最後の三分間 紫

エリー.ファー

最後の三分間 紫

 最後の三分間というと、僕にとってはすべてが新鮮だった。

 同じような感覚に陥る人もいるだろう。

 何せ、どんなに最後というものを味わってきたとして、その三分間、つまりは、三分前の状態で、今、三分前だ、と認識することは間違いなく少ないからだ。終わった後に、確か、あの瞬間が三分前くらいだったのではないか、と思うにとどまると思う。

 大切なのは、だ。

 その三分後には終わりとなる、ということを認識したうえで残りの三分かをどう使うか、ということに他ならない。

 何せ、そこから先の三分間の中で組み立てられる予定というものは確かに大切であるし、それこそ、結果を大きく変える場合もあるのだ。

 最後が目に見えているからこそ、そこで、それが本当の意味での終わりにするのか。

 それとも。

 何かの始まりに変えるのか。

 それはその今が三分と気づいた後から始まる。

 一瞬一瞬の積み重ねの中で形作られる、一つの人生の破片そのものなのだ。

 僕の手元に猫がいる。

 可愛い猫だ。

 最後の三分間をこの猫と共に過ごすということに、いささか疑問もなければ、何の反論も出てこない。

 僕は猫を見つめる。


 猫も僕を見つめる。

 そのうち、猫が静かに笑う。

 そんなことばかりしているから、僕はすっかり大きな声を出して道を全裸で走り回る。お巡りさんに追いかけられてしまうけれど、そんなことは知ったことじゃない。

 僕はもうすぐ死ぬのだ。

 あと、三分で死ぬ。

 テロリストに後三分で爆発するカプセルを無理やり飲み込まされて、そのまま特定の建物に突撃しないと、射殺すると脅されて、今、ようやく走り出した。

 覚悟を決めろ、とか言われたって分からないし、そういうものを要求されても僕は一般人だ。海外旅行をして、その帰り道に、こうして拉致されて拷問されて泣きながら助けを求めて。

 妻も。

 息子二人も。

 殺されて。

 今度は誰かを自爆で殺して来い。

 猫を見つめて。少しだけ時間を過ごしてそれから無理矢理カプセルを飲まされて。

 会社での評価は決して高いわけではない、高卒でなんとか生き抜こうとして毎日をあがいているのに、なんで、こんなに皆、邪魔をする。自分の思う通りに生き抜こうとしているのに、それが他の誰かの迷惑にでもなったのか。

 何もしてないじゃないか。

 何もしていないくせに。

 何故。

 何故。

 神様は僕を目の敵にする。

 射撃でオリンピックを目指していた学生の時に、交通事故で腕を怪我して、選考会に出られなくなったことも。

 他にも。

 他にもある。

 他にもある。

 数えたらきりがない。

 何故。

 何故僕だけ。

 息が切れて、足がもつれて、しかし、体の中にある爆弾の位置が妄想であるはずなのに、分かってしまう。今思えば自分一人だけで死ぬようにできない訳でもない。射殺されて被害者は一人。最高じゃないか。

 なのに。

 これが復讐の手段に思えてしまう。

 今まで自分がこれだけ不幸で絶望的な人生だったかを、他人に自爆という形で味合わせることができる最高のチャンスが巡ってきた、そう思ってしまう。

 あぁ。

 あぁ。終わってる。

 大手を振って僕よりも幸せそうなやつを殺すチャンスが巡ってきてしまったと思ってしまう。

 笑顔が止まらない。

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