85話 ゴクラクからの

 湯けむり立ち込める横穴の部屋には、蒸気をゆらゆらと立ち込める湯が入った木造りの風呂が設置してあった。

 大きさは縦横2メートルくらい。

 大きすぎず小さすぎずって感じだ。

 宇宙船にシャワーは付いていたが、それの代わりに作ってくれたんだろう。


 昔本で温泉というものを見たことがある。

 しかしこの風呂は見た目こそ温泉のそれだが、地中から引いた湯と違って独特な臭いはない。

 となると、多分これは普通のお湯を溜めただけだと思う。

 まさか洗車用の水を全部使いはしないだろうが、これだけの水をどうやって集めたんだろうか。


 脱衣所なんて洒落たものはもちろんなく風呂場に直結しているので、この場で服を脱ぐ。

 排水溝とかも今のところないみたいだから、お湯をこぼさないように入らなくちゃな。


 風呂の隅に石が置いてあるから、熱して溜めた水の中に入れたんだろう。

 せっかく作ってくれたことだし、極楽とやらを味わおう。


 足から入り、湯の温度を確かめながら全身を浸けると、それはもうそれはもうって感じだった。

 普段、湯を溜めて生活する習慣はないから、全身を優しく揉みしだかれるようなこの感覚は初めて味わった。

 なるほどこれが極楽ってやつか……。

 あとでN2に礼を言わなきゃな。


 いやしかし……これは……。

 あいつらがいたと言えど、今までずっと気を張りっぱなしだったからな。

 この閉鎖的で安全な空間に、風呂の心地よさ……。

 さっき起きたばかりなのに5秒で寝れる自信がある。


 湯舟の僅かな揺らぎにまどろみつつ薄目を開けると、横穴の入り口の隅からN2が顔だけを覗かせていた。


「何覗いてんだよ。いいだろ別にお前と俺の仲なんだから」


「……なるほど……? レイ、服持って来たけど」


「あー、さっき言ってたやつか。その辺置いといてくれ」


 意外にもきれいに畳まれた衣類を頭の上に抱えながら、N2がそろりと入ってくる。

 何故か上を見ながら近付いて来て、こっちを見ようとしない。


「そうだN2、お前この風呂最高だよ、よく作ってくれたな。ありがとう」


「あはは、よかった!」


 N2はそう言うと、あはは、最高だって、と笑いながらそのまま風呂場を出てしまった。


 いや、服置いてけよ。



 数秒後またN2が入り口から顔を覗かせこう言った。

「レイ! 風呂から上がったら一番奥の部屋に来て!」


 そしてN2は反対側のお食事処えぬの中へ消えていった。


 いや、だから服置いてけよ。



 一番奥の部屋ってのは、俺がさっきまで眠ってた部屋だ。

 風呂場の外にいつの間にかかごが置いてあり、その中にさっきN2が頭の上に抱えてた白い生地の長袖長ズボンの服が入れてあった。

 着心地は悪くない、むしろ動きやすくていい感じだ。


 部屋に戻りN2に促されるままベットに座る。

 そして神妙な顔をしたN2がゆっくりと語りだした。


「健康な体は、健康な生活をもってして生まれる」


 な、なんだ突然……。


「レイ、健康な生活とは?」


「えと、きちんとした食事と、……睡眠と、……運動か?」


「おーけー。そう、今回の引っ越しの第2の目的。それは、レイ、君が健康な体を手に入れて、共に戦えるよう更に強くなること!」

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