この国はもう終わる

黒鍵猫三朗

この国はもう終わる

この国はもう終わる。

俺たちは戦いに負けた。


 アンドレはレールの継ぎ目で揺れる列車の中、鉄がちがちに固められた壁を眺めていた。アンドレは自分の尻の位置を変える。固く冷たい金属で作られた椅子が彼の尻を冷やす。


 俺たちの国は自然を愛していた。自然とともに生きていた。日が昇ると同時に起き、日が沈むと同時に寝る。木々の隙間に田畑を作り、正々堂々とした戦いの末に生き物を狩って食事をしていた。


 アンドレは列車の出口に立っている男をにらみつける。

だが、あの男たちは手のひらから炎を出して森を焼き、足を振れば暴風が吹き荒れ我々の家を飛ばした。噂に聞く“魔法”ってやつは強かった。弓矢や石で作ったナイフ、小麦粉で作った煙幕なんて何の役にも立たなかった。


 列車はその存在を敗戦国に見せびらかすかのように、人が歩くようなスピードで走行している。


「何か用か?」


 入口に立っていた男が自分に向いた視線に気が付いてアンドレに近づく。


「いや、特に用があったわけじゃ……」

「そうか? それならいいんだ」


 男はアンドレの顎をポイっと離すとにこやかにうなずく。


「……あんた、名前は?」


 アンドレは男に話しかけてみる。捕虜として彼は足を列車の床に固定されていた。


「俺か? 俺はアイーダだ」

「アイーダさん。俺たちはこれからどこに連れていかれるんだ?」


 アンドレのほかに捕まっている人間がいた。彼はせめて、自分たちがどういう運命をたどることになるのか知っておきたかった。アンドレの周りにいる捕虜たちはとても心配そうな表情をうかべて彼の事を見ている。


「知らないほうがいい」

「それでも。知りたいんだ」

「……お前たちは人体実験のサンプルだ。おそらく、何らかの魔法をかけられその影響がどう表れるのか徹底的に調べられることだろう」

「……俺たちはモルモットってわけだ」

「ああ、俺もよく知らないがな。上の方でそういう条約が交わされたようだぞ。お前たちの国の領土を確保しておく代わりに一定数の人間を差し出すことになったようだ。お前たちはその第一段階ってわけだ」


 アイーダは誰とも目を合わせることなく言った。

「……あんた、祖国に家族は?」

「……妻と、子供が二人」

「俺にも家族がいるんだ」


 アンドレはアイーダの事を見る。しかし、彼はかたくなに目線を合わせようとはしなかった。アンドレはゆっくりと言葉を選んで言う。


「逃がしてくれないか? この足かせを外してくれるだけでいい。後は自分で何とかする。俺たち家族にもう一度会いたい。それにもう一度、見たい景色があるんだ」

「……だめだ」


 アイーダはため息をつくと言う。


「お前たちを逃がしてしまえば、私は処分される。お前たちと同じように実験のサンプルとして。私だけならまだいい。私の家族も同じ目にあうだろう。それに、お前たちの国が条約を破ったことになる。今度こそ根こそぎ滅ぼされることになるぞ」


「ここにはお前のほかに誰もいない。お前が襲われたことにすれば問題ないだろう?」


「ダメだ。お前たちは魔法について無知すぎる。私の行動は私の頭の中に記録される。お前たちとこうして話している内容も、上層部に知られている」


 アンドレは絶句した。思考の自由さえ監視されている。夢のような魔法技術が結局権力者たちの情報統制のために使われている事実。


「実は俺、昔あんたたちの国にあこがれたことがある。魔法という技術があればこんな質素な生活しなくて済むとな。でも、そんな不自由な世界お断りだ。人を人とも思わないことが平気でできる。なぜそんな国に住んでるんだ?」


「生まれた国だからだ」

「変えたいとは思わないのか!? それほど人の命を軽々しく扱う国に属していて何

とも思わないのか!?」


 アンドレは思わず高ぶった感情をアイーダにぶつける。アイーダはそんなアンドレに対して静かに首を振る。


「思ったこともある。だが、俺はその恩恵を受けすぎた。俺は一生国を出ることないだろう」


 列車の中は再びシンとしてしまう。


「実験って何されるんだ?」


 アンドレはアイーダに問いかける。


「俺にはよくわからない。だが、新しい薬を試したり、生体活動の限界を調べたり。蘇生魔法や治療魔法は昔から存在しているが、どれほどの効果を持っているのか実際にはよくわかっていないらしいからな……」


「つまり、俺たちはあんたたちの国に入ったら十分痛めつけられては回復させられると言うことか」

「……そうなるな」


 アイーダは眉をひそめながらうなずいた。アンドレは隣に座る男にうなずく。


「すまないな。アイーダさんよ」

「は?」


 アンドレ達は突如立ち上がると、足を取り外した。断面にはコードがぶらぶらとしていた。


「なんだと!?」

「俺たちだってお前たちが攻め込むのをただ待っていたわけではない。魔法はないが技術はある!」


 アンドレは片足とは思えないほど素早くアイーダとの距離を詰めると驚いた表情で固まっている男を殴って黙らせる。


「あんたはきっと悪くない。だが、敵なんでね」

「アンドレ隊長。これで我々の国は条約を破棄したことになります。我々の国はどうなるのでしょうか?」

「予定通りだ。敵は容赦しない。従わないならば滅ぼして領土を広げるのみだ。無駄口をたたいている暇はない。集合場所へ急ぐぞ」

「はっ!」

 アンドレ達は列車あっという間に列車を占拠すると飛び降り、所定の場所に行くと代わりの足が用意してあった。彼らは新しい足を身に着けると走り出した。



「国王様!」


 アンドレは海岸のみんなで積み上げた堤防の上に立つ王に頭を下げる。王はまだ15歳だ。それでも、敵国が攻めてくることになり、技術を得ることを反対する街の老人たちを説得し戦う力をつけることに尽力した王。この年で髪に白髪が出るほどに苦労していた。


 アンドレは彼をどうにか守りたかった。

「アンドレか。我々の意志は奴らに伝わったか?」

「はい」

「では。この景色を見ることができるのは最後だな」

「はい……」


 アンドレは振り返る。自分の家族がそこに立っていた。妻と子供が一人。その表情はすでに覚悟を決めた顔だった。彼女らだけでも逃げてほしかった。

逃げたい人間はすでに逃げている。それでも人口の七割が国に残った。突如、空から声が降る。


「お前たちは条約を破棄した。我々はお前たちの国を滅ぼす我が国謹製の爆破弾を打った。そのことに後悔しながら死ぬがいい!」


 王は吸った息を長々と吐きだして言う。


「爆破弾が打たれてから三分で着弾する。みんな、私の力不足でこうなってしまって大変申し訳ない……」


 王のせいではない! という声が各所で上がる。


「そして、この場所で死にたいと言う私の希望をかなえてもらって申し訳ない。後は、あの景色さえ見られれば申し分ないんだが……」


 王は水平線を眺める。だがアンドレはため息をついてしまう。


 その景色は自分もみたいと思っていた。タイミングが合わない限り絶対に見ることはできない。アンドレ自身人生で一度しか見たことがなかった。そんな現象が都合よく起きるはずが……。


「来たっ!」


 王が叫んだ。水平線の向こうから緑色の光があふれだす。その光は線となってこちらへ波紋のように広がる。緑の光は海を幻想的に彩り、星明りを受けた海上はシルクのカーテンを広げたかのようにふわふわと揺らいでいた。

幻想的な風景に海岸に集まった人間たちはみな、息をのんで海岸を見ていた。自分たちの命が尽きるまであと三分。素晴らしい景色を見つめながら死ねるのであれば、それは本望だった。


 だが、ただ一人、アンドレだけは別の事を思っていた。


「この光……もしかして……。俺たちは他人の不幸を鑑賞していたのかもしれないな……」


 だが、もうアンドレにできることはなかった。彼は家族と肩を抱き合い死を待つだけだった。


 緑のカーテンは海上をいまだゆらゆらと揺れている。カーテンの色は徐々に濃くなりさらに多重になる。



 一時間にも感じられる三分が経過した。背後で爆発音が響いた。

 堤防は吹き飛び、そこにいた人々はすべていなかったことにされた。


 国が一つ滅びる。


その色はとても言葉では言い表せないほど多重に重ねた緑色だった。

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