、それまでの喜びを消滅させて中空を呆然と見つめているノアルトから目を逸らせた。

 貴人ゆえの苦痛と悲しみ……。


 同情はしていた。

 だが、カミーラとの結婚がどれほど重要かも知っていた。

 コンラート派閥との戦いに勝つには、一人でも多くの貴族を味方にしなくてはならない。

 バルボア公爵の協力は、なくてはならないものだった。


 こうしたときベルティエは複雑な心境になる。

 幼い頃から共に育った仲であるノアルトの幸福とは、何であるのか。

 その幸福のために力を貸してやらなければならないはずなのに、今の自分はそれと逆のことをしているのではないか……と。





~~~~~~~~





 翌日、ノアルトは激しい頭痛、吐き気に悩まされた。

 情けないことに厠で胃液と酒の残留物を吐瀉した。

 食欲などあるはずもない。

 ふたたび貴賓用寝室で横になる。

 こんな姿、間違ってもカチェに見せられない。


 少しだけ調子を取り戻した後、ベルティエに手伝わせて簡単に身繕いを済ませた。

 髪を整えて、最高級の絹で仕立てられた服を着る。

 馬に乗り、外で待機していたギョームと直衛隊に合流。

 そのままバルボア公爵家の屋敷を目指す。


 見送るバース公爵に軽く手を振った。

 カチェの姿は無かった。

 残念なような気もしたが、その方がいい……。


 しばらく貴族区を進んだところで馬に揺られているうち、ノアルトは再び耐え難い嘔吐感が込み上げてきた。

 馬を止めて、慌てて下馬するや側溝に胃液を吐いた。

 ノアルトは荒く乱れた呼吸を整えて、それから水魔法「清水生成」で水を創り、口を濯ぐ。


 ベルティエは、あえて微笑でノアルトを見守った。

 ユーディットは翡翠に似た瞳を限りなく氷のように冷たくさせている。

 ギョームは皮肉な笑み。


 予定よりも少し遅れてバルボア公爵家の邸宅前に到着。

 重厚な壁が敷地を囲んでいた。

 門は鉄製。

 すでに開放されている。

 バルボア騎士団の騎士二百名ほどが整列していた。

 その列の間をノアルトは騎乗したまま進む。


 長い石畳の道が続き、その先に城塞のような邸宅がある。

 実際、城として機能するように造られていた。

 邸宅の周囲には空堀まである。


 ノアルトたちが邸宅に近づいていくと、尖塔に設置された鐘が鳴った。

 高く澄んだ金属音が、皇子の来駕を誇らしげに祝っているようであった。


 正面玄関ではバルボア公爵本人、妻のペレネ夫人、婚約者のカミーラ令嬢、その他一族郎党が三十人ほど総出でお出迎えをしていた。

 離れたところには招待客が百人は下らぬ人数で整列している。


 どうにか様子を整えたノアルトは下馬し、歩いてカミーラの前に行く。

 カミーラは、うっとりしたような笑顔であった。

 やや眦の下がった青い目。

 丸みを帯びて愛らしい頬。

 それなりの可愛らしい女性といえた。

 ノアルトはカミーラの手を取り、甲に口づけをした。

 情熱を込めるべきところなのだが、少しも奮わなかった。


「ああっ! お待ちしておりました。愛するノアルト殿下」


 ノアルトは黙したまま頷く。

 それから邸宅の内部に入った。

 来客会場に導かれる。


 ノアルトは一番上座の椅子に座った。

 主人はバルボア公爵なのであるが、皇族の序列には無論、及ばない。


 バルボア公爵は家臣として下座に位置する椅子に座る。

 ノアルトの隣は当たり前だが婚約者のカミーラだった。

 今日は二人の婚約を、さらに祝おうという催しでもある。

 ノアルトとカミーラこそが主役であった。

 座るなりカミーラは夢中で話し出す。


「わたくし、新しい美容術を試しておりましてね。蜂蜜と乳液のお風呂に入るのでございますよ。そうすると肌が珠の様に美しくなるのです」


 そう言うカミーラの化粧は濃かった。

 青い目が映えるように、付けまつ毛をしている。

 くわえて何か甘ったるい香水を振りかけているらしく、強い芳香が漂っていた。

 ノアルトの趣味に合う香りではない。

 以前、堪りかねて、つけるならせめて柑橘系の香水にしてくれと頼んだ事があった。

 カミーラは自分の趣味を変えなかったようだ。


 ふと、カチェを思い出す。

 化粧を全く施していなかった。

 薄紅すらも差さず、しかし、誰よりも瑞々しく麗しい姿をしていた。

 もう、それは例えようもないほどだった。

 自然の花が、あるがままでどんな人工物よりも美しいのに似ているだろうか……。


 カミーラの化粧は凝っていた。

 いや、凝っているというより偏執的ですらあった。

 自慢の金髪を高く結い上げて、黄金や銀、宝石といった装飾品を差し込んで飾っていた。


 服は真紅のドレス。

 金の首飾りが露出した胸元に輝いていた。

 するとカミーラがノアルトの視線を勘違いした。


「ノアルト様……。カミーラの首や胸がそんなに気になるのですか。結婚まで我慢してくださいまし……」

「……」


 ノアルトは答えられずに黙するしか出来ない。

 だが、勘違いしたカミーラは嬉しそうに笑う。


「もうっ。照れてしまったわ。皇子様! ほほほ……」


 そんな様子の娘をバルボア公爵と夫人は微笑まし気に見守っていた。

 ノアルトは、これが政略結婚なのだと思い決める。


 皇帝国にある十一の公爵家。

 二十二家の伯爵家。

 八十八家の子爵家。

 それから、増えたり減ったりが激しいため貴族院しか把握できない男爵家……。

 これらをどれだけ味方にできるかが政局を左右する。


 位では公爵の下位に属する伯爵家なども、まったく見逃せない。

 経済力が豊かな家、魔術に秀でた家、ハイワンドのように武門に優れた家。

 それぞれ分野によっては公爵家をも凌ぐような強みを持っている伯爵家があるのだ。


 政局は混迷の極みである。

 貴族たちは自分の利益には極めて敏感で、他家を出し抜くことにしか関心がない。

 誰が得をした、誰が損をした……そればかりが注目される。

 また、過分な責任からは、とことん逃げていく。

 旨味が少なく、それでいて重責を担うことになる官職の任官拒否が相次いでいた。

 そうした職は本来なら伯爵家が務めるようなものであっても子爵や、酷ければ男爵程度が任されている始末。


 それから主張の転じようも激しいものであった。

 昨日まで戦争継続派であった者が、いよいよ王道国の軍勢が近づいてくると和平派に転向するなど何度も見てきた。

 十年以上、主張を一貫させている者などバース公爵を含めて、ほんの僅かだ。


 ノアルト自身は、いつかは王道国と和平をする必要を感じているが、しかし、絶対的な平和主義者ではない。

 どこかで大きく勝って、それから有利に和平交渉をしたいと、そのように考えていた。

 そうなるかは……全く不明だ。

 少なくとも愚かな長兄コンラートが皇帝になってしまったら王道国に勝つなど夢のような話しになってしまう。




 いよいよ昼食会が始まった。

 料理を給仕たちが運んでくる。


 ノアルトも招待客も、同じものが饗される。

 ただし、ノアルトへ饗される食べ物には必ず毒見が入る。

 ユーディットかベルティエ、ギョーム、あるいは別の直衛兵が必ず口にしておくのだ。

 ハイワンド公爵家では体制が完璧なので毒見はしなかったが、バルボア家では形式としても実際の危険性としても省けなかった。


 最初の一皿、兎肉のパテは中を調べるために本来の形を崩されてしまい、ぐずぐずの塊が皿の上に乗っていた。

 いつものことと諦めてノアルトは料理を口にした。


 葡萄酒はベルティエが毒見をする。

 飲んでから一定の時間を砂時計で計って、それでやっとノアルトに回ってくる。

 当然、最高級の貴重な葡萄酒を味わい続けているベルティエは美酒を知り尽くした男として名が通っていた。


 昼食会に招かれているのはバルボア家と関係の深い貴族が主である。

 伯爵、子爵が多い。

 男爵も少しはいるようだ。

 おおむねはテオとノアルトの支持者であるが、中には態度を明確にさせていない日和見主義者も混ざっている。


 亀のスープが出てきて、次は牛肉を香辛料と香草で煮込んだものが出された。

 続いて鴨の蒸し焼きにソース添え……。


 ノアルトは淡々と口にする。

 しかし、昨日の深酒が祟ってきた。

 もはや食欲は、全くない。

 むしろ胃が不穏な律動を繰り返しそうになるのを必死に堪える。

 ここで吐き出すことだけは男の面子に懸けても許されない。

 ベルティエを呼んで、耳元で相談する。


「私はもう食欲がない……」

「それはノアルト様がお悪いのでございます。食べなければバルボア公爵様や夫人が気になさいます。お二人とも料理が完璧に整うように、十日前から食材の吟味に付きっ切りだったそうです。料理長は本当に命懸けですよ」

「どうにもならん……。毒見と称してギョームと二人で粗方を食べろ」

「……」


 あまりと言えばあまりな命令なのだが、ベルティエは黙って小さく頷き、ギョームと小声で相談を始めた。

 それからというもの厨房から運ばれてきた料理は二人が八割ほど口にして、ノアルトの前にはほんの僅かが皿に載っているような状態である。

 ノアルトは、ばれないようになるべく早く料理を口にして、あるいは大げさに咀嚼する演技をした上に大声で褒めた。


「バルボア公爵。それからペレネ夫人。美味しい料理だ。私は満足している!」

「おおっ。殿下。それはなによりでございます」

「安心いたしましたわ。もし口に合わなかったらと、昨日は夜も寝られませんでしたの。今朝は厨房に何度も足を運びました。使用人たちが、きちんと料理をしているかこの目で確認いたしましたわ。厨房など訪れたのは数年ぶりのことでしたの。そうして、もし大事なお料理に粗相があったら城の地下牢に数年は閉じ込めると申しつけましたわ。その甲斐あったというものでございます」


 口に合うとか合わないとか、それ以前の問題をノアルトは持っていたのだが、当然それは黙っている。

 それにしても吐かなくてよかった。使用人たちが大変なことになっていたところだ。

 十二皿に及ぶ食事が終了したとき、ノアルトはすでに疲労困憊だった。

 ギョームがベルティエに話しかける。


「こんなに美味え料理、久しぶりだぜ。ちと油っこいけどな」

「俺は味わうどころじゃないよ。バレやしないか冷や冷やした」

「ノアルト様、二日酔いにこの食い物は最悪だろうて……」


 食事が終わるとノアルトの前に人々が挨拶に来る。

 序列の高い者から順番だ。

 バルボア公爵家の身内、招かれた伯爵家、子爵家、男爵家。

 最後に騎士……。


 さらには身分が低すぎるという理由で食事には招かれていないものの、特別にお目通りが許された商人や文化人など。

 百人は優に超えている。

 ノアルトは、いちいちに声を掛けて自分と兄テオの姿勢を説明し、低姿勢にならないよう協力を要求する。


 彼らが本心から従っているのか、それとも表面だけなのか、これを見抜くのは難しい。

 本当の危機。

 命の遣り取りになってみないと本性は現れない。

 いざとなって腰砕けになり、脆くも逃げたした者をいくらでも見てきた……。


 昼食会は後半となり、カミーラは衣装を着替えてきた。

 真紅のドレスは萌黄色の裾の長いものに代わっている。

 裾が長すぎるので女官が引き摺らないように持ってついてきていた。

 そうしないと重さや抵抗で、ろくに歩けないに違いない。


 髪型も別のものになっていた。

 結い上げを止めて、今は金髪を腰まで流す形だ。

 孔雀の羽根を冠の様にして頭に載せている。

 カミーラは自慢げに来賓者の前を歩き、客たちは絶賛する。

 招かれた女性からは感嘆の溜め息が漏れた。

 あるいは嫉妬の視線を送っている女性もいる。


 ノアルトは、しかし、カチェを思い出した。

 額のところで綺麗に切りそろえられた清潔な髪。

 思わず触ってみたくなるようであった。

 飾りなど一つも付けていなかったが品位と魅力が溢れていた。


 これ以上ないというほど着飾った婚約者を前にして、別の女性を考えている。

 ノアルトは、そのことに僅かな罪悪感を得た。

 だが、止めようもなかった。

 まったくもって、皇族の結婚など虚飾に過ぎなかった……。


「ノアルト様。このカミーラを見てください。美しいですか」

「ああ。綺麗だ」

「わたくしとノアルト様は皇帝国で最も優れた婚約者です。ということはつまり、世界で最も高貴な二人なのです」


 カミーラは恍惚とした表情を浮かべていた。

 きっと世界の頂点にいる気なのだろうと、ノアルトは察する。


 これは政治的に勝利するための儀式なのだ。

 コンラートとは、もはや妥協不可能なところまで関係が悪化している。

 兄のテオを皇帝に即けねば、皇帝国は破滅するかもしれない。

 我慢しなくてはならない。

 諦めなくてはならない。

 耐えねばならない。


 ノアルトは顔面の筋肉を駆使して、笑顔らしきものを作った。

 カミーラの横に立つ。

 二人の姿は他者から見れば欠点など一つもない、完璧な組み合わせであった。





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