第三話 霊:たまこ
第三話 霊:たまこ
一
瓦葺造りの小さな建物。色で表すならば全体的に黄土色。
昔ながらの小さな家で建てつけの悪い引き戸に苦労はするが、懐かしい家だと思わせる。
昼日中にここへ来てもそこはただの道。お天道様が昇っている時間にはみんな影に潜んでいるのだ。
夜中になって辺り一面暗闇に包まれた頃の三叉路に、木の影に紛れるようにどこからともなくスと現れるのがこの家だ。家主は太郎という名の妖怪だ。
家の中は真っ暗だった。人の気配はしない。
そんな時分に、家の前に現れた少女がいた。
たまこは分厚いノートを胸の前で抱えて太郎の家の前に立っている。
この家に入り浸るようになってから、『人』そのものに会ったことがない。とたまこは改めて思う。
ここで言う『人』とは、まだ生きている人のことである。
直近で出会ったものといえば、猫夜と犬飼であるが、彼らは動物の霊だ。
その前は人の霊。これは瑞香のことだ。
その前は確かスポーツ選手の霊だった。彼は試合の帰りに待ち伏せしていた対戦相手の一人に殺された。試合に負けたことの逆恨みだったと聞いている。結局、犯人は捕まることなく逃げ果して一生を終えた。犯人の父親が大層金持ちだったとかなんとかで、多方面において顔がきく人だったので、金の匂いがあちこちにしていたと太郎が嬉しそうに漏らしていた。だから犯人の死を待って、今までの悪事をみんなひっくるめて盛大に復讐をしていたと昭子が話していた。
たまこは胸に抱えている分厚いノートを今一度両腕で潰してしまうくらいに強い力で抱きしめた。
ここに来られるのは死んだ人だけなんだ。生きている人間が来ることはできない。そういうことなんだ。
ああそうか、やはりそうか。うん。と頷く。
家の中に薄い灯りが灯った。
三人がやってきたのだろう。影が左右に動いている。
中から昭子の笑い声が漏れてきた。
太郎が台所に立ったのであろうか、皿やグラスを持つ影がうっすらと見える。
「よし」と一言。唾を飲み込み、引き戸に手をかけた。
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