蝋燭の火の薄明かりの中、三人の前に姿を現したのは、たまこだ。

三人はやさしい笑みをたまこに向けている。

たまこも、太郎、昭子、侍と順に見、もうわかっているとばかりに大きく頷いてみせた。

「自分が死んでるか死んでないかがわからない私みたいのってけっこういる?」

唐突に切り出したたまこはこたつの上にいつもの分厚いノートを置いた。

「いなくもないけど、そういうのは珍しいかな。あ、でもあれだぞ、いるぞ。おまえだけじゃあない」

侍が安心させるように一つ頷いてみせた。


たまこはどういう経緯でここに流れ着いたのか覚えていなかったのだ。

侍と道端で会って約束した覚えもない。なので、今までの件から考えると首を傾げるしかないのだ。

長いことこの家にお世話になってはいるけれど。自分が死んでいるなんてことは、今の今まで微塵も思っていなかった。しかし。

「たまこちゃんはあまりのショックでね、自分が死んだってことを認められなかったのよ。だから、侍に会ったことも忘れちゃってるの。でもね、あなた実際に会ってるのよ。当時のあんたはある場所に呆然と突っ立ったままだったの。それじゃあ地縛霊に取り憑かれちまう。それにまだほんの子供だった。だから侍が連れてきたんだよ」

昭子がたまこの髪をすと撫でた。このノートも侍があなたに渡したものよ。と付け加える。

こたつの上に置いたノートに目を落としたたまこは、反対側に小首を傾げ、侍の方に目を向けた。


「妖怪の話を書くために渡したもんじゃあねえけどな。俺は花とか木とか景色の絵でも描いてろって言ったんだ」

侍がたまこのノートを一つ叩く。

「でも、妖怪はいたよ」

「ああそうだよ。おまえの目の前にな。でも俺は違う」

太郎と昭子に指を向け、俺はぜんぜん違うと主張した。

「よく言うわね。あんたも今じゃ妖怪そのものじゃないか」

昭子が侍の背中を思い切り叩く。痛がる侍ににんまりと訳ありの顔を見せた。

太郎が、残念だったなと侍の肩を軽く叩く。

たまこはノートの背表紙を撫でた。


「無機質で哀れ」

三人が唸る。これは新しいと太郎が昭子が侍が己らの顔を何度も見合い、たまこの言ったことを反芻する。そして、

無機質なんて、まるで機械じゃないか。そんなこと思う人間がいるものか。いや、いるさ。と口々に言い合っている。たまこはそんな三人のやりとりを黙って見守る。

もうこれが聞けなくなるのだ。そう思えば思うほどじっと耳に意識を集中させて一言一言を聞き漏らすまいと体が前のめりになっていく。

「たまちゃん、無機質で哀れって考えてみたらあんまりよ。あんたの人生なのよ。あんたの人生そんな感じだったわけ? まあ、確かに死ぬには若すぎたけど、それじゃあんまりじゃないか」

昭子がたまこに遠慮なく哀れな目を向けた。

たまこはそんな昭子に「目が哀れになってますよ」とすかさず突っ込む。

「たまこちゃん、いつもだったら俺らはたまこちゃんがどうやって死んだのか聞くところなんだけど、もうそれは既に侍から聞いて知っちゃってるから、『そのとき』が来るまで、なんで妖怪に興味を持ったのか、そこを話してもらってもいいかい」

太郎がたまこの前にグラスに入ったオレンジジュースを置いた。

それを見てたまこは、ああ、本当にこのときが来てしまった。これで話し終えて、太郎さんが出してくれたジュースを飲んだら私は消えていくのか。と思うと寂しさで心が痛くなった。死んでからも心が痛いなんて、死んで初めてわかることもあるんだなと感心したりもした。

そして、三人とゆっくり目を合わせ、

「なんで私が妖怪に興味を持ったかなんですけど、それは」


オレンジジュースを一口飲んで口内と喉を潤すと、たまこは最後の時間を楽しむようにゆっくりと話し出した。

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