第38話 男の戦い
アベルが皇帝国の軍団を見渡せば、賑わいは今や最高潮。
人間だけでなく馬や輜重部隊の豚まで興奮するほど異常な空気に満ちている。
ところが、その割に皇帝国は劣勢だった。
中央平原での大会戦では王族連合軍団にあえなく敗退。
いいように引きずり回されて、せっかくの大戦力は能力を発揮できないまま切り分けられ、ある軍団は孤立、ある軍団は身動き取れず、気が付けば総大将コンラート皇子の軍陣に悪鬼ガイアケロンの騎馬隊が迫っている。
堪らずコンラート皇子は逃げ出した。
本人は「転進」だと言い張っているが……。
覇権争いをしていた平原から武運拙く追い出されたが、簡単に諦めるような貴族や軍人たちではない。
むしろ、今度こそはガイアケロンやハーディアに勝ってやると息巻く。
あわよくば捕虜にでもして、どんな名誉栄達も思うがまま……。
そういう狂暴な夢想や興奮に支配された軍団のなかで、最先鋒を務めるのがハイワンド騎士団だった。
主に皇帝国伯爵家によって構成された伯爵盟軍、約三万五千人。
その軍団は王道国の侵攻部隊に対して三角の先端を向けたような戦陣を形どる。
その鏃の最も先端の部分をハイワンド騎士団が占めている。
これは団長ベルルの熱望によるものだった。
なにしろ、この戦いに負ければ敵がハイワンド領内へ侵攻してくるのは明らか。
そうした戦いでハイワンド騎士団が最前衛を務めないなどあり得ないということだ。
そして、その皇帝国大軍団の最も先端に位置する場所。
アベルはハイワンド騎士団が勢揃いした前に立たされていた。
隣にはベルルや、同じく死に番を志願した二人の騎士がいる。
なお、騎士らは共に齢六十代だった。
戦死確実の死に番に、まるで似合わない少年一人……。
これは悪い夢かと思わなくもない。
こうした事態にアベルを導いた、血縁上は伯父にあたるベルルが武人らしい、野太い大声で怒鳴る。
「この少年はアベル・レイ! ハイワンドの縁者である! こたび決戦につき死に番を志願した! 見知っておけ!」
アベルを一族扱いしていないはずなのに縁者であることを強調する。
ハイワンド伯爵家も命がけであるところをアピールするあたり、利用できるものは利用しようという、しぶとい男だった。
とにかく受けは良かったらしく騎士団からは大きな歓声が上がる。
ハイワンド騎士団の軍勢は騎士が約四百人。従者が千二百人ほど。
他に槍兵、弓兵や投石部隊など各種の兵士が二千人ぐらいいる。
敗戦の前にはもっといたそうなのだが戦死したり、ドサクサに紛れて逃げてしまった者が出た。逃亡者は百人ほどもいたらしい。
負けた上に配下に逃げられたせいもあってベルルは憤怒しているのだった。
その点、アベルは乾いた感想を持っていた。
形勢が悪ければ逃げたくなるのが人間の心理というものだろう。
命を預ける指揮官ベルルに、それでも一緒に戦いたいと思わせる人徳や魅力がなかったのだ。
紹介が済んでアベルは騎乗。
馬の背から戦場を見渡す。
地形は、ほぼ平地。
踝ほどの草がどこまでも生えていた。
しかし、皇帝親衛軍が野戦陣地を構築した場所だけ、僅かに高地になっている。
そして、街道はその高地を通っている。
街道は西に行けばハイワンド。
西南へ行けばベルギンフォン、レインハーグの領地となる。
王道国としては迂回できない、絶対に攻略しなければならない場所だった。
だから必ずここへ来る。
不気味な、途轍もなく大きな土煙が東から昇っている。
それが、段々と近づいてくるのだった。
無論のこと、それは数万人の人間や馬が乾いた土を歩いてくる証拠だった。
煙は大きく分けて二つ。
一つは第二王子リキメルの軍勢。
もう片方こそは、王道国の英雄ガイアケロン王子と戦姫の異名を持つハーディア王女の軍団であろう。
アベルが聞いたところによると、やはりガイアケロンとハーディアの軍団に傭兵はいないらしい。
全てが志願、直参の兵士だという。
傭兵の利用が当たり前の世の中で、かなり異例だ。
皇帝国では皇帝親衛軍だけが傭兵を雇用しないで、選抜した皇帝国人だけで軍団を作っている。
それからガイアケロンの軍団には騎兵の数が多いらしい。
本当かどうか分からないが、約六千騎を擁しているという。
にわかには信じられないほどの多さだが、それを猟騎兵と称していた。
「さ~て。どうなるのか……」
アベルは王道国の軍勢をじっくりと見物していた。
もう、今さら慌てても何がどうなるということもない。
見ているしかない。
王族連合軍団は整然とした戦列を形成したまま草原をゆっくりと移動してきた。
会戦の意志が明確にあるらしく、しきりに斥候騎兵を出して様子を探りつつ接近してくる。
対する皇帝国側の戦略は事前の軍議で決定していた。
偵察や情報収集を繰り返した結果、リキメル王子の軍勢が先行してくるのは確実だった。
これに対抗して伯爵盟軍が布陣する。
切り札の皇帝親衛軍は後詰として野戦陣地に籠る。
ガイアケロンとハーディアの出方を見計らい、必要なら陣を出て攻撃をするのが狙いだった。
だが、皇帝親衛軍が後ろに控えているとあっては、おそらくガイアケロンは慎重に行動して積極攻勢は仕掛けてこないであろうという予測がある。
仮に、もしガイアケロンが伯爵盟軍を攻撃するようならば、その時こそ皇帝親衛軍が全力で出撃、挟み撃ちに出来る。
万が一、伯爵盟軍がリキメル軍団に押されて後退となれば、皇帝親衛軍が最後の盾となる。
後がない伯爵盟軍は再度、態勢を整えて最後の反撃を行うことになるだろう。
ここで激しい消耗戦に持ち込みさえすれば、たとえ伯爵家の者どもがことごとく討ち死にしようとも、敵はこれ以上の侵攻を諦めざるを得ないほどの被害を受けている。
よって尊い皇帝国は守られる。
そのような方針であると、アベルはベルル本人から聞かされた。
肉を切らせて骨を断つ……、あるいはもっと率直に言い表せば相討ち必死の作戦でもあった。
意気軒昂に見えて、実際はそれだけ追い詰められた戦いだった。
昼頃、リキメルの軍勢が伯爵盟軍の前方に展開、停止した。
これに対して伯爵盟軍はただちに全軍前進用意の合図を発する。
ラッパの音が草原に流れる。
心臓を掴まれるような緊張感。
アベルは馬をカチェに預けて、歩兵になる。
死に番は騎乗しないのが習わしだ。
馬だと的が大きく、矢が早々に命中する。
落馬して呆気なく終わりというのを回避するためだ。
カチェが冑を渡してきた。
モヒカンのような感じで赤い飾毛が付いた、かなり派手なやつだった。
アベルの持ってきた冑ではない。
ベルルが目立つようにと用意したものだ。
一瞬、迷ったのちにカチェがアベルの頬に軽く口づけをした。
意外な行動にアベルは驚く。
カチェは紫の瞳を爛々と輝かせて言うのだった。
「死んだら許さない!」
「……自信とは違いますけれど、簡単に死ぬはずがないと思っています。これまでイース様に習ったことを守れば、何とかなる気がしているんですよ」
それは虚勢ではなかった。
しかし、心の底から死なないと信じているわけでもなかった。
あっさり、ここで死ぬかもと思わなくもない。
叩き切ったような終わり方。
不条理。
あるいは運命。
人生や物語というのは、そうしたものだ。
そもそも前世でだって、その日、死ぬとは思っていなかった……。
「じゃあ、カチェ様。スタルフォン様。ガトゥ様、ワルト、カザルス先生。……イース様。行ってきます」
アベルは仲間たちの顔を少しだけ見てから、前線に歩んでいった。
特にイースの顔は脳裏に焼き付けておく。
普段と変わらない、冷然とした美しい顔だった。
アベルは騎士たちの脇を抜けて、さらに前方の歩兵と槍兵を追い越す。
ハイワンド騎士団の最前列を出た。
騎士の誰かが声をかけてきた。
「神に祈ったか!」
アベルは思わず大声で笑ってしまった。
「神ってやつは大っ嫌いなんだよ! くたばれっ」
また誰か言う。
「神を信じていないのか」
「神ってやつがいるなら、役に立ってなさすぎだろ!」
哀れな者を見るような顔した騎士や従者たち。
この世界の多くの人間は素朴に神を信じている。
アベルは母アイラが山に向かって拝んでいた姿を思い出す。
アイラは山の神様を信じていた。
ウォルターも助かるか微妙な患者を前にして医神へ祈ることがたまにあった。
アベルはこの世界に転生して、神に祈ったことは一度もない。
今も祈る気など、まるで無かった。
いよいよアベルは、ひとり草原を歩む。
およそ五百歩ほどは戦列の先に出ただろうか。
背後の伯爵盟軍から太鼓の音が聞こえてきた。
太鼓の音に合わせて前進するわけだ。
だが、密集した戦列は素早く移動できない。
両軍がぶつかるのにはそれなりに時間がある。
アベルも足を止めるわけにはいかず太鼓に合わせて進む。
左右の数百メートル離れたところに、同じく死に番の騎士が並行していた。
二人は全身を鎧で固めていた。
アベルは、そもそもそうした重装備の鎧を所持していない。
身軽だし、いつものスタイルの方が慣れているので充分であった。
ただし今日はカチェから貰った名品の盾を装備している。
ふとアベルの核にいる男は、前世の事を思い出す。
子供の頃は神様を信じていた。
もしかしたら神様は自分を助けてくれるかもと思っていた。
あの小男の父親に殴られて鼻血が止まらなかったとき、助けてくれと神に祈った。
治らない喘息、呼吸困難で苦しんだ時も、助けてくれと祈った。
母親に無視され、適当な生返事で何もかも相手にされなかった時、助けてくれと祈った。
助けは無かった。
見事なほど、何もなかった。
次に神を憎んで呪った。
やがて、大人になった頃には神について、何も考えなくなった。
神なんかどうでもよくなった……。
王道国の最前戦列が、はっきり見えて来る。
前面の敵、総数は約四万人……と言われている。
軍旗、幟が乱立していた。
見渡す限り敵だった。
事前の偵察情報によると、敵の先鋒は傭兵団だった。
王道国第二王子リキメルの直属部隊はその後方にいる。
「剣と骸骨」というのが眼前に展開する傭兵団の名前だ。
凶暴、荒くれ揃いで最近、名を上げている。
構成員、約五百人。
団長はロッド・フットという槍使いらしい。
旗が見える。
骸骨が剣を咥えた図柄だった。
分かりやすい。
アベルが見たところ傭兵団の前列は槍兵だった。
槍が高く掲げられていた。
穂先に何かついている。
視力の良いアベルにはそれが何かすぐに分かった。
生首や手足、冑だった。
バラバラに引き裂かれた人体。
捕虜になるのを拒んで最後まで戦った騎士だろうか。
これまた分かりやすい脅しだった。
アベルの心に、冷たい憎しみのようなものがジワジワと湧いてくる。
傭兵団なんか最悪の犯罪者の集団だ。
今日は前世を、やけに思い出す……。
刑務所にいた。
堕ちるところまで堕ちきった者の行くところ。
クズ人間のゴミ箱、人間の不良品が集められた掃き溜め。
犯罪者の大部分は反省や更生なんかしない。
窃盗にせよ強姦にせよ、楽しくて仕方ないという受刑者ばかりだった。
出所したらチームを組んでまたやろうぜ、という受刑者の多いことといったらない。
特に酷かったのは強姦魔。
女が本気で抵抗しないと面白くない……それが武勇伝というか自慢だった。
女なんかいくらでも犯れるけれど、バタバタ暴れるのをぶん殴ってやるから勃起すると嬉しそうに話していた。
負けず劣らず最低なのが強盗殺人、無差別殺人だった。
金が目的だったのに騒いだから殺すしかなかった。俺は悪くない。
ただそこにいたから殺した、あいつの運命だった……。
そういう類のやつら。
凶悪犯の見た目は割合と普通人だ。
しかし、その人格内面はいかに他人を蹴落として自分が利益を啜るかに集中していた。邪魔となれば執拗な執着心を持って人を攻撃する残忍な行動力を持っていた。
とても同じ人間とは思えなかった……。
人面獣心とはよく言ったものだ。
同じ人間扱いするなど……勿体ない奴らだった。
そういえばと、アベルの核にいる男は思いだす。
刑務所の中で、坊主や牧師が説法していた。
神や仏の本当に、くだらない話だった。
これじゃ犯罪者が反省するようになるはずがないと思ったものだ。
そろそろ矢が飛んでくる距離だった。
心臓が一層、激しく動き出す。
アベルの頭が熱くなる。
「あいつら、ぶっ殺してやる……!」
矢が数本、飛んできた。
射程の長い強弓から放たれたものだ。
カチェから貰った大盾を構える。
矢も正面から受け止めるより、上手く斜めの角度で受け流した方が負担は少なくて済む。
盾に命中したのは一本だけだった。弾け飛んでいった。
他の矢は至近距離を過ぎ去っていった。
アベルは休まず歩む。
矢が、それこそ雨のように降ってきた。
敵はここで一人殺して景気づけ、などと考えているに決まっていた。
盾に叩きつけるような矢の衝撃が加わる。
しかし、さすが名品だけあって貫通しない。
距離が詰まってきたから、山なりの軌道を描いた矢だけではなくて、かなり直線的に飛来してくる矢も混ざってくるようになった。
アベルは少年体型なので、盾にほとんど全身が隠れる。
そこだけは有利だ。
もう、いよいよ矢が凄い。
絶え間なく、驟雨のように降ってくる。
アベルは強引に、全力で右や左に移動を繰り返す。
それから急に前に走る。
気象魔法を使いたくなるが、ぐっと堪えた。
敵にまだ魔法が使えると悟らせたくなかった。
盾から腕に伝わる衝撃は、籠手越しでもかなりのものだ。
革ベルトで盾に留めている左の前腕が、痛みで悲鳴を上げていた。
ガツン、という金属音がする。
足に何かが、ぶつかった。
とうとう脛当てに矢が当たった。
しかし、錬鉄の脛当ては矢を弾いてくれた。
冷や汗が出る。
強弓の矢だと、さして鉄板が厚くない鎧など貫くことがある。
敵の最前列は百メートルぐらい前まで近づいている。
――ここが一番キツイところだ!
我慢だぞ!
アベルは、勝負に出る。
今の立ち位置は強弓、短弓、弩の全ての射程に入っている。
さらに近づけば槍兵の後方にいる強弓部隊では、かえって狙えないゾーンに入り込めるはずだった。
猛然と敵に向かって走り込んだ。
矢が背中、すれすれを飛び越していく。
傭兵団「剣と骸骨」の先鋒が迫ってくる。
槍兵の穂先が届く直前で止まってやった。
ついに、ここまで来た。
敵兵のツラが見える距離。
物凄い罵声の嵐。
どいつもこいつも、顔中に険を含ませ、あるいは嘲笑を浮かべている。
獲物が、のこのこやって来たと騒いでいた。
槍兵がいきり立って、少し前に出てきた。
穂先で突こうとするが、そうなったらアベルは僅かに退いた。
ぎりぎりで穂先が届かない。
イラついた槍兵が前に出ようとする。
前線隊長のような男にそれを制止された。
その隊長は髯面、三十歳ぐらいの男、庇の付いた鉄兜。
がっちりした体型。
またアベルは前に出る。
弩の射手が数名、執拗に狙ってきた。
隙あらば、足や顔を射ようというわけだった。
アベルは懐から石を取り出すと、身体強化を意識して、アンダースローのような投法で盾の横から投げつけた。
石は前線隊長の胸甲に命中した。
鉄の鎧だから石など撥ねたが、カァンという甲高い音がやけに高く響いた。
敵が、どよめいた。
敵の気配が一瞬にして、すっと変わったのを感じる。
それまで鶏を嬲り殺しにするような娯楽の雰囲気であったのに、今は、はっきりとした殺意が盛り上がる。
ぶっ殺してやるぞ、という悪意が電流のように伝わってきた。
――ほらよ! もっと怒れっ!
アベルはもう一度、石を投げた。
前線隊長の顔面に飛んでいく。
慌ててしゃがんで避けた。
顔が激怒で歪んでいた。
完全に敵の前線隊長がキレた。
「あぁぁぁあぁぁぁ!」
という雄たけびを挙げた。
なにか短いやり取りがあった後、槍兵の列が割れて、前線隊長が騎乗した。
歩兵が五名ほど随伴する。
槍を脇に抱えた前線隊長が馬の脇腹に拍車を入れた。
猛った馬が猛然と突撃してくる。
歩兵も走ってきた。
アベルは鼻で笑った。
「アホが釣れやがった!」
アベルは我慢して温存していた体内の魔力を、今こそとばかりに猛烈に加速させた。
イメージするのは前世、映像で見た戦争や爆発だ。
爆弾が破裂して大勢の人間をズタズタにした画像。
アベルは右掌を天に掲げる。
現象を強く脳裏に描いて……出た。
炎の弾は八つ、生成された。
前線隊長の髭面が驚愕に歪んだ。
貴重な魔法使いが、死に番であるのを予期していなかった。
なんでこれまで魔法を使って矢を防がなかったという顔である。
手綱を慌てて引いた。
馬は急に止まらない。
「死ねっ!」
アベルは叫んで、突撃してきた敵たちに炎弾を放った。
馬に、人に、鎧に、剥き出しの顔面に、炎弾は命中した。
破裂する肉体、飛び散る骨と内臓。
ベチャッ、という湿った音がした。
アベルの盾に、毛の生えた皮が張り付いた。
足元に手首が転がり落ちてくる。
プスプスと燻ぶりを上げていた。
馬が倒れ、嘶く。
四足を空中に泳がせる。
無傷の敵は一人だけだった。
ちょうど馬の陰に隠れていた奴だ。
アベルは猛然と駆け寄って、抜刀。
背中を見せて逃げ出した歩兵の膝裏、鎧の隙間に切っ先を突き込む。
歩兵が転ぶ。
背中を踏みつけて首筋を斬り裂いた。
血が噴き出した。
アベルは転がるようにして体を伏せた。
弩の矢が過ぎ去る。
盾を構えて、後ずさりした。
盾に次々と矢が命中する。
槍兵より前に出た弩を持つ兵士が、悔しそうに顔をゆがめた。
その場で、弩に矢を再装填するために操作を始めた。
足で弩の輪を踏んで、全身の力で弦を引く。
油断しすぎだとアベルは呆れた。
氷槍をイメージして詠唱。射出。
弩兵の顔面に鋭い氷柱が命中した。
氷槍は鉄の鎧は貫通できないが、剥き出しの顔面には深く突き刺さった。
即死だ。
兵士がその場で倒れる。
傭兵団の荒くれどもが、怒声を叫ぶ。
しかし、それでも隊列は崩さない。
一度、大きく崩した隊列を元に戻すのは、かなり時間がかかる。
それをやってしまっては思う壺に嵌ることだけは理解していた。
アベルは足元で死にかけている髭面の現場隊長を蹴っ飛ばした。
「うげえええぇぇえ!」
酷い絶叫を上げた。
炎弾を右肩に食らって、さらに落馬したものだから、右腕は脇の辺りから千切れかけている。
アベルはさらに挑発を繰り返す。
理由がある。
敵兵と接近戦をやっていれば、同士撃ちを恐れて矢が飛んでこない。
攻撃されっぱなしは辛いものだ。
「殺してみろよ! 俺を殺してみろ……! それでも戦士か!」
どこからか矢が飛んできてアベルの派手な冑に命中した。
鼓膜を打つ甲高い音がこだまする。
アベルは炎弾を一つ、生み出すと適当に前方に射出した。
水壁が現れて中和された。
また、槍兵が割れた。
出てきたのは二人。
一人は全身を鎧で覆い尽くした、重量級、相撲取りみたいな巨漢の男。
ロペスの体格に近いが、もっと太っていた。
もう一人は、ひと目で魔法使いと知れた。
黒いローブを着ている。
目深にフードを被っているから人相はよく分からない。
今、炎弾を防いだ奴かなと思った。
こいつらを凌ぎ切れば、後ろから援軍が来る。
アベルはそう思って気合を入れ直す。
巨漢の重量級は戦斧を持っていた。
もうそのまんま巨大な斧って感じの武器。
あんな得物を持った者と戦うのは初めてだった。
当てられると、鎧ごと叩き割られるに違いない。
威圧されそうになるが、しかし、その攻撃は大味、見切れると踏んだ。
より厄介なのは魔法使いだ。
しかし、ぎりぎりまで敵の魔法使いに手出しはしないことにした。
狙うは不意打ち。
魔法使いが炎弾を生成した。
射出してくる。
半身、体を捻ってかわした。
背後で爆発。背中を衝撃波が押す。
アベルの足元に魔力の気配が満ちる。
「土石変形硬化」と見破り、アベルも土石変形を詠唱して魔力を注ぎ込む。
魔法使いは穴を作ろうとし、アベルは地面の平らかをイメージする。
互いの魔力は拮抗し、よって地面に変化はない。
ドスドスと重たい足音を立てて、巨漢が迫ってくる。
肩の上、上段に戦斧を掲げて、思い切りアベルの大盾に目がけて打ち下ろす。
戦斧の軌道なんかイースの剣に比べればアクビが出るような単純さだった。
盾を斜めの角度で構えて、戦斧を受け流す。
戦斧と鋼の盾がぶつかり、火花が飛び散った。
流された戦斧が地面に減り込む。
機会到来。
アベルは叫ぶ。
「があああぁぁぁ!」
アベルは魔力を滾らせて、あらん限り渾身の力で巨漢の男の面頬、丸いノゾキ穴の部分に刀を叩きつけた。
火花が散って、切っ先が鉄の面頬を破り、食い込んだ。
顔には到達していないが、火花や細かい鉄片が目に入るのを狙った。
なにより目の直ぐ傍を攻撃されて動揺するはずであった。
敵が魔獣もかくやという唸り声を上げた。
戦斧を横薙ぎにしようと、後ろへ戦斧を持っていきタメを作る。
――だから遅いんだよ。
アベルは足捌き、右横に移動。
同時に「氷槍」のイメージを高めて、氷柱を形成。
突然、魔法使いに向かって「氷槍」を撃つ。
これは牽制だ。
とっさに魔法使いは避けたが、ローブを掠るほどギリギリの距離だった。
アベルはさすが実戦を経験している魔法使いだと感心する。
よく避けたものだ。
戦斧が振るわれた。
紙一重で避ける。左に素早く移動して、巨漢の男が急いで正対しようとした動きを正確に読み切った。
刀の切っ先を突き出す。
巨漢の左腕、鎧の隙間、肘の内側に刃が滑り込んだ。
肉を切り裂く手ごたえがあった。
左腕だけ紐が切れたように、だらりと垂れ下がった。
「うおああああぁああぁ!」
巨漢が怒りか痛みか絶叫した。
敵の槍兵が一斉に穂先を天に掲げた。
大量の弓矢がアベルの遥か頭上を飛び越えていく。
狙いが明らかに変わっていた。
アベルの背後から、味方の雄叫びが響いた。
いよいよハイワンド騎士団、伯爵盟軍が迫っていた。
傭兵団に動きがある。
意地でもアベルを殺そうとして、さらに部隊を送ろうとしていた。
騎馬武者が数騎、押し出してきた。
アベルは身構える。
アベルの背後に、誰かが近づく気配がある。
見なくても足音で分かる。
イースだ!
アベルの横を通り越した。
イースは優雅に飛ぶような足運びで接近。
大上段から大剣を振り下ろした。
頭を防ごうとした巨漢の男は戦斧を掲げるが、イースの剣は軌道を歪めて、右腕に吸い込まれた。
錬鉄の籠手を引き裂いて、腕が千切れる。戦斧が地面に落ちた。
アベルは敵の魔法使いが炎弾を使う気配を見せたので、水壁を詠唱。
炎弾を防いだ。
即座に腰から手斧を掴み取ると、魔法使いに向かって投げつけた。
魔法使いの胸に命中。ズドンと鈍い音がした。
手斧には先端、刃の逆位置に突起がある。
鎖帷子ぐらいだったら突き破るか、衝撃を殺しきれず息もできないほどの打撃になっているはずだった。
魔法使いがフラフラと揺らめいて、片膝をついた。
イースの大剣が戦斧使いの巨漢の冑を叩き潰した。
ベキョッ、という缶が潰れるような音。
面頬の隙間から血が飛び散った。
流れるような動きでイースは一跳躍。魔法使いの前に降り立つと大剣一閃、首が飛んだ。
傭兵団から矢が飛んでくるが、イースは簡単に見切って避けた。
バックステップでアベルの傍まで後退する。
傭兵団から騎馬武者は送り込まれてこない。
それよりか防備を固めたのがアベルには見えた。
アベルの背後に大勢の足音が迫っていた。
槍を持った味方の兵士たちがアベルの脇を抜けていく。
「アベル! よくやった!」
「すげぇな、おめぇ!」
味方の兵士たちが口々にアベルを称賛した。
イースがアベルの前に立つ。
紅玉のような赤い瞳が、アベルの興奮で濡れた眼に注がれる。
イースの冷たい美貌が底なしの暴力衝動を和らげた。
「アベル。見事な戦いぶりだ。これよりは私の援護を頼むぞ」
「はい。イース様!」
――どこまでも付いていくよ……。
アベルは油断したわけではないが、これで生き残れると感じる。
敵味方の怒声、罵声、悲鳴が凄まじい。
人間、こんな声を出せるものかと驚くほどだ。
長槍は突くと言うより、振り下ろして鈍器として使われるのだった。
バチッバチッという叩き合いの弾けた音。
そんな修羅場へ、イースは機と見て突入していく。
恐怖など欠片もない。
冑をしていないから黒い髪が流れるように揺らめく。
振り回されてくる槍の柄を造作もなく大剣で破壊する。
距離を詰めて槍兵に剣を叩きつければ、体の半ばまで引き裂く。
まるで小型の竜巻だ。
大剣を振るうたびに、敵が絶命し、手や足が切断された。
アベルはイースの後ろで援護に徹した。
揉み合い、血みどろの男どもが掴み合って、お互いを転ばそうと取っ組み合いになる。
「剣と骸骨」の最前列が崩れていく。
イースとアベルは、さらに突き進んだ。
イースはあらゆる兵種をものともせず倒していく。
槍なら懐に入り攻撃、歩兵なら剣を弾いて籠手ごと腕を叩き落とす。
組みつきを狙ってくる相手もいたが、そもそも近寄らせなかった。
獣のような罵声を発する傭兵たちが、負けじと反撃してくる。
怒り狂ったハイワンド騎士団の戦列は止まらない。
やがて、後方から一段と大声が響いた。
アベルが驚いて振り向くとハイワンド騎士団の騎馬突撃が始まった。
先頭はロペスだった。
巨漢のロペスが乗るのは、荷物の運搬にでも使うような巨体の重量馬。
馬にも鎧が装着されている。
押し迫るような威圧感があった。
黒く長い飾り羽根がロペスの冑から伸びている。
鎧は黒鉄造り、角ばったデザインのもので、ある種の甲虫をイメージさせる。
すぐ後ろには団長ベルルが白鋼の眩い全身鎧を輝かせていた。
ハイワンドの家紋、大鷲が翼を広げ毒蛇を掴み取った意匠の軍旗がはためく。
槍を突き出して、ハイワンドの騎士たちが群れを成して正面から突破を試みる。
傭兵団から魔法の攻撃がある。
いくつかは中和されるが、騎士団で爆発が起きた。
しかし、少々の損害は無視して騎馬突撃が傭兵団を食い破っていく。
馬蹄に踏みつけられる弓兵、騎士の槍に串刺しにされた歩兵、悲鳴を上げて敵が逃げ散りだした。
騎馬突撃の後を従者や兵士たちが続く。
やがてロペスたち騎士の一団が骸骨の旗へ迫っていく。
あそこに傭兵団の長、ロッド・フットとかいう男がいるはずだった。
戦いは最高潮に達しようとしていた。
そこへガトゥとカチェ、スタルフォンにワルト、カザルスが追い付いてくる。
「アベル!」
カチェの名を呼ぶ叫び。
馬から飛び降りるなり抱き付いてきた。
無意識に魔力が籠っているのか、かなり強い力だった。
「アベル! アベル! よかったぁ! 無事でよかったぁ!」
カチェのあまりの喜び振りにアベルは、ちょっと笑ってしまった。
全身を投げ出しての歓喜は、お高く纏まった貴族の息女の態度ではなかった。
カチェもこんな風に喜ぶことがあるのだなとアベルは新たな発見をした気分になる。
その時カチェは、もういっそアベルへの恋心まで勢いで告白してしまおうと思ったぐらいだった。
それだけは堪えたけれども……。
ガトゥが言う。
「馬も連れてきたぜ。俺らも騎士の晴れ舞台である騎馬突撃に加わるぞ!」
アベルは愛馬ハヤテに飛び乗る。
ハヤテには軽装ながら頭と胸部のみ馬鎧を着けている。
戦場は混沌としていながらも巨大な流れが生まれつつある。
伯爵盟軍の勢いが、敵勢を上回りつつあった。
王道国は先鋒の傭兵団を捨て石的に考えているのか、劣勢にも関わらず援軍を送らない。
ロペスとベルルが幾度も波状的に突撃を繰り返す。
傭兵団は完全に守勢に回っていた。
イースが戦局を見渡して言う。
「まず主導権を奪わないとならない。防御は主導権を失うものだ。特に野戦では無理をしてでも攻撃に徹するのは正しい。というわけで我々も戦おうか。見物していても、つまらないだろう?」
イースが先頭となり、まだ騎馬突入を仕掛けていない敵勢に飛び込んだ。
槍兵や歩兵が五十人ぐらいの集団だったが、突き出される穂先を薙ぎ払ってイースが接近、大剣で次々と傭兵の頭をカチ割っていく。
ガトゥは今日、槍を持っている。
的確な突きや払いで、一人一人と敵を脱落させていった。
カチェが火魔術「竜息吹」の詠唱を開始する。
「大気の満ちる界、燃え立つ素の源あり、安なる座より火素を取り出し、魔素と混じることを令する……」
アベルはカチェに矢が飛んでこないか警戒を怠らない。
カチェの体内で激しい魔力が渦巻くのをアベルは感じ取った。
やがて詠唱、魔力の高まりは絶頂に達した。
カチェが騎馬を進ませて、魔法を発動。
火炎放射器の攻撃に似た炎の帯が、カチェの突き出された両手の先から噴出した。
傭兵団の槍兵や歩兵を舐める。
「ぎゃあぁぁああ!」
敵が蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
二十人以上の敵が体を燃やしながらゴロゴロと地面を転がり、あるいは激しく踊るように暴れた。
これで大きく戦列に空間ができた。
そこへイースとガトゥが飛び込む。
たちまち腕や冑が飛び散る。
さらに後続の味方が雪崩れ込んでいった。
アベルは「剣と骸骨」の団旗が、味方の騎士や従者によって引き倒されていくのを見た。
しばらくして、ロペスが槍に首を突き刺して掲げた。
立派な角の生えた冑を着けたままの生首。
「ロッド・フット、討ち取ったり! 勝鬨を上げい!」
騒々しい戦場にもかかわらずロペスのバカでかい声が聞こえた。
みな、歓声を上げる。
傭兵団は絶対的存在であった団長の死によって、崩壊した。
生き残った者が潰走していく。
アベルは呟いた。
「勝ったのか……」
淡々とイースが答えた。
「敵の先手を破ったに過ぎない。第二王子リキメル直参の軍勢はそっくり残っている」
アベルはカザルスから望遠鏡を受け取り、リキメルの軍勢へと騎行していった。
矢の射程の手前で、手綱を引いて止まる。
望遠鏡を覗く。
特に軍旗が数多く、林のように乱立している辺りに焦点を合わせた。
馬ではなく、輿に乗った男が見えた。
その輿は派手な鎧を身につけた戦士たちによって守られている。
おそらく、あの人物こそが王道国のリキメル王子だ……。
男は頻繁に何か下知をしていた。
かなり遠いので、はっきりとは分からないが丸い顔をしているような感じがした。
落ち着きがない。
動揺しているのかもしれなかった。
長居は無用だ。即座にアベルは馬首を返す。
そのままベルル団長の元へと向かった。
騎士団は最高に盛り上がっていた。
みんな笑ったり興奮している。
アベルが近づくと騎士団の幹部や騎士たちがアベルに力強く声をかけてくる。
惜しみない称賛であった。
ベルルがアベルに気が付く。
表情に変化がある。
これまでと打って変わって目線に信頼が籠っているのが、はっきり分かった。
「アベル! よく死に番を務め通した。俺はお前を認めるぞ。見事であった」
「ベルル様。いま、リキメルの軍勢を偵察してきました。遠眼鏡で王道の第二王子リキメルと思われる男が輿に乗っているのを確認しました。あれこれと落ち着きなく下知している様子です」
ベルルは頷く。
「うむ。偵察ご苦労。リキメルはガイやハーディアなどと比べれば武勲で劣る男だ。弟妹らに負けるわけにはいかぬから焦っているのだろう」
ロペスも声をかけてきた。
傭兵団の団長を殺した彼は獰猛に笑っている。
「アベルよ。素晴らしい武者ぶりだった。お前にもハイワンドの血が流れているのを、しかと見届けだぞ。俺は武人ゆえに力しか信用しない。およそ貴族とは武を司るものだからだ。力のない貴族など貴族とは呼べん。お前は俺と親父殿に、証を立てた。俺はお前をただの家来とは思わないことにする。親父殿、構いませんな?」
「いいだろう。俺はこの戦いで負けて生き延びるつもりはない。アベル、お前のことを追い詰めたが、それは俺と同様の覚悟があるのか確かめたかったからだ。許せよ」
「はい。ところで他の死に番の騎士たちはどうなりましたか?」
「うむ。二人とも見事、死に花を咲かせたぞ。騎士とは、あのように在りたいものよ」
「そうですか……」
あの老齢の騎士たちがいたから攻撃が分散して助かったのかもと、アベルは頭の隅で考える。とても自分一人の手柄などではないはずだった。
それからベルルが命令を出して、戦列を組み直す。
槍兵が前に出て、歩兵がその後ろ。
騎士が従者と共に集団を形成する。
伯爵盟軍の左翼は、すでにリキメルの軍勢に肉薄して小規模の戦闘を開始していた。
ベルルが準備を急がせているところへ軍使がやってきた。
赤い、目立つ服装をしている。
皇帝親衛軍の使者である。二人の従者を伴っていた。
使者はベルルの前へ制止を無視して突き進む。
「火急の件につき前口上は割愛させていただく。私は皇帝親衛軍、近衛師団の連絡将校にして監督官を務めたる、ラーン・カイトル男爵です」
「監督官どのが、何の用事ですかな」
「近衛師団の執軍官、ムベルク様は伯爵盟軍の勝利をより確実にするため軍団から五千名を派遣する決定をくだされた」
「……。それではガイアケロンとハーディアの牽制はなんとする。あの兄妹ども、南東に位置して不動であるが、機を見て猛攻を仕掛けて来るのは明らかなるぞ」
「堅固な野戦陣地の内部には一万の兵力が残ります。それでガイらの軍勢は充分に防げまする」
「先の敗戦でもガイとハーディアにしてやられたのをお忘れかな。帰還して、助勢は無用と伝えられるがよいであろう。それともムベルク様は手柄を伯爵家に取られるとご心配か」
「すでに決定したことでございます。しからば、ただいま伯爵盟軍に五千の兵が到着するまで総攻撃を待たれよと連絡が送られているところ。ハイワンド騎士団におかれても攻撃は控えられてください」
ベルルは露骨に侮蔑の表情で、余計なことをと叫んだ。
だが、命令は命令だった。
伯爵盟軍の総指揮官はリモン公爵であるがムベルク執軍官はさらに上位指揮官である。
勢いたるや絶頂であった伯爵盟軍は複数の傭兵団からなる先鋒を打ち破ったまま後方から五千の皇帝親衛軍が来るのを、ぼんやり待つことになった。
アベルの元にカチェやイースたちがやってきた。
ところがイースはアベルに畏まった態度で話しかけてくる。
「アベル様。ハイワンドの一門衆に加えられたとのこと騎士イース・アーク。心よりお祝い申し上げます」
アベルは聞き間違えかと思った。
眉を顰める。
「えぇ……? イース様……。冗談がキツいですよ」
「冗談? これはふざけているのではありません。もはやアベル様は私の主であります」
ガトゥが、にやついて頷いた。
「まぁ、そうなるんだよな。アベル様はただの遠縁の者から……ハイワンド家中の者となったのだからよぉ。俺らにとっちゃ主ってわけだぁ」
アベルは、ぞっとした。
イースから様付けなどと考えられなかった。
もはやイースは揺るぎがたい師であり、自分を遥かに超えた人物でもある。
「イース様。絶対にアベル様なんて止めてください! 止めないのなら一門衆の話しは断ります」
それまで、にこにこと笑顔だったカチェが血相を変えた。
「アベル、頭がおかしくなったの!? やっと晴れて認められたのに! これでお父様も冷たくしなくなるのよ」
「それでもガトゥ様やイース様から主なんて思われたくないですよ」
イースは珍しく困り顔をした。
そして、途惑ったように言う。
「私はアベル様であれば仕えたいと思うのですが。どんな命令でも聞くでしょう」
「どんな命令でもとかって言わないで……。変な命令をしちゃうかもですよ」
イースは小首を傾げた。
「変な命令とは、なんですか?」
「そ、それは……。おいそれとは言えませんよ」
――冬の寒い日、一緒に風呂に入ろうとか……。
「まぁ、まだバース伯爵様から正式に決まったことではないですから。だいたい僕も今から貴族なんて言われても分からないし。それに親しい仲間だと身分を越えて呼び捨てにするってあるでしょう。これまでと同じでお願いしますよ。イース様」
「……。アベルがそこまで言うなら、しばらくは仕方ない。だが、いつかは……」
珍しいことに、そう言うイースは残念そうにしているのだった。
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