「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 19.5冊目🎮
如月 仁成
予告編 クロユリのせい
~ 三月二十三日(土) ~
クロユリの花言葉 恋の魔術/呪い
今更、世界中の皆に見つめられていることに気が付いて。
青空は慌ててファンデーション。
うっすらと白く化粧した水色の下は。
うっすらと砂埃の舞う岩と土の世界。
辛うじて道と思しき踏み固めを頼りに。
革サンダルが砂を噛む。
一息つこうと足を止めると。
道端に、お花が揺れる茂みを見つけたので。
俺はそこからクロユリを一輪抜いて。
となりに立つ女性へ手渡しました。
……すると、豪奢な金髪を後ろに一つ結んだその女性は。
花を髪に挿すはずもなく。
「まったく……。待ち合わせ場所までどんだけあるのよ」
切れ長の瞳をさらに細くさせて。
その、絶世の美貌を歪める事もなく悪態をつきました。
――俺たちが目指す先。
坂上さん達の待っている場所は。
光の加減で、時折金に瞬く砂のフィルターの向こう。
おぼろげに見える三重の塔。
その禍々しさとは裏腹に。
通るその名は『
「しかし、こんな荒涼としたとこによくあんな塔を作る気になったものなのです」
「ウソでしょ道久君。さっき地元の人に聞いたばかりじゃない?」
そうでした。
あそこは数世紀も前、罪人を閉じ込めておくために作られた施設で。
今では観光名所として名を馳せている場所らしいのですが。
いかんせん、交通の便も悪く。
そのせいで俺は長い距離をこうして歩かされているわけなのです。
「それにしても助かりました。俺一人では、不安しかなかったのです」
先ほどの話を聞いた地元の方の暮らすほったて小屋。
その方は、歩いて行くなど無謀と忠告して下さったのですが。
偶然通りかかったこの人と一緒なら。
なんとかたどり着くことが出来そうなのです。
神々しいまでの金糸を思わせるさざ波の向こう。
青い瞳が、遠くランドマークを見つめます。
その女性は、幅広の黒皮ベルトだけが合わせになった、前の大きく開いた白いロングコートを砂嵐になびかせて。
美しい足を、惜しげもなく露出させて。胸だけを真横に隠した黒いインナーも丸出しにさせているのですが。
こんなシチュエーションでもなければ。
話しかけるどころか。
近寄りがたいほど美しい女性なのです。
……そう、シチュエーション。
俺は確か。
ただの旅行に来たはずなのですが。
意味の分からないものを突っ込まれたボストンバッグを一つ抱えて。
穂咲に蹴飛ばされながらまーくんの家へ向かって。
ええ、想定はしていましたとも。
秘境、海外、ミステリースポット。
最悪、月までなら許してやろう。
そんな俺が。
まさか、開いた口が塞がらないほどのことになるとは。
だって想定できませんよ。
俺たちがたどり着いたのは……。
「む? ……道久君! 武器を構えろ!」
「アイシャさん? まさか、敵ですか!?」
この、自称世直し冒険家。
自称、元王女。
よく分からない素性を口にするも、頼りになる女性が。
装飾の派手な、妙に短い剣を腰から抜いたので。
俺も、慣れない手さばきで剣を抜くと。
おもむろに。
茂みからがさっと音を鳴らして。
ボロボロになったドレスを着た女の子が転がり出て来たのです。
「たっ、助けてください!」
事情は分からない。
でも、状況は分かる。
俺とアイシャさんは弾かれるように飛び出して。
女の子を背後に庇いました。
すると、霞む足元の砂埃を引き裂いて。
黒い塊が、白い牙を剥き出しにしてとびかかってきました。
野犬と言えば。
俺たちの世界では、気にはすれど特に注意するほどの存在では無いのですが。
ここでは。
今の俺には。
脅威に値する『敵』なのです。
狩られる前に、狩る。
人間の本能そのものを剣筋に宿して。
俺は野犬に一閃を食らわせて距離を取りました。
「ふうっ!」
その集中力が。
呼吸すら俺に忘れさせていたようで。
一つ吐いた息が次の酸素を体に送り込む間に。
もう一匹の野犬に目を向けると。
「アイシャさん!?」
「くっ! ……かれこれ二十時間以上こうして戦い続けているからな! 眠気で剣が鈍る!」
思うように戦えないらしく。
その剣は、二度、三度と空を切ります。
「かくなる上は……、道久君! 離れろ!」
……アレを使う気か。
アイシャさんの声に反応した俺は。
砂を蹴り上げて二匹の野犬を
バックステップで大きく距離を取りました。
するとアイシャさんは、俺がさっき摘んだクロユリを手に取り。
宙へ放り投げると。
ユリは青い炎に包まれて、魔法陣で作られた青白い球体へ姿を変えたのです。
虚空に浮かぶ二重の球体。
それが、アイシャさんの詠唱に合わせて明滅します。
「こいつで一気にケリをつける! ……美しき黒にありてなおその身を黒く染めしユリの花! 全てをかみ砕き、歌え深淵の歌! 敵を穿て! ブラック=ロウ!」
詠唱が終わると共に。
魔法陣は三本の黒い魔法の矢へ姿を変えて。
再び襲い掛かって来た野犬たちへ、カウンターで突き刺さりました。
その威力は、野犬へは過ぎたる暴力。
見る間にその身を黒い矢に食いつくされて。
消滅してしまったのです。
…………が。
「ぐおおおおおお! なぜもう一本が俺の胸にいいいいい!?」
アイシャさんが撃った矢のうち、一本。
刺さってます。
刺さってますよねこれ! 俺の胸に!
「ちょ! これ! 死……」
まさかのフレンドリーファイアのせいで。
言葉を発することが出来たのもここまで。
俺は膝から、次いで顔面から。
砂埃の舞う地面へ崩れ落ちました。
……知らない土地で。
何も成すことのないまま。
…………世界が。
暗転して行く様だけを。
じっと、見つめ続けるのでした…………。
……
…………
………………
「た、助かりました。そして、なんて強い方なのでしょう! 願わくば、私を『
……いや、君。
この状況を見て、その言葉は無い。
少なくとも、俺は強くない。
ご覧の通り、死んでるし。
「では、あなたについて歩きますので。道から大きく外れないよう気を付けて連れて行ってくださいませ!」
そして、君が話しかけている元王女という設定の女性は。
君の申し出に、さっきからこう答えているじゃないですか。
「DDDDDDDDDDDDDDDDDDD」
座布団の上でいびきをかき始めましたが。
開始からぶっ通し、かれこれ二十時間くらい休憩もとらずにいたわけですし。
当然ですか。
やれやれ、仕方ない。
アイシャさんはログアウトさせて。
坂上さん達へは携帯で連絡しときましょう。
俺も眠い目をこすりながら。
冷蔵庫から出した麦茶を飲んだ後。
ちょっと眠ることにしました。
「……ごめんね、君。また、野犬に追われることになるだろうけど。も一度倒して次は連れてってあげるから」
俺は、不憫な女の子に声をかけると。
ボストンバッグから引っ張り出したタオルケットを羽織って。
床に転がりました。
「むにゃむにゃ……。道久君、許してちょうだい。クロユリの花言葉は、『恋の魔術』って言うしね……」
「いえ。この場合、『呪い』の方が合ってますよ、アイシャさん」
そして、味方に魔法をぶっ放した寝ぼけ女に文句を言いつつ。
画面内の分身同様。
深い眠りにつくのでした。
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