風の旅路と帽子の行方

下杉

第一部 あお、仰げばそこに

プロローグ

 そこは、これから目にするものが良からぬものだと予感させるような薄暗い場所だった。


 窓のない地下の部屋で、ぼんやりと淡い光が零れる方へと二人は歩みを進めていった。

 光を辿った先に目にしたのは、縦に長い円筒状の人がすっぽりと入れるほどの容器で、上半分を占めるガラスと思われる部分からはその中を覗くことができる。容器には計器や配管がいくつもつながっていて、それがさらに他の機械につながっていた。


 人がすっぽりと入れるほどの容器は、中を覗いたことで少しだけ修飾が変化する。

 それは人がすっぽりと入っている容器だった。


「なんだこれは」


 先に中を覗いた一人から声が漏れる。この異様な空間では、一声出すだけで体力が奪われる思いがした。


「これだよ。この中に見える存在が世界を滅ぼしかけたものだ」


 もう一人が声に応える。先に声を漏らした男も半ばその答えについて予測はしていたが、改めてその返答を聞かされると、冷たい汗が頬を伝った。一見、普通の人間と変わりがないが、見ているだけで背中がぞくりとする怖気や威圧感といったものを感じる。


「最悪、の一歩手前だ。お前はすぐに報告を。増援が必要だ」


 指示を受けた男も、そうすべきだということは理解していた。今しがた自らの頭の中でも同じ判断をしたところだ。ただすぐに動き出せなかったのは、この場所に一人残していくことに抵抗があったからだった。


「俺はこの場所の保護と不測の事態に備える。さすがにこの状況でここを空にはできないからな」


 躊躇した時間はわずかであったはずなのに、意図を読まれたように、言葉が加えられた。

 そこまで言わせたことを恥じながら男は頷くと、そこからはすぐに行動と思考を開始した。まず部屋を出て、建物を出て、村を出て、最寄りの街へ最短経路で――。


 だが、増援が来ることはなかった。


 男が指示を成す前に――。

 その異様な地下の部屋は、それがあったその村ごと跡形もなく消滅した。

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