9  意外な幕引き

 現れた二人に気をとられている隙に頭目は逃げ出していた。他の盗賊達も気が付いた者から、倒れた者を抱えてバタバタと逃げ出していく。


「一応、キミらの強さを測るのにたまたま見かけた盗賊共をけしかけたんだが、時間の無駄だったな。報告どおり結構やるねぇ。一人可愛い子が増えているみたいだし」


 語りながら近づいてくるサングラスの男にアイリ達は釘付けになる。先ほどの盗賊とは違い、余裕を見せられる相手ではないことを感じていた。


「それにしても、報告聞いてからすっとばして来たとはいえ、まだこんな所をうろついてるとは思わなかったな。前回の襲撃失敗から数日経ってるだろう? 大陸から出られていたら面倒だなと思っていたんだが、いやー助かった」


 男が一人で喋る言葉にアイリとリオはピンとこない。


「……どういうことだ?」


 尋ねたアイリに派手な男は目を丸くする。


「あれ? 悪い奴だな。プルート君、だっけ? 仲間に隠し事はよくないんじゃないかな」


 にやつく男を尻目に、リオとアイリはプルートに目線を送る。


「悪いな、アイリ。黙っていたがお前と出会った次の日に二人組に襲われたんだ。返り討ちにはしたが逃げられた。こいつらはその連中の仲間だろう」


「なんで黙って――」


「正解! 君はアイリ君だったかな? よくないとは知りつつも、隠したいことはあるもんだよ、いろいろと……ね」


 アイリの文句はサングラス男に途中で遮られ、何かを含んだ言い方にアイリはイヤな感じを受けた。


「この間の奴らよりは喋るみたいだが。また何者かは教えてくれないのか?」

 

 男の言動は無視し、プルートが問う。


「名前くらいなら。わしはバジル。で、こっちはグレーセル」


 サングラスの男、バジルが後ろにいる白髪の男、グレーセルを親指で指しながら答える。


「「グレーセル!?」」


「――ああ。どおりで見たことあると思ったわけだ」


 聞いた名前に驚きの声を上げたアイリとリオに対し、プルートの声は悠長なものだった。 手配書にはなかった刀傷のおかげでリオは気づくことが出来なかったが、言われれば確かに、手配書を見て近寄らないことを誓ったあの顔だ。


「知り合いか?」バジルの問いにぼそりとした低い声でグレーセルが答える。


「帽子の男はな。オレにこの傷をつけ、捕らえた男だ」


「お前さんを捕まえたか。そりゃ手強いな」


 バジルが三人を見回し、続ける。


「君らに提案があるんだが。わしもそろそろ歳だし、面倒なことは嫌いな性分でね。上から言われてるお仕事は君らを連れて来いってことだから、大人しくついて来てくれると非常に助かるんだが」


「それでついて行きますってやつを見てみたいね」


 敵と認識しアイリはバジルを睨み据える。あるいはプルートなら簡単について行ってしまいそうだとアイリは思ったが。


「まあそうだよねぇ。でも、こんなにペラペラ話した理由くらい分かるだろう? 抵抗しようがしまいが、結局君達は連れていかれることになるからさ」


 その言葉を皮切りに、バジルの軽い雰囲気は消え、一気に緊張が高まる。


「お前達は二人でグレーセルにつけ! 本気でいかないとやられるからな」


 怒鳴るわけではなかったが、力強さを感じる声で出されたプルートの指示にリオは狼狽える。


「ちょっと! 私とアイリでグレーセルなんかの相手をしろっていうの?」


「一応、強い方を引き受けてるんだから文句言うな」


「え?」


 プルートの言葉の意味が一瞬リオには理解できず。


「あのおっちゃんの方が上ってことだよ」


 ご丁寧に解説されたアイリの言葉にリオは目の前が暗くなる。


(なんてこと! グレーセルに会うのだってよっぽど不幸だっていうのに、それより強いおっちゃん付き? 運が悪いのにもほどがあるわ。もっと世界一美しい都といわれるカルイスマ王国のあるフェーゼル大陸とか、世界一の商都アクエアのあるユフィマス大陸とかにいけば良かったのに、私ってばなんだってこんな大陸に来たのよ。それは私がドリスの名産品につられたから……。ああ、私のバカ……)


 リオが瞬間的に自分の行動に反省と後悔をしている間に、プルートとバジルが同時に動き出す。

 その動きを見てグレーセルも腰の剣を抜き、こちらに近づいてくる。


 圧倒的な威圧感が襲い掛かる。さっきの盗賊達とは比べるべくもない重圧。リオが我に返ったときには、グレーセルの剣が頭上に振りかざされていた。


 甲高い刃通しのぶつかる音。

 目の前にはアイリが立っていた。


「ぼっとすんな、やられるぞ!」


 その声にはじかれたようにリオは動き出し、グレーセルの胴を薙ぐように槍を繰り出す。

 が、いとも簡単にかわされていた。刃を使わないなどと甘いことが通じる相手ではないことは承知していた。


次の瞬間、静かな声があたりに響く。


「轟きはいつも悲しみの叫びをかき消すほどに――」


 突然のグレーセルの呟きにきょとんとするアイリ。そこにリオの叫びが響く。


「魔術よ! 避けて!」


 避けろと言われてもアイリにはどんな魔術か分からないのだが、とりあえず慌ててその場から離れる。


「雷を纏う槍状のアークェル一撃!」


 言葉と同時に落ちてきた雷が、先刻までアイリのいた場所に人が入り込めるほどの穴を穿つ。


 驚くいとまもなく、避けたアイリに斬りかかるグレーセルの斬撃を白い刀で何とか止める。

 その隙に死角から衝いたはずのリオの槍は逆に相手に掴まれて、槍を離さないリオもろともグレーセルに地面に投げつけられた。そのグレーセルの背後から衝いたアイリの白刀による一の太刀は避けるも、黒刀の二の太刀は避けきれず。グレーセルの腕に薄く傷をつくる。距離をとったグレーセルを、アイリとリオが挟む格好となった。二人がかりならいけるかもしれないとリオは思った。なんとか相手にはなっている。


 しかし、先ほどの呪文は殺傷に長けた実践用の高等魔術。しかも練達れんたつした者のみ行える呪文詠唱の省略がなされていた。さすがにレベルはとんでもない。油断は一瞬で死に繋がることをリオは認識していた。




―・―・―・―・―・―・―・―・―・―




 プルートはかつてない実力の相手に戸惑っていた。自分と同等以上の力の者に出会ったことは、今までを振り返っても片手で数えられるほど。これまで本当に敵わないと思ったのは、後にも先にも自らの父親くらいなものだったが。


 バジルは何もない空間から魔術による青白い光を放つ剣を生み出した。距離をとれば放たれる、光る小さな矢のような攻撃と、その光の剣による剣術とを織り交ぜながらプルートに襲い掛かる。魔術を使えるものと対峙したことは少なくない。


 しかし、これほどの魔術の発動速度と多様性を併せ持った敵には今まで出会ったことがなかった。正確に言うと今のところバジルはそこまで多彩な技を使ったわけではない。だが、こういう魔術が来るかもしれないと想定せざるを得ないような魔術の使い方をバジルはしていて、その通り来ることもあれば来ないこともあったが、それがいつもより半歩、プルートを踏み込めさせなかった。魔術の使えないプルートはどう考えても分が悪い。


 致命傷こそないものの、大剣一つで捌き切るには限界があり、プルートには切創が瞬く間に増えていった。とはいえ、プルートとてバジルに楽をさせているわけではない。

 当たれば終わるだろう一撃は相当なプレッシャーになっているはずだし、大剣による大技の合間に繰り出す体術は何発か入っている。


 目線をちらと二人に移せば、グレーセル相手に善戦しているようだったが、一瞬でどちらに形勢が傾いてもおかしくない。それは自分も同じ。勝つか負けるか、その結果はまるで読めなかった。いや、勝負というのは常にそういうものなのだが、今回に限っていえば負けるというのは論外にしても、必ずしも勝たなければならないわけではない。


 目的は彼らの情報を得ることだったのだから。それに、もしまた逃げられでもすれば面倒なことになる。


(……どうしたものかな)


 飛び交う光の矢を、プルートは巧みに急所を避けながらそんなことを考えた。生死の付きまとう勝負ギャンブル。オッズは五分。ベットするには報酬が割に合わない。ただ彼らに勝つだけでは意味がない。


 一計を案じたプルートは、おもむろに大剣を地に突き刺した。


 その様子を訝しげにバジルが眺める。


「あんたの言う、面倒なことはやめだ。あんたらのボスのところに連れてってくれ」


 その一言に全ての者の動きが止まる。あまりの言葉にアイリとリオは半ば呆然とプルートを見やる。よもや本当にそんなことを言い出すとは。やっとのことアイリが声を発する。


「プルート! お前、何言い出す――」


 しかし、プルートの何かを訴える眼差しを向けられアイリは口をつぐむ。


「――分かった、連れてけ……」


 剣戟はこうして、突然幕を下ろした。




―・―・―・―・―・―・―・―・―・―




 ガタゴトと、整備のされていない道を走る馬車の心地は、並外れた速度とも相まってすこぶる悪かった。

 捕まったアイリ達は用意がいいんだか、荷馬車を改造した檻付きの馬車に放り込まれた。馬車とは呼んだが引いているのは馬ではなかった。


 魔獣スノファナ。


 新雪のような真っ白い毛並みと額に鋭く伸びる一本の角からなる雄麗な姿。長めの毛を持つ細身の馬のような体貌で、その姿を見ていたい誘惑には駆られるが、見かけたなら一目散に逃げなければ見ている人間が狩られる。


 お馬さんの数倍のスピードで駆け抜けるので、目を付けられれば逃げることは容易ではない。


(容易ではないっていうか普通逃げらんないわよね、そんなスピードじゃ……)


 リオは書物で得た知識を思い返していた。

 そのスノファナが二頭もいたのだから、これほどまでの揺れも致し方ないのかもしれない。もっともスノファナのせいと言うよりは車輪と路面に因るところが大きいのだろうが。


(それにしても、人に従うスノファナなんて聞いたことないわ。魔獣の中でも特に気難しい存在で人に懐くことなんてないはずなのに……。世界魔獣百科情報だけど)


 リオは取り留めのない物思いに先ほどからふけっていた。檻に放り込まれた時、三人はちゃっかり両の手を拘束されていたものだから、そんなことくらいしかすることがない。

 無論、武器も奪われ、ご丁寧に檻には四方を布ばりしてある。


 そのため外の様子は窺えなかったが、御者台からご機嫌そうなバジルの鼻歌だけが聞こえた。

 グレーセルは文句も言わずに横にいるのだろうか。リオがふとその様子を想像しているとアイリが御者台の二人には聞こえぬよう潜めた声音で口を開く。


「それで? わざと捕まったようだけどちゃんと考えがあるんだろーな?」


 わざとというのがよほど気に入らなかったのか、アイリは潜めた声からも伝わるほど苛立ちを覚えているようだ。答えるプルートは対象的に安穏あんのんとしていたが。


「そう怒るなよ。オレだってわざと捕まるなんてのを良しとは思わないけどな。だが、仮にさっき二人を倒していたとしても、きっとあいつらは死んでも口を割らないだろう?それならいっそ、捕まってあいつらが何者か分かってから逃げた方が得策だと考えたわけだ。虎穴に入らずんば虎子を得ずってな」


 正直アイリはもともといやな予感しかしていなかったが、得意満面な笑みを浮かべるプルートを見るとさらにその思いが募って仕方ない。


「――そこまで言うならきちんと逃げる算段も考えてるんだろうな」


「そりゃ気合いと根性だな」


「そこで急に考えるの飽きちゃった!?」


 きっぱりと言い切るプルート。真面目な顔に騙されたあの時の自分が憎い。


「この世紀末バカ!」


 リオの怒声に小さくなるプルートを追い打ちでさらに一発、小突いてやりたいのは山々だったが、狭い空間と拘束を受けている手ではそれもはばかられた。


 とはいっても、他に良策がなかったのは事実。やつらの強さが尋常じゃないのは体験済みだし、口を割らないのも間違いないだろう。

 逃げられれば今度手がかりを掴めるのはいつになるやら。仮に負けていたら、今よりは悪い状態で連れていかれることになる。いや下手したら命を落としていたかもしれない。


(はぁ……、あとは逃げるのを見逃してくれるような間抜けな連中であることを期待するしかないな)


 相手の戦力が分かりもしない内からこんな作戦をとるのは無謀以外の何物でもないことは否めないが。


「……それにしても、なんでオレ達が捕まるんだ? あいつらがオレ達を探すメリットがあるのか?」


 しばし熟考を重ねたアイリが思い出したように口を開いた。


「確かにそうね。わざわざ私達を、しかも生かして捕まえるなんてどういう了見かしら」


 自分達はまだどんな組織かもつかんでもない状況だ。わざわざ彼らが探す理由がアイリには見つけられないでいた。


「だが、親父だって狙われていたんだ。奴らにとってラステアを探す、あるいは知っているだけでも邪魔なんじゃないか? 万が一にもラステアがどこにいるのか知られたくないんだろう」


(……本当にそうか……? 偶然そういう人間と居合わせたなら、何か処分するかもしれないが、わざわざ探すことまでするんだろうか。それにそうだとしたら、リオの言うように生かさず口を塞いだ方が楽だ。まさかそんな兵器を使う連中が命を尊ぶハートフルな奴らとは思えないし……)


 アイリは内心不信感を募らせていた。憂いは日毎に強まっていく。

 しっくりこないプルートの答え、バジル達組織の不自然な動き、そしてラステア……。

 アイリの胸のざわつきは増すばかりだった。


 アイリが黙ると暗い車内の雰囲気もあってか、二人も口を開こうとはしなかった。

 外の景色が見えない中、それでもかなりの速度であることを忘れさせない振動と音。

 それに耐える時間がしばらく続くことになった。

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