第9章

井の頭公園を出た後、江野は武蔵野市の大通りを歩いていた。


しばらくすると、コンビニエンスストアがあった。


そのコンビニの前には、比較的広い駐車場がある。


真夜中だけに、駐車している車も少なかったが、


代わりに数台の大型バイクが停まっている。


そのユーザーと思われるライダーたち数人が缶ジュース片手に、談笑している。


江野は様々な種類のバイクを眺めた。その1台に目をとめる。


シルバーのカワサキ隼1300ccだ。


江野は隼のミラーにひっかけてあるヘルメットを


路上に投げ捨て、バイクにまたがった。キーは無く、ロックもかけてある。


だが、キーが差さってないのにもかかわらず、イグニッションは回転し、


エンジンがかかる。


そこでやっと異変に気づいた隼の持ち主の男があわてて駆け寄ってくる。




「おい、お前何のつもりだ!」




その怒声に江野は気づいてもないようだ。


江野は隼をマックスターンし、街道へ向けた。


持ち主の男は、その後を必死に追ってくる。だが、男の足は突然止まった。


シルバーの車体色が見る間に黒く染まっていく。


そして、ナンバープレートも、ただの黒い板に変化してナンバーも


読み取れなくなっていく。


男はその現象に心を奪われ、声も出ない。


江野の乗った隼は、爆音を上げて街道を突っ走っていった。




漆黒の隼は長野自動車道に入った。


走っている他の車は、そのほとんどが20トンの輸送トラックだ。


江野はその合間を縫うように、隼を疾走させる。


時速は160キロを超えていた。




 けたたましいサイレン音が後方から聞こえてくる。


江野はバックミラーに目をやった。どうやら警察高速隊の覆面パトカーらしい。


マークXジオ―――高速用インターセプターだ。




トラックは減速し、道を譲る。マークXはその隙を縫って


江野の隼に接近しようとしている。


江野はアクセルをさらに吹かした。タコメーターは13000回転、


時速は180を超える。その速度を保ったまま、左へ曲がるカーブを


難なくクリアする。


後方で必死に追いすがってくるマークXジオの警官は前方で


猛スピードで疾走するマシンを、


驚愕の思いで見つめていた。見る限りバイクに乗っている男はノーヘルだ。


こいつ命知らずなのか?




マークXの後輪が、カーブで悲鳴を上げる。


しかし江野の隼は、ドリフトしながら計算されつくしたようなコースを


クリアしていく。


突然、後方のマークXのサイレン音がゆがんで聞こえた。


マークXの真後ろに、純白のフェアレデイZ現れたのだ。天宮だった。


天宮はうすら笑いを浮かべたまま、前方のマークXに強烈な追突を繰り返す。




「邪魔な種族だ。消えろ」


天宮の瞳が、一瞬氷のような冷酷さを見せた。


すさまじい轟音とともに、マークXは横転する。


側壁に激突しながら200メートルも


火花を散らしながら、やっと停車した。


天宮は減速せず、むしろ加速して江野の駆るマシンを追う。


江野の前にカーブが迫る。だが速度は少しも落とさない。


むしろカーブに向かって、激突する勢いだ。


江野はスロッルをさらにひねり、前輪が浮くほど加速する。


カーブ沿いにある防護壁に向かってマシンをジャンプさせた。


江野の隼は防護壁に対して、垂直になって走り抜く。


路面に対して、江野のマシンが平行のなっている形だ。


隼の重量が数倍のGにを生み出し、防護壁は次々と破壊されていく。




天宮は防護壁ごと江野のマシンを潰そうとフェアレディZを加速させた。


100分の1秒の差で、天宮のフェアレディZのフロントが江野の駆る


隼の後輪にかすった。


天宮のフェアレディZは停まる筈も無く、カーブから外へと猛スピードで


飛び出していく。




天宮の車は25メートルの高さから、


放物線を描きながら、地上へと落下していく。




その落下先には、体育館ほどの倉庫があった。


可燃物を保管している倉庫だ。鉄扉には火気厳禁と読める白い大きな文字が


見える。


フェアレディZはその倉庫の天井を突き破り、爆発した。


他の可燃物に引火したのか、次々と轟音が鳴り響く。


その轟音と共に、巨大な火柱が立ち込める。その火柱はやがて、


地上から60メートルもの高さがあるキノコ雲を形作った。




ところが炎上する、かつて倉庫であった奥の方から


二つのテールランプが明滅していた。


そのテールランプは炎の中から悠然と外へ出てくる。




天宮のフェアレディZは無傷だった。


大破どころか、かすり傷、わずかな焼け跡さえない。


フェアレディZは車首を高速道路に向けると停車した。




コクピットの天宮は、遠くに聞こえる江野のマシンの


爆音を聞きながら、苦虫を潰したような声音でつぶやいた。




「次はこうはいかんぞ。アザゼル・・・・・・」


天宮の両目が、銀色に光った。

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