62話 生存意欲が足りてない

 強化されたミニN2を鉤爪のようにして、巨大なクレーターの外壁に引っ掛けながら底へと向かっていく。

 クレーターの底へ下るにつれて、巨木の葉が光を遮り、周囲の明るさが失なわれていく。


 底へ降り立つと、空は全く見えない程になってしまった。

 クレーター内の環境はジメジメしていて、熱帯雨林のそれを彷彿させる。

 まぁ、行ったことはないんだけれど。


 地面は枯れ葉や枯れ枝なんかが落ちていて、湿った土に足を取られる。


「やめろN2、無駄に地面を掘り起こすな」


「芋が見付かるかもよ!?」


 いらねぇよ……。


 周囲を警戒しながら少し歩いてみたが、思っていたほど動物はいないらしく、目に入ってくるのは見たことない虫や植物ばかり。

 環境も未知なだけに、地表とは違って危険な生物もいるかもしれない。

 今はあまり触れないでおこう。


 空を飛んでいた鳥を追ってこの穴の中に来たのだが、予想はしていたが視界が悪すぎて鳥を探すどころではない。

 足を取られないように歩くのが精いっぱいだ。



(「レイ、見てあれ」)


 俺と違って身軽に移動するN2が、前方に何かを見付けて木の幹の裏に隠れながら小声で話しかけてきた。


 何かに気付かれないように、俺もそっと覗く。

 すると白い鳥が、倒れた木の上に鎮座してこちらを伺っていた。


(「鳥かな?」)


(「鳥だな」)


 何故かN2が小声なので、俺もつられて小声で返す。

 さっき空で見かけた鳥とは違い、鳩の仲間のようだ。

 そこからN2は鳩の方に向き直し、木の裏から頭だけを出して小声でこう話した。


(「こんにちは」)


 聞こえないと思うぞ。

 いや、そういう問題でもないが。


 今度は木の裏からばっと飛び出し、再び小声でこんにちは。

 それでも鳩は無反応。

 逃げる様子もない。


 嘴は僅かに動いているし、置物じゃあないよな。

 警戒心がないのか?


 N2が一度俺の方を振り返り、そしてスタスタと鳩に向かって歩いていく。

 枯れ葉を頭に乗せても、目の前でN2がバレルにチャージを始めてもやっぱり無反応。


「N2、こいつ食っていいか」


「ぜえええったいダメだ! 生き物をわざと殺して食べるのは良くない!!」


 N2が珍しく凄んで反対してきた。

 芋を見付けたときもそうだが、生命の根本を摘み取るような摂取は基本好まない、むしろ拒絶反応を示すほどだ。


 惜しいな……。

 ずっと木の実や山菜ばかり食べてきたから、久しぶりに肉が食いてぇ。


 俺達がわぁわぁと騒いでいると、流石にうるさかったのか鳩がようやく動き出した。

 鳩の足は意外にも、アヒルの足の様な水かきが付いた形状をしている。

 この湿地で移動するには、こういった作りの方がいいのだろうか。


 鳩がペタペタと倒れた木の上を歩きだす。

 別に捕まえようと迫ったわけでもないのに、鳩は勝手に足を踏み外し、ぬかるんだ土の中へ頭から突っ込んだ。


「お、こいつ土の中を潜れるのか?」


「今のはどう見ても……いや、わからんな……」


 頭を地面に突き刺したまま、しばらく硬直する鳩。

 なんだこいつ、ほんとにわからん。

 俺達は何もせず見守ったが、足の力が弱々しく抜けていったのを見て溺れていたんだと悟った。

 恐る恐る鳩を地面から引き抜くと、鳩はやはり死んでいた。


「えぇ……」


 鳩のあまりの予想外の行動に、N2も肝を抜かれている。

 ちなみに、ほんとに抜く肝はないが。


「……N2、食っていいか」


「これは、もう……仕方ないけど……えぇ……なんでぇ」


 かつての野生動物にも、危機感があまりにもなさ過ぎて乱獲され、絶滅危惧種に指定されたやつがいたらしいが、この鳩もその類なんだろうか……。


 もうなんか逆に怖いわここ。

 この鳩を持ったまま動くのも面倒だし、いったん出よう……。


 ぐったりした鳩を足を掴み、持ち帰ろうと倒れた木に背を向けた瞬間、俺達の頭上から耳を塞ぎたくなるほどの怒鳴り声が響いた。


「その汚ねぇ手を放しやがれ!!! クソ人間!!!」

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