3  探しモノ

 夜が明けて朝になり、晴れわたった空を見て、多くの人が今日という一日にいい予感を携えることだろう。気の早い旅人、冒険者は空に浮かぶ白く大きな入道雲に向かって歩き出す。


 二人はこの街を支えている街道を歩いていた。朝もまだ早い時間帯だったが、さすが大陸一の街道。人通りはそれなりにあった。彼らが歩く石畳が敷かれている道は、果てがないかのように伸びている。


 両脇に立ち並ぶ街並み、街路樹、噴水、時計台、人の喧騒、鳥の泣き声、そして空。その全てがアイリには心地よかった。長い間待っていたような、それでいて新鮮な心持ちをアイリに与えた。


「しっかし、親方も餞別だってのはいいとして、こんなバカがつくほどでかい剣、オレに扱えると思うのかねー。重くて仕方ねーよ」


 出発前にワイズから受け取った剣は、若いころどうのこうのという話はさておき、しっかりと手入れもされ、なかなかの掘り出し物だった。

 さすがに年代ものなので、切れ味そのままにとはいかないだろうが、もとより切ることよりも打撃に重きをおいた剣なのだろう。頑丈そうで折れる姿が想像できない。


 愚痴ってはいたがアイリはワイズに感謝していた。どこの誰かも分からない自分の面倒をみてくれ、着る物も食べる物も住む所も与えてくれた。

 餞別の剣とは別にバイト代だから返さなくていいぞと、しばらく食べるのに困らないような額が入った封筒まで渡してくれ、そして頑張れよと一言。気持ちよく送り出してくれた。


 親方には本当に頭が上がらない。たった十日ではあったが彼の人柄がうかがえる。これからどこへ行くかは分からないが、いつか必ず戻ってきて恩を返そう。

 澄み切った空にアイリはそう誓った。


「これは確かに見たことないほどでかいな。こいつは珍しい」


 話の種となっている剣を、まじまじと見ながらプルートはそう漏らした。

 プルートは昨日着ていたボロボロのローブを、これまたボロボロの袋にしまい、危険な旅をしているとは思えないほど軽装していた。


 上着は襟付きのシャツを肘まで腕まくりし、下はいたって普通の黒いジーンズ。手には夏場だというのに黒いグローブをして、帽子だけは昨日と変わらず被っている。とはいえ危険という言葉が嘘ではないかのように、腕にはあちこちに小さな傷があり、体も鍛え抜かれていることが見て取れる。


 風呂に入って汚れを落としただけだろうが、その顔は昨日と印象が変わる。といっても目の光が強く誠実そうな顔立ちなのは変わらない。近寄りがたさが幾分軽減したといったところだ。


 そんなことを考えていたアイリはというと、ちょっと前にワイズが買ってきてくれた、謎の黒猫の絵が描かれたシャツに淡い緑のベストを上に着て、下はやたらとポケットの多いハーフパンツ。それとたまたま宿で見付け拝借したオレンジ色のリストバンド。ただの普段着である。買ってから間もないのでまだ綺麗ではあったが。


 この格好では当然巨大な剣は不釣合いだった。鞘のなかった剣には、刃のほうに一応、グルグルと雑に布が巻きつけてある。見た目で大体予想がつくため、隠しているというよりは安全のためだ。

 とにかく重いのでアイリはその剣を肩越しに担いだり、頭に乗っけたり、ズルズル引きずったり。持ち方をせわしなく変えていた。しかしどの持ち方も落ち着かず、しばらく試行錯誤したあと、結局肩越しに担ぐことにし、それから思いついたように口を開いた。


「そうだ、オレ達が探している物って何か、オレには教えてくれるんだろう?」


 プルートはすぐには答えなかった。どう話すべきか考えているように見える。


 日も少し昇り始め、人通りの増え出した街道を、アイリは歩きながら当てもなく眺めていた。

 東へ行く人、西へ行く人。大きな荷物を抱える商人。鎧をまとい剣を差す傭兵。法衣姿の巡礼者。少ないが馬車も走っていた。と、ようやくプルートが語り出す。


「十日前のオズ村が破壊された事件は大体知っているだろう?」


 質問を質問で返されアイリは少し戸惑う。


「え? ああ、知ってるよ。新聞で見たからな。生き残った人がいないほど、ひどい惨状だったんだろ?」


 アイリ自身、タイミングからして、自分もその事件に関係してるのではないかと、関連記事を読んでいた。それによると、今のところ生き残った人は見つからず、残っているのは広大な半球状の破壊の跡。


『歴史上、数十年に一度起きている謎の爆発と関連か。神の裁きいまだ終わらず』という記事のくだりがひどくアイリの記憶に残っていた。


「確かにひどい有様だった。生き残った人はいないと確信させるには十分なほどの。オレはここから南にあるその現場に行ったが……何もなかった。残骸も、人の姿も」


 その光景を思い出してかプルートは幾分顔をこわばらした。プルートは話を切り、思いをめぐらす。ただ風が吹き、ただ穴が在る。そんな場所。間違ってももう一度行きたいとは思わない絶望的な景色。

 その中で奇跡的に生きていた少年。記憶を失いつつも。あの場所で。


 アイリは黙ってプルートの次に語る言葉を待っていた。


「おまえはその村にいるはずだったが、惨状を見てオレは諦め、ミルガーデンに立ち寄った。そこで記憶喪失の少年の噂を聞き、お前を見付けたわけだ。そしてオレ達の探しているモノは――」


「探している物はもしかして、その爆発の原因か? 今までに何回か起きているっていう。じゃなきゃ、わざわざ街道からはずれているそんな辺鄙な村に行く理由が見当たらないし、タイミングからして、何かの情報が入ってその村に向かい、オレは爆発に巻き込まれた。違うか?」


 考え込むようにして聞いていたアイリが割って入る。

 これから言おうとしたことをピタリと言い当てられ、プルートは目を丸くして驚いたが、すぐに気を取り直し、その後を続ける。


「当たりだ。だけど原因は分かっている。世間じゃ神の怒りだとか言われているが、実際は『ラステア』と呼ばれる兵器のせいだ。探しモノはその兵器。オレ達はそれがオズ村に現れるという情報を得て、向かうことにしたが事情があってオレはすぐに動けなかった。それで、アイリに先行してもらったってわけだ」


「なるほどね。で、探してどうするんだ?」


 横を歩くプルートにアイリは視線を投げる。


「ラステアは兵器だ。自然災害じゃない。当然、それを使っている奴らがいる」


「そりゃ、そうなるな」


「そいつらを、見付けて止める。もう二度とラステアを兵器として使わせない。それが、オレの目的だ」


 迷いのない瞳。プルートはしっかりと前を見ていた。

 正しいことは、人それぞれ――。昨日のプルートの言葉が思い出される。


「――それならオレも、正しいと思える、かな。ま、お前が目的は世界征服だ、なんて言い出すような人間じゃないことくらいはオレでも分かるけど。プルートって裏切りとか、嘘をつくとかってできなそうだもんな」


 アイリは剣を持つのに空いたほうの手で頭を掻きながら、笑顔を作った。

 ほんの少し、歩みが遅くなったプルートの、その顔がわずかに曇ったのをアイリが目にすることはなかった。


 丁度ミルガーデンの中心地である役所前に通りかかる。道が広くなり、というより円形の広場状になっていて通りを見守るように役所が建っている。この街で一番大きな建造物だ。


 この役所によりミルガーデンは政治を行っていた。広場の中心には円形の噴水があった。その真ん中に東西を指差す二人の像が背中合わせに立ち、そして二人を見守るように、人ならざる三体の像がそびえる。


「あの像って……」


 やけにそれが目に留まったアイリは、呟きを漏らしていた。


「……ああ、二人は街道を行く旅人なんだろうな。後ろは神話に出てくる神獣しんじゅうだろう。こんな有名な話も覚えていないのか?」


 この世界を創造した神は、まずその手伝いをさせるため、特別な力を与えた三体の獣を生み出した。それが神獣。


 神獣達は神に引継ぎ世界を創り、役目を終えるとそれぞれ空と海と大地へと還った。

 そして自分達がいなくなった後の世界を憂いた神獣が、世界を護る者として、神より与えられた力を譲渡した存在を生み出した。それが幻獣げんじゅう


 その世界を創り、護り、あるいは壊す力は、神話などでは世界を形作る力、世界律と呼ばれていたが、今では魔術という呼称の方が一般的になってはいた。


 もっとも神だの神獣だのといった存在は神話の中だけであり、実在するのは幻獣のみであるが、三体の神獣の話は、子供でも知っているようなおとぎ話だ。そのくらいの記憶はアイリにも残っていた。


「いや、覚えてるよ。ただ目に付いたからさ。なんとなく見覚えがある気がしてな」


「まあ、三体の神獣をモチーフにした像はよくあるからな。見覚えがあっても不思議はない」


「そっか。それで、このまま行くと街を出るけど、一体どこに行く気なんだ?」


 アイリが今さらと言えば今さらな質問をし、プルートが答える。


大国領たいこくりょう、貿易都市ハイゼルン。この街道の東の先だ」

 

 世界の土地は五つに分類されている。まず帝国、あるいは三大国と呼ばれる国々のいずれかの領地である大国領。

 その他の国によって統治されている諸国領。

 教会によって管理されている教会領。

 ミルガーデンのように街やごく小さい単位でその土地を治めている自治領。

 どこにも管理・統治されていない無法土地。と、この五つだ。


 ミルガーデンは街道沿いの旅人によって支えられている街なので、入るのも出るのも比較的厳しくはない。

 

 この大陸には大国領はほとんどない。自治領と教会領で大部分を占める。もっともそのおかげで、概ね平和でいられているわけだが。

 ハイゼルンはその少ない大国領の一つ、カルイスマ王国の領地だった。とはいっても実情はほとんど自治領に近い形で、単にハイゼルンから一番近いカルイスマへ貿易での利益を納めているというだけだ。

 カルイスマの王都は隣の大陸にあるため、ハイゼルンに対して影響力が全くといっていいほどない。


「なんでその街を目指すんだ? 爆発が起きた村からここが一番近いなら、もうちょっとこの街で情報集めたりしたほうがいいんじゃないか?」


 ハイゼルンに向かうと言うプルートの言葉に、アイリは疑問の声を上げる。


「お前が見つかるまでの十日間、ずっと情報を集めてたが、お前の話以外何も出てこなかった」


 プルートは煙草を取りだし火をつけると、一息ついた。

 郊外まで来たのか、道こそしっかりしてるが辺りは寂しくなってきた。外壁が見えてきて、いよいよミルガーデンから出ることになる。


「ラステアを悪用してる奴らは、今まで散々探したがいまだ特定できていない。被害地点も法則性はなく、目的こそ分からないが、おそらくそいつらはこの大陸外から来て、また大陸から出て行く可能性が高い。そうなるとこの大陸に入れる港はハイゼルンだけだ。他にも接岸できるポイントはあるが、自前の船でもなければハイゼルンから入港するしかない」


「推測だらけの話だな……。けれど手がかりもなしじゃ、とりえずハイゼルンを目指すしかないか」


「そういうことだ」


 気がつけば外壁までたどり着いていた。簡単な手続きだけ済ますと、あっさりと門に常駐している衛兵は通行を許可した。記憶喪失なんて怪しさ満点だとアイリは思ったが、なにも問題はなかった。ブラックリストに載ってさえいなければ、まずミルガーデンは出入り自由のようだった。


 門から出ても一応まだミルガーデンの領地なのだが、目に映る人の作り上げたものといえば、延々と伸びる道以外見当たらない。


 アイリは人によって作られたカゴとも言える街から出るだけで、こんなにも不安な気持ちになるのかと思った。

 見晴らしの良すぎる平原を走る風が、その気持ちを煽る。街道を歩く人々の姿だけがその思いを軽減させていた。


 ちらりと目をやったプルートにそういった不安の色は見えない。流石に慣れているようだ。


(オレも一緒に旅をしてたんだよな……。それならこの不安感は、記憶を失ったせいでもあるのか)


 アイリの思いには気づく様子もなくプルートは歩を進める。あとを追うようにアイリも歩き出した。

 そして、二人はハイゼルンを目指す。


――本当はプルートにとって、行き先はどこでもよかった。このまま歩いているだけで事は起きるはずだったから。


 ただそれは、アイリには言えなかった。

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