八
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たまこはなんとも言えない表情を顔に貼り付けている。
一部始終までとは言わないまでも、事の成り行きは侍が説明してくれたので話についていけた。
それでもさきほどの二匹のことを思えばなんとも言えない気持ちにもなるのだ。
「それでだ、俺の話がまだ終わってなかっただろ」
侍がたまこの肩を叩く。
たまこはなんのことだか一瞬わからず侍の目をのぞくが、ああそうだ。とすぐに思い出し、猫夜と犬飼が座っていたところに急いで座り、分厚いノートを開いた。
侍のことを侍自身から聞くと、一字一句書き漏らさずにノートに記録した。
「結局、侍さんは自業自得ってやつなんですね」
だって、自分の欲に従って行動した結果、行き着くところまで行き着いて変な道に入り込んでしまったんだから。
侍さんはお金持ちだったんですから、お金欲しさに邪な人がたんまり寄ってきたでしょう? でも、侍さんは根っからのお坊ちゃん育ちで人を見る目がない。だから良い人も悪い人も区別がつかなかったってことですよね。
と、身も蓋もないことをさらりと言って抜かす。
「これだから素人はおっかねえんだよ」
侍がそっぽを向いた。
「口うるさく言ってくれる人はいなかったんですか?」
「まだ言うのかよ。まあ、いたにはいたが、あるときを境にぱたりと現れなくなったんだよ」
なんでかねえ。と侍が首を傾げる。
昭子と太郎が薄気味悪い笑みを浮かべて侍を見ていた。
たまこはなんとなくではあるが、その口うるさく言ってくれていた人もまた何者かにやられてしまったのではないかと思った。
しかし、昭子と太郎には怖くて聞けなかった。
きっとこの二人は聞けばすらすらと答えるだろう。でも、それを侍が初めて聞く悲しい話だったら、きっとこの侍はえらく悲しむとたまこはわかっていた。
聞きたい気持ちはぐっと堪え、唾と一緒に飲み込むことにした。
「だからだ、俺は侍でもなんでもない。ただの金持ちの長男坊だったんだよ。侍のように腕っぷしもないし度胸もねえぞ。すぐ逃げるからな俺は。それに、足腰だって弱い。なんせ金持ちの長男坊だぞ。金に物言わせりゃなんでもなったんだ。体なんて鍛えるこたあねえし、刀の使い方だってそんなもん覚える必要はなかったんだよ。ん? この刀かい? そりゃああれだよ。生前の教訓だよ。刀さしてりゃ変なもんを虚勢することができるだろ。だから魔除けみたいなもんさ。あれだな、覚えることがあるとしたら人の良い笑みの浮かべかたくらいだろうな」
そう言うと、ご自慢の人の良い笑みをふんだんに己の顔に盛ってみた。
「侍さんはただの金持ちの世間知らずのお坊っちゃま。と」
一言で侍をぶった切って、ノートに侍のことを書き換えた。
たまこの肩をいい音を響かせながら叩いたの昭子は、
「いいねえ、それでこそあたしが見込んだ子だよ」
と、目を細めてたまこの頭を優しく撫でた。
太郎はそんな侍の前にメロンソーダを置いてやった。
「たまこちゃん、そりゃねえぜ」
太郎は、しょんぼりする侍の肩を優しく叩くと、「まあ、その通りだわな」と追い討ちをかけてやった。
「あんまりだよ。俺の武勇伝を」
「なあにが武勇伝だよ。まったく仕方のねえ。おまえさんはなんもしてねえじゃねえか。金にもの言わせて遊びまわってただろうが」
「ほんにあんたはそんなんだから殺されたんだよ。あーやだやだ。人間ってもんはいつの時代になっても金にふりまわされる」
太郎と昭子にまで笑って突っ込まれた侍は、それでも俺はこの武勇伝を言うのやめないからな。金持ちってことだけが俺の武勇伝なんだ。遊び方だってたんと知ってんだぞ。表も裏も俺はわかってんだ。商売だってやりゃあできるんだからな。ただやらねえだけさ。ちきしょうめが。と涙目になりながら愚痴た。
金持ちなのは己の両親であって己ではないだろうが。
と、昭子も太郎もたまこも同じことを思ってはいるが、そこは口にせずに各々の飲み物を啜って侍の愚痴を聞いていたのであった。
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