流浪の勇士と悪逆の王

あぷちろ

天運

 思わぬ反撃に、流浪の勇士ベイオはたたらを踏む。

 完全に断ち切ったはずの右腕からの斬撃、ベイオは薄皮一枚切り裂かれた鼻頭を押さえながら間合いをとった。

「三分だ」

 右肩から袈裟に切り込まれ、今にも千切れ落ちそうな右腕を携えて悪逆の王グレインは静かに呟いた。

「三分、オレの攻撃を凌いでみろ、生きていれば、お前の勝ちだ」

 グレインは手持ちの紅玉の双魔剣、その片方を剥離しつつある右肩から胴へと繋ぎ止めるように突き入れた。突き入れられたつるぎが煌々と紅く輝きだす。

 グレインの傷がみるみるうちに塞がっていく。魔剣が、自らに貯められたエネルギーをグレインに供給しているのだ。

 グレインは三分、と言った。三分が魔剣の力を利用しての活動限界なのだ。それを凌げば彼は地に伏すだろう。だが……

「シッ!」

 ベイオは一息で彼我の距離差を踏み込み、横なぎに自らの曲剣を振るった。はじめ、彼は、グレインは避けるだろうと高をくくっていた。

 しかし、グレインはその場から微動だにせず、ベイオの剣を真っ向から受けたのだ。

「何っィ!」

 ぞぷり。曲剣がグレインの脇腹にくに吸い込まれ巻き取られる。

 慌ててベイオは武器つるぎから手を放すがお返しとばかりにグレインが振るう双魔剣の片割れに篭手ごと胴を凪がれ、地面を転がる。

 砂塵を巻き上げながらなんとか体勢を建て直す。ベイオの視界には痛々しく皮膚と筋肉にくが削がれる音をたたせながら曲剣を引き抜くグレインの姿。

 ベイオは計算を誤った。これまでの動きから、速度重視で手数を稼ぐ戦闘スタイルであったグレインは紙一重でベイオの凶撃を躱すと思っていた。避けられた時の必勝の一手として逆側の手に、隠していた短剣を握っていたが、これももう有効打には為り得ないだろう。

 ベイオは歯がみした。グレインは自らの腹から抜き取った剣をベイオの目前へと投げた。

「立て。未だ、一分も経っていないぞ?」

 ベイオの背筋に悪寒が走った。反射的に地面に伏せる。泥が跳ね返り、彼の頬当てを汚す。刹那の間にベイオの頭上をグレインの鋭利な斬撃が通り過ぎる。

 ベイオは曲剣を逆手に握り締め、体躯を捻る。

 重々しい金属音を残してグレインの剣がベイオの頭部があった場所に突き立つ。

 ベイオは筋肉のバネを利用して上体を素早く起こす。その勢いのまま曲剣を下段から切り上げた。

 グレインは反攻の一撃を首を傾ぐだけで悠々とやりすごし、ベイオに向けて何度目かになる致命の一撃を浴びせる。

 ベイオは左上段から振り下ろされる死を剣の反りを使って往なす。火花が散り、逸らしきれなかった斬撃が彼の額を傷つける。

 血煙が舞い、ベイオはやっと見出した隙を逃す事なく果敢に切り込む。

 右、左、左下、右上、息をつく暇もない四連撃。二撃ほど命中はしたが、グレインは歯牙にもとめない。

 ベイオは強打の一閃をグレインの胴に叩き込んだ。ざざり、と地が抉れ、二者の間に空間を築く。

「やるじゃないか。それでこそ、俺の見込んだ勇士だ」

 グレインの肩にある魔剣が明滅する。決着のときは近い。

 両者とも、剣を構える。

 ベイオには勝算があった。それは、グレインの一撃の重さだ。魔剣の力で人外の再生能力を得たようだが、剣戟の重さは以前と変わらなかったのだ。その証左にベイオの連撃を捌くだけで終わっていた。双魔剣でいくら強化、身体を再生しようとも元の筋力は変わらないのだ。

「いざ」

 どちらかが、どちらもが、宿敵を討ち倒さんと疾駆する。

 上段から悪逆の王が襲う。下段より流浪の勇士が迎え撃つ。

 銀閃が交錯する。

 ずるり、とグレインの頭部が地面へと滑り落ちる。

「ッ、はッ」

 ベイオは荒い息を吐く。ベイオが姿勢を戻すと同時に彼の鎧は真っ二つに割れ、彼は戦慄した。数秒の差であった。グレインの双魔剣の力が数秒長く維持されていれば、地に伏していたのは彼の方であっただろう。

 ベイオは確かに勝利を得、グレインは死した。

 最後の三分間、それを制したのは天運を味方につけた者であった。





 了

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