95話 ここにいるぞ
ラズとの距離はほんの少し縮まった……と思いたい。
ただ相変わらずグレの乗り心地は悪い。
どうにかならんものか。
地下から飛び出して30分ほどが経った。
危惧していた黒い機械達の襲撃は今のところない。
俺達は地下にいたから無事なのかと思っていたが、外にいたラズの方も特に変わったことはなかったようだ。
かといって、奴らが皆の回収を諦めたわけではないと思う。
手を出してこない理由が何かあるはず。
例えば、俺達を確実に倒せるような作戦を立てている、とか。
あまり考えたくはないが……。
30分もの間、ほとんど一定のスピードで走っているラズにも驚かされるが、その先導に付いていっているグレの体力にもあきれる程だ。
以前ジャングルで見付けた鳥のように不思議な死に方をしてしまうものもいれば、グレのように強くたくましく生きているものもいる。
ことこの星においては、後者のような生き抜く力が強い生物達が多いように思う。
出発から通ってきた道付近にも動植物は見られたが、あからさまに巨大化していたり、無脊椎動物のような化け物じみたものは見かけなかったので、そこはひとまず安心した。
グレの背中の揺れにも少し慣れてきたころ、前方に大きく開けた平原が見えてきた。
三角帽子を被ったような形をした大きな木が所々に生えている以外何もない平原。
今までどこに行っても金属片が落ちていたから、俺にとっては逆に不思議な光景だ。
それにしてもあの木、相当でかいぞ。
「あの木陰で少し休憩するぞ」
ラズがそう言い、一番近くの大きな木へ向かう。
近付くにつれ、木の大きさに圧倒される。
というかでかすぎて最早怖い。
N2いわく、モンキーポッドと呼ばれる木に近い種類らしい。
けれど図鑑に載っているサイズの倍はあるようだ。
本来は傘の部分を薄く広く伸ばす種類らしいが、この木のてっぺんに至っては50メートルくらいあるらしい。
となると横幅は80メートルくらいになるのか?
なんだ80メートルって。
植物がここまで大成長を遂げるとなると、もともとこの土地には栄養が豊富にあったのだろうか。
いや、そう仮定したとすると他の植物が足元の雑草くらいしか生えていないのはおかしい。
植物や動物が急成長する原因は、黒い機械の破壊という予想だったが、それは撤回すべきかもしれないな。
この大きな木に触れてみたいというピノの要望で、グレから一度降りる。
息の上がったグレにお礼のつもりで首を撫でると、気持ちよさそうにすり寄ってきた。
「アタシはグレとここで待ってるから、行ってきな」
ラズは俺達にそう告げて、グレの乱れた羽を直したり、足の土埃を払ったりしていた。
グレとは言葉こそ交わさないが、ねぎらっているのがよく分かる。
そんな光景を後ろ手に、中心の幹目指してゆっくり歩いていく。
もしピノがこいつと会話出来れば、ここまで大きく育ったきっかけを聞き出せるかもしれない。
晴れているのに、傘が分厚いため頭上からの光は一切差し込まない何とも不気味な空間。
けれど、優しく包まれているかのような不思議な安心感がある。
傘の中心までたどり着き、ピノが木の幹にそっと触れる。
いつもの触ったときの反応と違って、その表情は次第に神妙さを増していく。
「なんか分かった?」
「んー、言葉で言い表すのは難しいです……悟りを開いているかのような……」
予想外の回答に思わず笑ってしまう。
「な、なんで笑うですかレイ様! ほんとなんですよ! なんというか、我ここに有り、って感じです」
わたわたと慌てるピノに、余計に笑いを誘われる。
そんな俺を見てピノが少しだけムスッとした。
別に馬鹿にしてるわけじゃないんだけどな。
そんな様子を見ていたN2が幹に触れ、
「私もここにいるぞ!」
と、不思議な宣言をして見せた。
緩やかな風がそよぎ、木の葉が揺れ、小さなN2の宣言に木が返事をしたように感じた。
「世界は大きいな、レイ」
木からそっと手を離し、N2が優しく呟く。
「そうだな」
思えば、この星に来てから驚かされてばかりだ。
常識を覆される度に、自分の中の固定概念がいかに狭いかを思い知らされる。
一方N2は何も覚えていないが故に、この星での出来事を俺よりも素直に受け止めているんだろう。
「ただいま、ラズ」
「おう、どうだった?」
「ここにいるって!」
「……は? 久しぶりの外で頭がおかしくなったのか?」
「いや、心配ない、こいつは元々だ」
何故か照れるN2。
うん、この反応も慣れてきた。
「まぁいいけどよ。よし、そろそろ出発するか。ここいらは思ってたより生物の成長が穏やかだから、ちょっと寄り道して会いに行くか」
「え、何に?」
「お前の修行相手だよ、強くなるんだろ?」
「いや、やっぱり無駄な争いはよくないかなーって」
「大丈夫だ、アタシに任せとけ!」
はぁー、腹をくくるしかないか。
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