最後の三分間 黄

エリー.ファー

最後の三分間 黄

 最後の三分間というと、僕にとってはすべてが新鮮だった。

 同じような感覚に陥る人もいるだろう。

 何せ、どんなに最後というものを味わってきたとして、その三分間、つまりは、三分前の状態で、今、三分前だ、と認識することは間違いなく少ないからだ。終わった後に、確か、あの瞬間が三分前くらいだったのではないか、と思うにとどまると思う。

 大切なのは、だ。

 その三分後には終わりとなる、ということを認識したうえで残りの三分かをどう使うか、ということに他ならない。

 何せ、そこから先の三分間の中で組み立てられる予定というものは確かに大切であるし、それこそ、結果を大きく変える場合もあるのだ。

 最後が目に見えているからこそ、そこで、それが本当の意味での終わりにするのか。

 それとも。

 何かの始まりに変えるのか。

 それはその今が三分と気づいた後から始まる。

 一瞬一瞬の積み重ねの中で形作られる、一つの人生の破片そのものなのだ。

 僕の手元に猫がいる。

 可愛い猫だ。

 最後の三分間をこの猫と共に過ごすということに、いささか疑問もなければ、何の反論も出てこない。

 僕は猫を見つめる。


 僕は白い部屋に猫。

 それだけだった。

 記憶を取り戻すこともない。

 ただ。

 壁に付けてあるタイムリミットを表示する時計が丁度三分を指し示していた。

 意味が分からない。

 何をしろというのだ。

 この僕に。

 あの時計も最初は十二分だった。

 けれど、今は九分も少なくなり最早何に追い込まれていて、何をしなければいけないのかも分からない。

 猫はこちらを見つめて鳴いているばかりである。

「もしもし。」

 僕は天井に向かって言葉を吐く。

 しかし。

 返事はない。ただ白い空間の中で僕の声だけがこだまするばかりである。何か裕福な人間たちが部屋の中に人間の子供と猫を入れてどのように歩き回るのかを眺めているのではないか、というような妄想に駆られる。

 賭けでもしていて。

 耐え切れなくなって自殺するか、とか。

 猫を殺すか、とか。

 何か言葉を発するか、とか。

 色々な点でギャンブルが行われているのではないか、と思えて来てしまう。

 よく部屋の中を注意深く観察すると、白い筒状のものが部屋の四隅から出ている。天井の四隅にもあり、そこから何かが垂れていた。僕はその下に行き、その液体を見つめる。

 水だった。

 その瞬間

 筒状のものから大量の水が流れ出てきた。

 しかもその勢いが尋常ではない。

 気が付くと、部屋には水が溜まりだし、僕の膝くらいにまでなっていた。

 猫は。

 溺れて死んでいた。

 水面は上昇。

 首に来る。

 水面は上昇。

 鼻の上。

 顎を上げて、水面と天井の間の僅かな空気をなんとか吸い込みながらその場をしのいでいる。

 この状態はかなり体に負荷がかかる。

 そう思った瞬間。

 水が止まった。

 僕はそこで一息つく。

 よく見ると、天井には何かが書かれていた。

 目を凝らしてみる。

「猫をちゃんと救いましたか。」

 その文字を僕は何となく読んだ。

 そして。

 水の底で目を開けたまま死んでいる猫の死体にピントが合った。

 その瞬間。

 猫は口から猛烈に泡を吹き出しながら、両腕、両足を動かし始め、自分の皮膚を引きちぎりだした。

 僕はなるべくそれを視界に入れないよう、天井を見つめる。

 その横にまた文字がある。

「あなたは昔、猫に命を救ってもらったのに見殺しにしましたか。」

 知っている。

 それは知っている。

 母親から聞いたことだ。

 でも。

「今度は貴方が、猫を命をかけて救ってあげましょう。」

 その瞬間。

 今度は四隅から猫の毛が混じった粘着性のある大量の赤い液体が流れ込んでくる。

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