マイ・さんぷんかん・プリンス!!

加湿器

マイ・さんぷんかん・プリンス!!

アタシが、この仕事を始めてから、もう何年たつだろうか。


落ち目の魔法使いの家に生まれて、特別頭も悪かったアタシは、ヤクタタズの親父が魔王様にお家を取り潰されるのと同時、一文無しで町へ放り出された。


持ち物といえば、ほとんど折れかけの杖が一本。浮浪児童も同然、というか浮浪児童そのものだったアタシは、路地裏に捨てられている残飯や、畑から盗んできた野菜で腹を膨らませて、何とか飢えを凌いで生きてきた。


そんなアタシが、見初められることになったのは。

とある日、顔見知りの浮浪児たちと徒党を組んで、畑を荒らした帰り道のこと。


特別イキのいい魔界ニンジンを見て、一人で食べるのも惜しくなったアタシは、親父や先生に、絶対してはいけない、と何度もいわれていたことをやらかした。


唯一、アタシの大得意の呪文、「巨大化」魔法を、まだ生きては跳ねているニンジンにぶっ放した。


『だぁぁぁれかぁぁぁ、たぁすけてぇぇぇーーーっ!』


イキがいいとはいえ、先ほどまで虫の息だったはずのニンジン。

それが、巨大化魔法を受けたとたん、市場の家々よりもずっと大きくなって、暴れ馬のようにあちこちへ走り出したのだ!


アタシは、うっかりと巨大ニンジンの背中に乗り上げてしまい、そのまま暴れるニンジンにつれられて、市場を踏み荒らしながら爆走する羽目になった。


――まだ家に余裕があった幼いころ、一度だけ母上の背中にしがみついて乗せてもらった、魔女のホウキ。


あのホウキよりも、ずっと高く、ずっと速い。ああ、母上はきっと、こんな景色をいつも見ていたんだ。

「高速の魔女」として、誰よりも高く、速くとんだ母上――。


――そして、ホウキの飲酒運転で、墜落事故って死んだ母上。

それはつまり、ここから落ちたらアタシもおっぬね☆ってことだ。


『嫌ぁぁぁーーーっ!』


――そんな騒ぎを、杖の一振りで終わらせた人がいた。

風の刃がニンジンを細切れにして。

あたしや、他の魔族を傷つけることなく。

誰もが逃げ惑い腰を抜かす中、一人立っていた、孤高の魔女。


『このニンジンは、あんたがやったのかい。いやはや、大したものだね。』


こてん、と地面にしりもちをついたアタシの、襟元をむんずと持ち上げて、「孤高の魔女」はそう言った。


その人こそが、アタシを取り立ててくれた魔族連合議会の大幹部、「魔・ジョーラ」様だ。


* * * * *


さて、その「孤高の魔女」様だが。

今どうしているかというと。


「ちょっと!今もっといいパンチ入れられたんじゃないかい!?」


格闘中継見てるオッサンと化している。


もちろん、見ているのは魔拳闘まボクシングでも魔・プロレスでもないのだが。


穏健派らしい当代魔王様の委任の下、すべての魔族の代表者が魔界府の運営に携わる、「魔族連合議会」。

資源枯渇に悩まされる彼らは、禁術である「異世界ゲート」を使って、他の世界への侵略戦争を企てた。

その第一歩として、今はニンゲンカイとやらに攻撃を仕掛けている。


のだが。


禁術の代償は相当大きいらしく、一度の発動で送り込めるのは、魔族の将一人と雑兵一個中隊が限度。


しかも、ニンゲン側の予想外の抵抗……魔族に対抗できる防衛戦力・「マモルンジャー」との戦いが激化・泥沼化し、見守ることしかできない議員たちは、もはや格闘中継を見ているダメなオッサンとなんら変わりはないのである。


「そこだァー!金的を、金的をねらえェーーッ!」

「ぅオッシャァーーッ!」


モニターを見つめる魔族議員たち。普段は予算の取り合いで剣呑な、獣人代表の若い貴族と不死者代表の老吸血鬼が、いつの間にやら肩を組んで大声を張り上げている。というか、その手に持った酒は何だ。ああ、レプラコーンたちが、酒樽を背負って商売しているのか。どっから入りこんだんだよ!


どんどんボルテージの上がっていく議場の隅っこで、枝毛の手入れをするアタシ。

アタシにとっては、議会の決定や魔界府の行く末も、割かしどうでもいい事柄で、明日のおまんまのほうが百倍重要な話題である。この議会にも、現状おまんまを食べさせてくれている魔・ジョーラ様の付き人としてきているに過ぎない。


とある、理由を除いては。


『今だ!マモルンジャー・バズーカ!』


ピクリ、とアタシの耳が、決着の兆しを拾い上げる。

平静を装いながらも、その時がくることを、アタシは予感していた。


防衛者、カラフルなタイツを着た戦士たちの必殺技が決まったのか、議会全体から、あぁ~、と残念そうな声が上がる。


「議長!我らが誇り、妖蝶中佐フゼンにもう一度復権の好機チャンスを!」


「議決開始!」


「賛成!」

「こちらも賛成だ!」


今回将を送り込んだ魔族、妖虫族の代表者が声を上げ、動議に対する議決が始まる。次々と上がる賛成の声を指折り数えて、半数を超えたことを確認すると、私は小さくガッツポーズをする。


それは、アタシにとって唯一、おまんまよりも大切な時間。たった3分だけの、心躍る時間。


「よし、あたし等も行くよ!」


「はいはーい☆」


魔・ジョーラさまの作り出す超小型ゲートに、二人でならんで入っていく。

いつものように、カラフルな皆様の目の前に降り立つと、アタシは杖を振りかぶって、魔族の将へ「巨大化」呪文をぶっ放す!


「ふふ、大きくなぁれー!」


ああ、今週もこの時間がやってきた!

アタシにとっては、貴重な逢瀬の時間。たとえ、一方通行でもかまわない。


この、最後の3分間だけは、あの人に。モニター越しでないあの人に会えるのだから!


「来てくれ!マモルンジャー・ロボ!」


――そう、アタシの、鋼鉄はがねの王子様。

防衛戦隊マモルンジャーの、マモルンジャーロボ様にっ!


「がんばれー!マモルンジャーロボさまぁっ!」


「あんた、いったいどっちを応援してんだい!?」

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