125話 黒球

 たかが小さな頬の傷。

 けれど、先程まであらゆる攻撃を無に帰していたN2が初めて付けられた傷。

 そう、つまりは――。


(「敵個体のN2への有効的な攻撃手段が画一されました。プランの成功率を再計算します」)


 セシリアがそう告げると、脳内モニタに表示していた複数のプランの成功率が次々と減少していく。



「ベロッ! 受け取れッ!!」


 チェルノボーグが声を荒げ、いつのまにか手元で生成していた黒球を敵個体Bへと放り投げた。

 そして20メートル先でラズと戦闘中の敵個体Bが即座に反応し、黒球を受け取る。


 黒球の大きさは直径5センチ程。

 攻撃能力があるとは思えないが、セシリアがプランの再構築を余儀なくされているということは、あれが驚異である事には違いない……。



 チェルノボーグは掴み合っていたN2と距離を取ると、黒球を新たに生成し、それをN2に投げつける。


 チェルノボーグから放たれた黒球に対し、N2は背中から伸びたアームで弾こうとするが、黒球はアームに触れた途端アメーバ状に形が崩れ、ベタベタとN2のアームにまとわりついた。


 アメーバ状に変化した黒球を振り解こうとするN2。

 がしかし、そのすきにチェルノボーグから2つ目、3つ目と黒球を投げつけられてしまう。


 直接的なダメージがあるようには見えないが、N2にまとわりついたアメーバは徐々に体積を増していく。

 チェルノボーグは、自身のアームでN2の何かしらの弱点を探り、その情報を黒球へインプットしたのか。


(「N2の内包エネルギーの低下を確認。どうやら液状化した黒球は、N2から吸収したエネルギーを使用し肥大化しているようです。」)


 セシリアの分析通り、アメーバはN2のエネルギーを吸収しながら膨張し、最初にアメーバを弾こうとしたアームに至っては既に全体が飲み込まれてしまった。

 次いで2つ目、3つ目に着弾したアームもアメーバに飲み込まれ、制御が利かなくなったのか移動する際も重々しく地面を引きずっている。



「ほう。これはまた興味深いものを造りましたね、チェルノボーグ。」


 黒球を受け取った敵個体Bが、アメーバがまとわりつくN2を見て呟く。


「これを『人』に当てたら……どうなるのでしょうか?」



 急上昇する心拍数。

 鳴り響く脳内のアラート。

 ヤツと視線が合った瞬間、あらゆる感覚が危機的状況を察する。



「レイ様ッ!!」


 ピノの絶叫が耳に届く頃には、既に敵個体Bは目前にまで迫っていた。

 直後、赤いシルエットが間を割って入るように飛び込んでくる。


「アンタの相手はアタシだろうがッ!!」


 敵個体Bが俺へぶつけようとしていた黒球を防ぐように、間一髪のところでラズの救援。



「しつこいですね……ですが……私……ですよ!」


「な……ッ!?」


 ラズが背後のチェルノボーグに気付くも、時既に遅し。

 チェルノボーグの放った黒球がラズの背中へクリーンヒットし、ラズもN2と同様、胴体がアメーバに包まれ身動きが取れなくなってしまった。


「ち……くしょう……力が抜けてく……」



 アメーバに拘束され、力なく倒れこむN2とラズ。

 じりじりとこちら側へ歩み寄ってくるチェルノボーグと敵個体B。


 セシリアの解析でも、二人をアメーバの拘束から解く手段は不明らしい。



 …………。




「レイ様、逃げてください! できるだけ遠くへ! ピノが時間を稼ぎますから……!」


 ピノがやつらに立ちはだかり、怯えながら必死に声を絞り出す。


「種子は雨でほとんど流されてしまいましたが、少しは足止め出来るはずです! グレを連れて早く!」



 雨……。

 植物の種子……。

 水溜まり……。



 そうか……ッ!


(「セシリア、解析を頼む! 雨水が流れ込みそうな箇所を探してくれ!」)

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