第25章

八王子市の総合病院。一時的に回復をみせていた郁美のだったが、


その容態は再び一変した。


急激に血圧と心拍数が低下したのだ。担当医と看護師がめまぐるしく、


医療機器のモニターに映し出される数値を記録しながら、治療にあたっていた。




その光景を固唾を呑んで、郁美の両親は見守っていた。


大地震によって大勢の緊急患者が搬送されている現況で、


一人の患者につきっきりの対処をしてくれている担当医と看護師に


郁美の両親は感謝していた。


それでいながらも、一人娘を助けて欲しいという両親の願いは


切実なものもあった。




 アザゼルは闇のオーラを身にまとい、ガブリエルに突進した。


迎え撃つガブリエルは巨大な光のオーラをアザゼルに叩きつける。




光のオーラと闇のオーラが激しくぶつかあり合う。


アザゼルは圧倒的な光の力に全身を焦がされる。しかし彼は一歩も引かない。


むしろ、さらに闇のオーラを強大化していく。




「貴様、気でも違ったか!」


ガブリエルは驚愕の怒声を上げる。




アザゼルの6枚の漆黒の翼が崩れ始める。


その表情は極限までの苦痛にゆがんでいる。




「アザゼル、確かに我々は不死の存在だ。


 だが、そのままでは貴様はただの『念』になってしまうのだぞ」




「聖テレサの光を返すまで私は引かぬ・・・・・・」


漆黒の6魔の翼はもはや、その羽根のほとんどを失い、

いびつな翼の痕跡しか残っていない。




「ふおおおおおおおおッ!」


アザゼルは残るすべての闇の力を振り絞る。




「解せぬ。なぜそこまでして聖テレサにこだわる?」


ガブリエルは驚きと不可解な表情を浮かべた。




「だから、言っただろう。人には自ら選ぶ権利があると!」


アザゼルはガブリエルの放つ光に6枚の翼を焦がされながら、


一歩また一歩と


ガブリエルに近づいていった。




その頃、郁美の意識は異世界に飛んでいた。


見渡す限り美しく輝く雲海の中を飛行している。


下を見下ろすが、雲ばかりで地表は見えない。


自分には翼も無いのに、ゆるやかな風の中を悠然と飛んでいる。


しばらくすると、隣に誰かがいるのに気づいた。郁美は右に顔を向けた。




そこには白い翼を広げ、純白の衣を体にまとった天使がいた。


体の大きさは郁美より一回り大きい。


その横顔を見るが、すべての人種が混ざっているような顔立ちに思えたり、


そうでなかったりする不思議な、しかし威厳と美しさを兼ね備えた顔立ちを


していた。それに性別も判明しない。男性にも女性にも見える。


郁美は彼(彼女かもしれない)から目が離せない。


すると、おもむろにその天使が郁美に向かって、ゆっくりと視線を向ける。


その天使は金色に輝く長い髪をなびかせながら、郁美を見て優しく微笑む。




「あなたは召喚しましたね」


男性とも女性とも判別できない声で問うてきた。


郁美は何のことかわからず、首を傾げる。




「あの方を、呼ばれたのでしょう?あなたは召喚呪文を唱えたのですよ。


 でもそれは賢明な行為です。本来ならば、我々がやらなければ


 ならないことですが、我々にはあの方と接することは禁じられているのです」




天使の言っていることが、少しづつわかってきた。


自分は知らぬ間に、彼らとは住む世界の違う


住人を召喚してしまったことを、この天使は指摘してるのだと・・・・・・。




「江野先生のことを、おっしゃってるのですか?」


郁美はおずおずと天使に尋ねた。自然に声が小さくなる。


彼女は江野のことを人ではない存在であることはなんとなく感じていた。


それも今、眼前にいる天使とは真逆な存在であることも・・・・・・。




「いいえ、違います。確かにあなたは闇の者を召喚しました。


 ただ、彼ではありません」




郁美は何のことかわからなくなってきた。そんな彼女の様子を見て、


天使は少し残念そうに、それでいて期待するかのように語った。




「今はそれでいいのですよ。あなたの心に闇の楔が打ち込まれました。


 あなたがここに来るのは早すぎます。その楔を自らの力で抜き去った時、


 またお迎えにあがります」






そこで郁美の視界が闇に閉ざされた・・・・・・。




 ガブリエルは焦りを感じ始めていた。


想像以上にアザゼルの闇の力が押してくるのだ。


ガブリエルのオーラに漆黒の亀裂が走る。


眼前のアザゼルはすでに限界までに力を使い果たしているはずなのだ。


(こいつの力は、どこから来ているのだ?!)




アザゼルの形相がさらに歪む。漆黒だった彼の体は、今やその暗黒に染まった


容姿に翳りを見せていた。アザゼルの体は透き通るようになり、その背後の


空がかすかに見えるほどになっていた。


力を使いすぎ、実体化が弱まってきているのだ。




しかし、アザゼルの渾身の攻撃はガブリエルの光のオーラに衝撃を与えた。


彼の光が闇の力によって、吹き飛ばされていく。




「これで・・・聖ジャンヌに光を・・・戻せる・・・」


アザゼルはそれだけいうと、身じろぎひとつしなくなった。


彼の体は半透明化し、翼はもぎ取られたように無残な姿を見せた。




「アザゼルめ・・・ようやく見つけた聖テレサの光を―――!」


ガブリエルもアザゼルとの熾烈な闘いでその光の力の大半を失っていた。


彼の胸中に、憤怒の激情が沸き起こる。


もはや、実体化ですら及ばぬほど闇の力を失ったアザゼルに向かって


両手を伸ばし、光の閃光を浴びせた―――。

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