限りなく普通の主人公

読み方は自由

第1話 主人公って奴は、どうしてあんなに贅沢なんだろう?

 主人公って奴は、どうしてあんなに贅沢なんだろう? 町の中をただ歩いているだけで可愛い少女とお近づきになれたり、「心が純粋ピュアだ」っていうだけで学校一のイケメンとイチャコラできたり。正直、羨ましい事この上ない。

 

 正に「主人公修正」様々である。俺も一応、「この物語はなしの主人公だ」って言うのに。その扱いが、酷すぎる。俺だって、クラスの美少女とイチャコラしたいんだ。世に溢れる、ラブコメの主人公と同じようにね。


 あるいは、チート系の主人公でもいい。ほとんど「卑怯」とも思える力で、名のある敵をバッサバッサと倒していく。その光景は、文字通りの爽快だ。苦戦の「く」の字もありやしない。本当、生まれながらのヒーローだよ。

 

 俺は、そのヒーローになれなかった。ごく普通の家に生まれて、今も平凡な時を生きている。美少女に告白された事は、一度もない。それから学校の部活で優秀な成績を修めた事も。俺は一応、高校の部活に入っているが、それも見た通りにパッとしない地味な部活動だった。部活のジャンルが「地味」というわけではなく、「その内容が」という意味で。

 

 俺は、そんな部活のレギュラーだった。ほとんど争う事もなく……まあ、一度だけ落ちそうだったけど、辛うじて一軍入りを保っていた。一軍の概念があるのかも怪しい、美術部の一軍に。俺はそこの、正規部員だった。美術部員の数は、一年が三人で、二年が四人、そこに三年が二人入っている。

 

 部員達の空気は、至って良好だ。一人一人の個性はかなり強いけれど、「いびり」や「嫌がらせ」の類いは一切起っていない。実にフレンドリーな空間である。

 コンクールの成績は(一部を除いて)微妙だけど……まあ、他校の奴らが優秀すぎるから仕方ない。アイツら、「マンガ補正」とか使っているんじゃねぇか?

 

 町の新聞にもよく、「天才現わる!」とかの記事が載っているし。天才がインフレを起こしているよ。まったく、そんなだからバランスが! 主人公の俺に、もっと優しくしろよ。くっ。周りの奴らも、「美人」とか「イケメン」ばかりだし。まるで、「ギャルゲー」と「乙女ゲー」が混じったような世界だ。


 学校の教室にいる奴らも、うん。もう、言わなくても分かるだろう? 普通なのは、「俺」くらい。あとは、みんな美形。俺の隣に座る不細工野郎ですら、「虚構補正」で美形になっている。実に不愉快極まりない。それとクラスの奴らも、はぁ……。お前ら、本当に「普通の人間」だよね?

 

 少年マンガと少女まんがの融合とか、最早誰に媚びているのか分からねぇよ? 女子生徒のパンチラが見える奥で、男子生徒がクラスの女子に壁ドン。うーん、実にシュールな光景だ。エロと胸キュンが同時に襲ってくる。俺には、どっちも無縁だけど。俺は、机の上に鞄を置く。鞄の中から勉強道具を出すために。


 俺は机の中に教科書とかを入れると、近くの奴と楽しくだべりながら朝のホームルームが始まるのを待った。朝のホームルームは、いつもの時間に始まった。「起立」から始まる、クラス委員の声。そいつは周りの奴らを見渡すと……まあ、悪い奴じゃないんだけどね。物凄い目で睨んでくる。それこそ、後ろの不良が「ああ?」と反応するくらいに。

 

 俺は正直、その「ああ」が死ぬほど嫌いだった。だって、滅茶苦茶怖いんだもん。「これぞ不良」を体現したような奴だし、「ビビるな」って言う方が無理じゃねぇか? 俺は先生の「おはようございます」を聞くと、これまた委員長の指示に従って、自分の席に座り直した。


 先生は、クラスの出席を取った。生徒の名前を一人一人、その返事もしっかりと確かめるように(うちの先生は、そういうとこ凄く真面目なんだ)。先生は右手の出席簿を閉じると、嬉しそうな顔で教室の中から出て行った。

 

 俺は、椅子の背もたれに寄り掛かった。朝のホームルームも終わったし、それに五分の休み時間も惜しいだろう? だから、その休み時間を「自由に使わなきゃ損」っていうわけだ。近くの奴らと話すフリしてね。そいつらの話は、うん。別につまらなくはねぇけど。だからって、特別に面白いわけでもねぇ。

 

 先週の夜、自分の彼女デートしたとか。彼女のいない俺には、言葉通りの「拷問」だった。俺は、その話から意識を逸らした。手練れの兵士が、自軍の不利を素早く見抜くように。俺は自分の席から立つと、何故か呼び止められちゃうんだよな。前の男子から「トイレ?」と聞かれてしまった。

 

 俺は、その質問に「そうだよ」と答えた。それ以外にココを抜け出す手段は、ない。廊下側の奴らは、俺が知らない「アニメ」の話題で盛り上がっているし。あそこに逃げ込むのは、ちょっとばかり勇気が必要だった。

 

 俺は友達と連れ立って、学校の男子トイレに行った。男子トイレの便器にジャー。それが終わると、(手は洗ったよ?)今の場所から素早く逃げ出す。本当は、女子トイレの声に「ビビった」だけなんだけどね。

 アンタ、最近調子に乗っていない? とか、あれはどう考えても「脅し」でしょう? 女子の世界に秩序と順列をもたらす。俺の隣も、相応ビビっていた。

 

 俺達は急いで、自分の教室に戻った。


「うう、マジやべぇ」


「ああ、本当に」


「オレ、女に生まれなくて良かったよ」


 俺も、その言葉に同意した。女の全部が「イヤ」ってわけじゃないけれど……まあ、さっきの「アレ」を聞けば、ねぇ? そう思いたくなる。女は、言葉通りの化け物だ。その見かけがどうであろうと、腹の中には「危険な化け物」を飼っているに違いない。意中の相手をペロリと平らげる、とても綺麗で狡猾な化け物を。

 

 俺は、その化け物が正直苦手だった。クラスの美少女とイチャコラしたいとか、言っているクセにね。同級生以上の会話をできないでいる。本当はもっと……うん、そこは「主人公修正」が働かなきゃだめだろう。


 俺の主人公修正は、何故か死んでいる。まるで「そんな物はない」と言わんばかりに。俺はその修正が働かない所為で、グスン。見ろ? あっちで「ラッキースケベ」が発動した同級生を、ここから眺めているしかない。被害者の女子生徒に顔を踏まれて。本当は……いや、やっぱり「踏まれる」のは嫌だ。

 

 ご褒美とかも特に要らないし。罵倒と暴力系ヒロインは、マジ勘弁。等身大の女子高生も苦手だけど。俺は、あれ? 俺って、どんなタイプの子が好きなんだ? 男子が一度は憧れる清楚系? それとも、思考の回路が分からない不思議ちゃん? 

「うーん」


 俺は自分の好みを色々と考えたが、その答えは結局分からなかった。


「男の方も、特に興味は無いし。まさか!」


 俺って、いわゆる絶食系? 一切の恋愛に興味が無いとか?


 俺は、自分の趣向に苦笑いした。


「何だよ? 俺って、何も好きじゃないじゃん?」


 そのくせ、「恋愛自体」には物凄く興味を抱いている。


「俺は、『恋に恋する女子高生か』つぅの」


 俺はその答えに苛立ったが、最終的には「それも違う」と思いなおした。


 高校の授業は、権利と惰性でできている。授業の成績が、今後の生活を左右するように。俺達の青春いまも、その内容に「ふふふ」と支配されるんだ。自分がどんなに「嫌だ」と思ってもね。高校の二期選抜に苦しんだ俺は、え? 「一期選抜は、受けなかったのか?」って? 高校の入試には、一期と二期があるのに?


「はっ」

 

 俺は「みんな」みたいに、頭が良くないんだよ。中学の成績は、オール三。


「……」


 ウソです。少しだけ「五」がありました。ほとんどお情けで貰ったようなもんだけど。俺にとっては、掛け替えのない好成績。俺は、その好成績が好きだった。普通の人間でも、ちゃんと「五」が取れる。その事実は、俺にとって文字通りの救いだった。凡人は、天才には敵わない。普通の力で「天才」に勝てるのは、フィクションか妄想の中だけだ。

 

 現実では、サクッとフルボッコにされる。「お前、何なの?」の言葉から始まってさ。あとは、全身に痣ができるだけだ。地面の上に倒れていたって、誰も助けてくれやしない。この世界は、自分の力に妥協するしかないんだよ。あるいは、玉砕覚悟で特攻するか。現実の世界は、どこまでも理不尽なんだ。

 

 世界の設定を変える、オプションモードも存在しない。一度限りの一方通行。俺達は、そういう世界に生きているんだ。俺の近くに座っている「美少女?(つーか、なんでメイド服なんだ?)」も。授業の先生から褒められている「イケメン(お前は、執事服かよ)」も。みんな、そのルールから逃げる事はできない。

 

 先生の目の前で(アンタは、合法ロリですか)堂々と寝ている猫耳女は、知らねぇけどさ。猫耳女の隣にいる爽やか君は、その様子にただただ苦笑している。

 少女まんが的、キラキラトーンを光らせてね。そっち出身の女子達からすげぇ見られているけど。アレは、羨望の眼差しかな? それとも、「ひぃい!」

 

 聞いちゃいけない舌打ちを聞いちゃったよぉおお。少女まんがの女子生徒と、アニメ世界の美少女キャラは相性が悪い。どっちも同じ「女の子」なのにね? この違いは、どっから来るのかな? 媚びる対象の違い?

 

 俺は、教室の黒板に視線を戻した。「これ以上は、ヤバイ」と。男子の俺には……うん? 女子の世界が怖くてしょうがいない。それがどんなに……まあ、良いや。 授業の方に意識を戻そう。合法ロリが俺の事をチラチラ見ているし。アレは、指す気マンマンですねぇ。俺は、先生の笑顔に苦笑した。「ハハ」

 

 先生は、俺の苦笑に微笑んだ。


「宮本くん」


「はい」


「今の所を読んでください」


 俺は、教科書の頁を捲った。


「先生」


「はい?」


「今の所って、何処ですか?」


 教室のみんなが笑った。


「宮本くん」


「はい?」


「授業は、ちゃんと聞きましょう?」


「……はい」


 俺は、先生の表情(キレていらっしゃる)に頭を下げた。


「すいませんでした」

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