最後の3分間

北見 柊吾

またね、淡い初恋も。

 まだ行かないで、なんて言うのは僕の傲慢だっていうことくらい、分かっていた。


 なかば強引に誘ったカラオケデート。高校卒業後の春休み、おもいきって僕から連絡してみた。

 初めて見る私服の梨花はなんとも言えず可愛かった。ショートパンツからすらりと飛び出た白い生脚がまぶしい。どうと言われたけれど、うまく答えられなかった。まったく、僕らしい。


 もちろん、僕に希望がないことは知っている。何度も何度も、好きな人が素っ気ないだとかなんだとか、聞かされていれば、いくら鈍感な僕といえど僕は友人までにしかなれないことは分かる。


 時間はだんだんと経って、お互いの歌声だけが聞こえて、とうとう梨花が帰ろうと言った。僕の恋が終わるまで、あと三分。


「今日は楽しかったね」

「うん、楽しかった」

「ほんとに?」

 梨花が僕の顔をわざわざのぞき込む。こういうところはさすがだ。僕は頷く。

「また来たいね」

「うん、また来よう」

「また来ようっ! 絶対だよ?」

 その笑顔と言葉が社交辞令だと、もう僕は知っている。

「ごめんね、ほんとに。いままで何度も相談乗ってもらっちゃって」

「いや、別に。楽しかったし」

「えぇ、楽しかったの?」

「え、えっと、まぁ」

「でもそっか、柊くん親身になって聞いてくれるから相談しやすかったもん」

 僕はどうしようもできずに苦笑する。

「だけど、柊くんのそんな話聞かなかったなぁ」

「僕の?」

「うん。好きな人とか、いないの?」

 やっぱり、わざとやっているんじゃないだろうか。ただ、モテるような奴ならこういうのも上手く言えるんだろうけれど、気付かないふりをするしか、うぶな僕にはできない。

「いるよ」

「いるの? だれだれ?」

「また今度ね、それは」

「えー」

 梨花は頬を膨らませる。もう少し、この笑顔の魔力に釣られていよう。

「今度会った時に、おしえるよ」

「ほんとに?絶対だからね!」

「うん」



 牛歩で進んだはずなのに、すぐに駅の改札には辿り着いてしまった。

「じゃあ、またね」

 改札を通った梨花が手を振る。僕も精一杯の笑顔で手を振る。

「またね、」

 またね、僕の淡い初恋も。


 梨花とはもう会うこともないだろう。梨花が進学する大学は東京の有名国立。僕はなんとか合格した地方の私立大学。

 梨花はいままで言っていた好きな人と付き合うのか、はたまた別の人と付き合うんだろう。それでも、僕が梨花を忘れることはないんだろう。

 最後にもう一度振り返った梨花に強く手を振った。


 またね。忘れられない愛をこめて。



 ***



 私はもう一度だけ振り返った。柊くんはまだ中途半端に手を上げていた。私が振り返った途端にまた強く手を振っている。

 私は応えるように手を振った。


 またね、私の不器用な初恋も。


 最後まで、嘘をつき通してしまった。私に彼氏なんて、いたこともないのに。いや、それに関しては嘘をついていない。好きな人、しか言ったことないのに。話す口実が欲しくて、つい出来心で。そんな言い訳が通用するわけはないけれど。

 柊くんは正直な人が好きだって言っていた。嘘をついていたことがバレたら、私は嫌われてしまったかもしれない。怖くて、正直に言えなかった。


 もう、柊くんに会えないかもしれない。私は東京の大学だし、柊くんも地元からは離れてしまう。


 柊くんとゆっくり歩いた帰り道を私は多分忘れないだろう。何度も、たくさんいままで話してきたのに。どんな思い出よりも一緒にここまで話した三分間を。


 でも、これで終わりだ。柊くんには好きな人がいた。

 一区切りがついた、と私は思うことにした。高校を卒業して、学生時代の恋にここで終わりをつけて。

 たまに柊くんを思い出して、ちょっと笑う。

 それで、いいかな。私は駅のホームに溜息を残して混んでいる電車に乗り込んだ。


 家に着いて服を着替える。初めて着たこの露出が多い服装もたんすのこやしになるんだろう。

 またね。今度は声に出して言う。思い出とともに、たんすに眠っていろ、私の青春め。


 またね。忘れられない愛をこめて。

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