妖陽暗転
晞栂
第1話 序幕
こんな夢を見た。
何度も見た似たような夢。
それは空の上にあり、地の下にあった。
太陽は沈み、月は薄れ、雲に溺れた暗い空。
地球上の何処にも見当たらない。きっとそれは幻想的な空間であった。
たった二人以外に人はいない。
居たかもしれないが、それは見えなかった。
赤い、太陽のような温かい色をした髪をもつ女性と海のような深い青い髪の男性がいた。顔も靄がかかっていて見えず、話しているのかもしれないが聞こえなかった。
こんな夢を見た。
それはいつも灯りのない新月の夜だった。
その夢は進まず、変わらない。
覚えていないだけかもしれないが、その夢の続きを知らない。
きっと幸せな夢ではないのだろう。
いつも何かが欠けているような絵を見るように静かな夢だった。
そんな夢を見る彼はとある陰陽師の名家の長男として生を受けた。
陰陽師とは日本にのみ存在し、陰陽連に所属する者の総称である。
彼らは平安の時代から天皇に仕え、今では独立し政府と協力関係にある。
彼らは人には手に負えない魔を祓い、厄を浄め、人々を災厄から護る存在である。
彼は生まれたときから陰陽師のトップになることを期待され、強いられてきた。
陰陽師になるための修行は日に日に増え、一日が修行で終わってしまうようになった。家族での会話も随分と減り、いつしか師匠である父の厳しい言葉だけだった。
話しかけてくれる使用人は居らず、共に修行をしているはずの兄弟は楽しそうに遊んでいる。友人は愚か、家の関係者以外の人間に会ったことすらなかった。
陰陽師がどれほど凄いのか、外を知らぬ幼い彼が泣くたびに説いてきた。
あやかしがどれほど残虐で醜悪か、救いようがないのか説いてきた。
しかし、なにも知らない、教えられなかった幼い彼には唯一の真実でした。
彼、朝霧秀清にとって陰陽師がこの世のすべてだったのです。
こんな夢を見た。
それは珍しく、自分のことだと理解していました。
夢の彼は幼く、どこか視界のぼやけた場所で蹲っていた。
それを自分は幼い彼の後ろで見ていた。近くにいるからだろうか、すすり泣く声が聞こえ、それがいつの出来事か思い出していた。修行が辛くて、父親が怖くて初めて逃げ出した日のことだった。
すすり泣く声が笑い声にかき消されるようにして次第に空間がはっきりとしてきた。
森の中にあるような公園の片隅で隠れるように幼い彼は泣いていました。遠くで他の子供達が遊んでいるのを聴きながら、他人事のように幼い彼を見下ろしていました。
このあとどうなったんだっけ?
秀清は動くことも、声を出すこともせず呆然としながら思いました。
確か、父親が連れ戻しに来て、修行が一層厳しくなったんだっけ?それが正しい記憶のはずなのに、今まで疑問にすら思ったことがなかったのに、他になにか_____
「どうしたんだい」
っえ?顔を上げると誰かが幼い自分の前に立っていた。なのに見ているのはこちら側、夢のはずなのに目があった。しかし、その謎の人物が微笑んだ途端に風が舞い上がり、何処からともなく花吹雪が吹き荒れ纏わり視界を覆い隠していく。
待って!待ってくれ!君は誰なんだ!
夢で初めて出した声は虚空に消え、気づけば公園のベンチから起き上がり、
「うわぁ!」「いだっ!」
誰かとぶつかってしまったようだ。
ぶつけた頭を擦りながら、目を開けると驚いたようにこちらを見つめる人がいた。
白っぽい肩下程の長さの髪を持つその人物は全体的に華奢で白っぽくて性別がよくわからなかった。パッと見、少女のようだが服装は男物。弁明するように状況を説明してくれた声は少女にしては低めで、喋り方も男のようでさらに謎を呼んだ。
「あ、すまない。そろそろ雨が降るから声をかけようとしてたんだ。」
「つまり、俺が1人で寝ているのを見て心配になって声をかけようとしたタイミングで俺が起きてしまい、ぶつかってしまったと」
俺の話を聞きながら、申し訳無さそうな、困っているように眉を下げた目の前の人物の表情を見ながらおかしい点をあげる。
「にしても、雨、ねえ」
空を見上げるも雲ひとつない晴天。風が少し肌寒いが雨が降るようには見えない。
俺がじとっとその人物を見つめると怪しまれていることを感じ取ったのだろう。
もう一度雨が降ることを言ってきた。
「雨、降るよ。移動してるときに濡れないように早めに言っただけだ。あと、10分くらいかな。ここは木陰だけど雨は凌げないだろうし」
それだけ言うと、彼?彼女はさっさと公園を出てしまった。
あ、結局名前も何もわからなかった。まあ、もう会うこともないだろうし気にしなくていっか。
俺は冷えた体を温めるためにも丘の上にあるこの公園からほど近い喫茶店によることにした。
喫茶店は公園から徒歩5分ほどのところにあり、この街に来てから何度か利用しているお気に入りの店だ。
お店にはきれいに手を入れをされた庭があって散りかけの桜が風に搖れていた。
趣のあるレトロな内装、座り心地のいい革張りのソファ、流れる音楽は煩すぎず、集中して作業することができる。お客さんのマナーもみんないい。それにここのマスターの料理の腕は最高だ。1人で経営するのは大変そうに見えたが店員さんがいたのをこの間見かけたので心配する必要もないだろう。
本当にこの店を見つけれてよかった。最初にこの店に入った理由も確かこんな風に雨が急に降ったからだったよなぁ。って、雨!?さっきまで快晴だったのに!
俺は注文したコーヒーを吹き出さないようになんとか堪えつつ、聴こえた雨音を確認するように窓の外を見た。
「すごい雨でしょう。天気予報には一日晴れだった気がするのですが、貴方が入ってから少しして降り出したんですよ。運が良かったですね。はい、アップルパイをどうぞ。急な雨ですぐには帰れないでしょう。それまでの休憩にサービスです」
慌てて窓を見た俺に気づいたのだろう。カウンター席に座る俺にアップルパイを出しながら眼鏡をかけたダンディなマスターが笑いながら教えてくれた。
「ありがとうございます。ほんと運が良かったな。マスターのアップルパイが食べられるなんて急な雨も悪くないですね」
にしても5分。俺が公園からここまで5分、店に入ってから計約10分。さっきあった人が言っていたのと一致する。偶然、たまたまか?
疑問が解消できないのが煩わしく、雑念を払いのけるようにコーヒーを飲み干して、アップルパイに手をつけた。
うん。美味しい。パイ生地はサクサクふわふわでりんごの程よい甘さが精神的疲れを癒やしてくれる。マスター本当にありがとう。いつもは外で昼寝なんてしないから夢見が悪くて気分下がってたのに持ち直したどころか絶好調かもしれない。
ほんと、夢に気を惑わされるなんてどうかしてたんだ。別に夢なんて見慣れてるし、大した夢でもなかっただろうに。今日は疲れてたんだ。帰ったらはやく寝よう。
その夢を見た日の夜、空には満月が輝いていた。
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