六
六
一息ついた瑞香は、頼んでもいないのに出された目の前のコップに目を落とす。
両手で握り、口元に運ぶ。一口飲んで口内を潤した。
驚いたことに、それは瑞香の好きな桃の味のする水であった。
「これ、どうして」
「美味しいだろう。俺らもハマっててね」
「また飲めるなんて思いませんでした」
「おかわりもたくさんあるぜ」
瑞香は太郎の言葉を聞き、残りを一気に飲み干した。
そこへ太郎がすかさずおかわりを並々と入れてやる。瑞香は更に一気に飲み干した。
「いい飲みっぷりだねえ。もっと飲みな」
嬉しそうに太郎が注ぐ。瑞香も幸せそうな顔をしていた。
「話してくれて、ありがとうねえ」
昭子が瑞香の肩を優しく叩く。
「トチ狂ってやがるな」
太郎も唇を片方だけ斜めに上げて鼻で笑った。
「てことはさあね、その司はその後瑞香さんを殺したってことよね。そこで記憶が切れるんだから」
昭子が何杯目かわからぬ酒を太郎に注いでもらっていた。
「昔は罪人をぶっ殺したら穴掘って埋めてよ、そこに遺族らが気持ちとばかりに花や木ぃを植えたりしたけど、こいつは根っからの悪人だな。面白がって人を殺して埋めて、その上に花だの野菜だの植えてんだからどうしようもねえ野郎だ」
侍がメロンソーダをぐいっと半分飲み干した。
「小屋の中にいた女はどうなったのかしらね」
「話によると両の脚を埋められたんだから、いくら瑞香さんとことばを交わしたといっても虫の息だったんだろうよ。死んだでしょう」
「いや、侍さんちょっと待って。瑞香さんは気を失った後にその小屋にぶち込まれたってこともあるんじゃないか?」
太郎も持論を交えてくる。
「そうよねえ。その小屋を開けようとした瑞香さんを最終的に殺したってことは、最初から殺すつもりだったってことだろう。だったらまずは小屋の中の女が先だろう。そろそろ死にそうだったんだから。その女と交代で瑞香さんが小屋にぶち込まれるってのも考えられるわよねえ。そうじゃないのかい」
「予定が狂ったって言ってたんだもんな、 だったらまだ殺さずに小屋の中に閉じ込めとくってことか」
侍が顎に手をやって唸る。
「閉じ込めとくのはわかるとて、殺した後の身体はどこにやったんだい? 畑ったって何体も埋めりゃあにおいが出るだろう」
昭子、侍、太郎がやいのやいのと口々に言い合っている。
瑞香のことはさておき、ひとまずここまでの話を聞いた自分たちの持論を我先に話しだし、収集はつかない。有る事無い事話に花をこんもり咲かして話すのが好きなのだ。
そんな三人に瑞香はただただ目をキョロキョロさせている。
「畑に死体が埋まってる。その上に野菜の種を蒔き、それを養分に成長して実になった野菜を次の獲物に食べさせるなんて正気の沙汰じゃねえわな」
太郎が腕組みをしてちっと舌打ちした。
「しかも自分より弱い立場に置いた女子を手にかけるなんて、死んでからもう一回殺してやりたいわね」
昭子が閃いたとばかりに楽しげな顔をした。「今回は殺しちゃえばいいんじゃない? 私たちで」とぽんと手を打った。
「ダメですよ昭子さんそれは」
すかさず太郎が待ったをかける。
つまらないとばかりに口を尖らす昭子は話の矛先を瑞香に向けなおした。
「で、それ以来記憶は戻らなかったわけ? 殺される寸前のこととかさ、なんかないの?」
「はい。気づいたら土の上に正座して座ってました。ああ、この下に私の身体があるんだって直感で思ったっていうか。不思議と涙は出なかったんですけど、自分の男の見る目の無ささと、こうなってしまったことへの絶望と怒りがぐるぐるにこんがらがって交わって、どうにかなりそうでした」
「ああ、それは大丈夫よ。死んだらどうにもならないんだから」
昭子が何気なく言ったことに瑞香は悲しげな顔をする。
どうやって殺されたんだろう。
瑞香は自分の最期を思い出そうと記憶を辿る。
その間も太郎に侍に昭子は持論をぶつけ合い、瑞香の死体の在り処を推測する。
「ここで話していても解決はしないでしょう。そろそろ時間も来たようだし、行ってみるとしようぜい」
太郎が自分たちの話を切り上げ、思い出そうと必死な顔をしている瑞香の気を戻すようにパンと一つ柏手を打った。
瑞香の前に置かれている蝋燭の火がうつろになり始めた。
太郎がふうっと息を吹きかけて消す。
暗闇に巻き取られるように蝋燭の火がぐにゃりと曲がり、やがて四人の姿は影の内へと吸い込まれていった。
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