「へえ。そんな最期を迎えたのかいあんた。まあ、殺した相手が悪かったよ」

登は体をビクつかせた。

鈴の音のように綺麗な女の声が聞こえたのだ。


「動物を虐めたり殺したりしたらあんただけじゃない。あんたの身内全てに不幸が降りかかるのを知らないのかい?」

後ろから聞こえてくる。

「七代、祟られるんだよ」

登は自分の後ろから聞こえてきた声に驚き咄嗟に振り返ると、紅色の昔風の着物を着たお洒落な髪型の年増女が自分の髪の毛をするりと撫でながら立っていた。これはもちろん昭子のことだ。


「まあ、けったいな死に方をしたもんだねえ」

女は哀れなものの見をしている。

更にその後ろから現れたのは、首に一周何かで切られた傷がぱっくりとついている髷をした変な着物を着ている男が眉間に皺をこしらえ、口をへの字にひん曲げてこっちを睨んでいた。その手にはメロンソーダがある。

首に切られた傷、メロンソーダといえば侍しかいない。


しかし登にはこの二人にはまったく身に覚えがなかった。

二人を交互に見て記憶を呼び起こすが、やはり今までに関わったことはないという結論に至った。


「まあ、自分のやったことってえのは必ず我が身に返ってくるっていう証明ってこったな。これは面白いことに、いまままでのやつらみんな同じだ。やったことは、いいいことも悪いことも必ず倍になって己に返ってくるんだよ。これだから人間の世界はおもしれえ」

デニムの着物に金髪の背の高い男は首をぽきぽきと鳴らしている。いまにも飛びかかってきそうで恐怖を感じた。

太郎が登を見下ろして口の周りを一周舐めた。

登は己の体に鳥肌が立ち、恐怖を感じているのを隠そうと、身体中に力を入れて硬くした。


「おやおや、こいつったらビビってるよ。みてごらん、太郎のことを見て震えてるじゃないか」

昭子はそんな登を指さし、豪快に笑っている。

太郎も侍も登の様子を見て、けなすような、馬鹿にするような、痛いものを見るような目を向け、あからさまに嫌な空気を作った。


「お、おまえらは誰なんだよ」

強がってみるがその声は震えまくっていた。

その態度にまたしても昭子が豪快に笑う。侍もつられて笑い始め、太郎はにんまりと唇を引いたが、目はまったく笑っていなかった。

「檻の中はどんな気分だったのかしら? 楽しかったかい?」

「昭子さん、それはそれは楽しかったに違いないでしょう。だって檻の中に入れられる経験なんてそんなあるわけじゃありませんよ」

「死に行く恐怖を感じながら過ごす毎日か。思い出すだけで身震いするな」

太郎と侍が目を背けたくなるような笑みを登に向ける。

「楽しいからこそ、あの檻の中に犬、猫、鳥、小動物を閉じ込めて死に追いやったんだから、最期は自分も入らないとねえ」

昭子が突っ立ったままの登の周りを距離を保ちながら回り、頭のてっぺんからつま先まで眺め回す。

昭子が歩くだけでその場が凍るように冷たくなる。


登は昭子を目で追いながら、何かされるのではないかと体も精神もビクつかせていた。

太郎も、「動物殺しはお前の一族、血の繋がりがあるもの余すことなくすべて、七代まで祟るんだよ。お前は死んでからも一族全員に祟られる運命だ。良かったな」と真顔で繰り返し言い、侍ははるか昔に自分の身に起こったことを思い出したのか体をぶるると震わせた。

三人は登がただの腰抜けの弱虫で、自分よりも弱い立場のものにしか強気に出られないと分かると、更にその嫌悪感を露わにした。


登は檻の中に横たわる己を今一度見下ろし、こんなことになるなんて、と独り言ちた。

三人に向かい直すと、そこには三人以外のものが自分の方をじいっと睨んでいるのが目に入った。


「猫夜、犬飼、久しぶりだなあ。おまえたち、俺を迎えにきてくれたのかい? ああ、助けてくれ。この三人は本当に怖い。どうかしてる」

見知った猫夜と犬飼にほっとし、己がしたことは忘れてしまったのか、笑顔すら浮かべて二匹に寄っていく。当然、猫夜も犬飼も登を冷たく睨んだまま寄ろうとはしない。


太郎がすいと登の前に出る。

「何勘違いしてんだよ。誰もおまえなんか助けるわけねえだろうが」

登の体がびくりと跳ね、ひゅっと息を飲んだ。

「いいかい、おまえは生前いろんなもんを殺しすぎた。それも快楽のためにやった。犬、猫、鳥、亀、うさぎ、ハムスター、数えきれないな。そんなことをしたのに助かるとでも思ってんのか? そんなわけないだろうが。おまえはこれから殺されるんだよ。まずこの二匹に。次におまえが殺してきた動物全てに、おまえがその動物らにしたことをそっくりそのままやられるんだよ。それから未来永劫、闇の中でただひたすら一人で死ぬのを繰り返す。この地球がなくなってみんないなくなってもおまえは一人で闇の中に置き去りにされる。誰もいない。あるのは、殺され続ける記憶、闇の中で感じる孤独と恐怖と死の繰り返しだ。殺される時にだけ、おまえが殺した動物たちとおまえのせいで不幸になって死んでいった一族が出てくる。おっと、また勘違いしないように先に言っとくぜ。みんなおまえを殺ろしに来るんだからな。せいぜい楽しんできな」

にいっと唇を左右に引き、目を大きく開いた太郎の黒目は昼間の猫のように細く伸びていた。


登は恐怖で尻餅をついた。そこはいつのまにか己れが閉じ込められた部屋の中になっていた。

力の入らない足で床を何度も繰り返し蹴り、なんとか後ろへ逃げようとする。目には涙すら浮かべていた。


「このときをどんなに待ったか。長かった。でもやっときた。我らの感じた恐怖と苦しみをおまえにも余すことなく味わってもらう」

猫夜が飛びかかる態勢を整えた。

「おまえなんかに拾われなければ、我らはもっと生きられたのだ。野良猫として生きたほうが幸せだった」

犬飼も猫夜を守るようにその巨体で猫夜を懐にかばう。

登はあっけにとられた。

目の前で動物がしゃべったのである。

そんなことが起こるのは漫画の中だけの話だと思っていた。それが目の前で起こっている。


「おまえたち、しゃべれるのか」

その顔にはうっすら笑みすら浮かべている。この二匹は自分が手にかけたのだ。自分が殺したものを怖がるような男ではない。


昭子と太郎と侍には恐怖を感じるがそれは『人』だと思っているからだ。人以外であったら此の期におよんでもまだ自分は勝てると思っている。

それを感じ取った三人は、

「こいつはあたしらを人間だと思ってるよ。まったくバカにつける薬がないとはこのことだ」

「頭が足りないとは思っていたがここまでの足りなさだとは知らなんだ」

「どれ、では俺らは本来の姿に戻るとしましょうか。人に間違われるなんて、ああ、こいつ、殺してやりたい」

昭子、侍、太郎が順に言いながらその体を黒く変色させながら影の内に入り込む。


きききき消えた。そんな……

慌てふためく登はやっと今、あの三人が人でないことを理解した。

二匹の後ろには既に影のうちに消えている三人がいる。

このやりとりの結末をワクワクしながら待っているのだ。


この男は死んでからもどうしようもない。やはりあたしが殺してやりたいねえ。

ダメですよ昭子さん。それはもうしいない約束をしましたでしょ。

と、太郎と昭子が、自分たちの声が影から聞こえるのなぞお構いなしにぺちゃくちゃやっている。侍はそんな二人は無視し、二匹と登の姿を腕組みをしながら足を肩幅に広げて立っている。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る