14-1:マッドドック・ラプソディ
【
Hecate:〈そのセリフ、誰に向かって言ってるの。くだらないことに付き合わされてるこっちの身にもなってよ。こんなことをいつまで続けさせるつもりなの?〉
Mephisto:〈最初に言ったはずだ。約束の期日まで、きっちり付き合ってもらう〉
Hecate:〈いい加減にして! 毎回、お前に指示された場所へ行くたびに、幻獣が現れる。私は
Mephisto:〈それがどうした? 幻獣と戦いたいと最初に言ったのは君だろう? 幻獣を倒せて、討伐ポイントも手に入る。望むものを手に入れてなお、君は満足しないのか〉
Hecate:〈確かに私は幻獣と戦いたいと言った。だけど、街のど真ん中に幻獣を放てとは一言も言ってない!〉
Mephisto:〈そうだ、君は何も言っていない。であれば、どこに幻獣が現れるなんて、君の知ったことではない。私は君の虚飾と傲慢に塗れた心を満たすために協力してやってる。少しは感謝してもらいたいものだ〉
Hecate:〈何も知らないくせに、知ったような口をきくな! 今ので確信した。お前はあの
Mephisto:〈そうだとして、この私を警察、いや幻災対策庁にでも突き出すとでもいうのか? それもいいが、残念ながらこの国の無能な連中は決して、私を捕まえることなどできやしない。そして、無駄な抵抗と引き換えに、君の唯一の親友はこの世から消えてなくなるがね〉
Hecate:〈卑怯者! 人質を取ったからって、いい気にならないで。いつかお前はきっと破滅する。地獄に落ちろ!〉
Mephisto:〈言うに事欠いて、
【Mephistoさんはログアウトしました】
××
マルク・ウィンザーは満足げな表情を浮かべながら、ノートPCをたたんだ。
いまマルクがいるのは、
それでも、屋根と上下水道が使えるだけ、野宿するよりはマシだ。
「さっきから、なにニヤニヤしながらパソコン見てんだよ。さては、エロサイトでも見てたのか?」
そう言いながら、セシル・バレンタインは、マルクに近づく。セシルに茶化されても、マルクは微笑を崩すことはなかった。
「そんなくだらないことをするわけないだろ。……計画がうまく進んでいてね。思わず笑っていたみたいだ」
「おいおい、上から命じられた計画の実行日は先だろ。お前はいったい何をこそこそやってんだ?」
「成功のための下準備だ。どんなことでも、準備ができてなきゃあ、完璧な成功にはほど遠い。一見、この国は脆そうに見えて、裏ではかなり巧妙な予防線が張られている。あんたみたいに、力と勢いだけでは敵の思うつぼだ。まんまと策に絡めとられるだろう」
「ふん。頭をこねくり回すのもいいが、最後に信じられるのは、己の腕っぷしさ。それ以外に、アタシが信じられるものはない」
軽快だったセシルの口調が急に重たくなる。彼女の変化にマルクも気がつく。そうして、少しためらいつつも、マルクは前からセシルに聞きたいことがあった。
「なあ、聞いてもいいか? この前のアメリカでの作戦のことだ。あんたを含め、優秀な人材で構成された部隊だったんだろ。なのに、計画の前段階でFBIに踏み込まれ、あんたを残して部隊はほぼ壊滅。いったい何があったんだ?」
「……………………」
マルクの問いかけに、セシルはすぐには応じない。彼女はただ一点、遠くを見つめたまま固まっていた。
そんなセシルの様子を見るに、あまり思い出したくない出来事だったのだろうとマルクは察する。
「話したくないのなら別にいい。悪かったな」
「……あの日、アタシたちの隠れ家に踏み込んできたのはFBIじゃない。それよりももっと恐ろしいヤツらだった」
「?」
ソファに深くもたれかかりながら、セシルは天井を見上げていた。彼女は屋内でもサングラスをしているため、どんな表情を浮かべているのかわかりずらい。だが、それ以外の部分から読み取れる表情は淡々としていて、何の感情も読み取れなかった。
普段、思ったことをすぐ顔に出すセシルだったが、その無表情ぶりにマルクは思わず不安を感じる。彼女に、ここまでの表情をさせるほどの事件とは、いったい何があったのだろうか。
「あの日、バージニアの郊外にあったアタシたちの隠れ家が何者によって襲撃され、その結果、仲間のほとんどが殺された。……ただ、それだけだ」
「あんたも含め戦闘のプロもいたんだろ? 唐突すぎて応戦する暇もなかったってことか?」
「まさか。襲撃を察知したアタシたちはすぐさま抵抗したさ。こちとら幻獣まで放って応戦するほどにな。それでも結果として、アタシたちは負けたんだ。……いまだに信じられないのは、アタシたちは、たったの6人だけで壊滅されられた」
「そんなバカな!!」
あまりの衝撃に、マルクは思わず立ち上がっていた。
少なくともマルクは、アメリカの作戦では全土で100人以上の中核メンバーが投入されたと聞いていた。その実行部隊を僅か6人だけで壊滅するなんて、悪い冗談に思えた。
驚愕するマルクをじっと見たまま、セシルは何も言わない。それが決して嘘ではなかったことを物語るには十分だった。
「――
「なんだって?」
「アタシたちを襲ったヤツらのことだ。少なくとも、アタシはそう思ってる」
「
「でもな、そうでないとあのバケモンじみた強さの説明がつかないし、何よりアタシは納得できない。なんせ、ヤツらは
サングラスの裏側で、セシルはゆっくりと瞼を閉じた。
だが、目を瞑っているはずなのに、目の前には毎回同じ光景が広がる。
――騒がしく鳴り響く銃声に、恐怖と混乱に震える怒号。そして、むせ返るほどの硝煙に時々混じる血の匂い。
暗闇の中に次々と斃れていく仲間たちと、燃え盛る建物に照らしだされた六つの影。
それ以上はもう十分だとばかりに、セシルは閉じていた瞼を開けていた。気が付けば、彼女の両手は固く握りしめられ、手のひらにはじっとりと汗がにじみ出ていた。
マルクはしばらく絶句していた。
もし、セシルが言っていたことが本当ならば、そいつらは人間じゃない。いくら何でも、生身の人間が相手にできる戦闘力を遥かに超えている。その正体は、戦闘のために作られた殺戮マシーンですと言われたほうがよっぽど信じられる。
いつか自分たちの目の前に現れることがあれば、果たして生き延びることができるだえろうか。
「……よく、生き延びることができたな」
「あの状況では、潔く闘って死ぬか、情報を漏らさないために自害するかの二択しかなかった。それでも、アタシは何も爪痕を残すこともできずに死ぬのは馬鹿らしいと思ったんだ。そうして必死に、それこそ無我夢中でヤツらの追撃から何とか逃げ延びることができたのさ。その間、犠牲になった仲間もたくさんいたけどな……」
仲間を捨てて落ち延びたセシルは、組織の上層部から何かしら罰を受けると思っていた。だが、彼女に下されたのは制裁などではなく、日本に飛べという命令だった。それが、自分の汚名を
「ついでに聞いてもいいか? あんたを襲った正体不明の六人の中に、サーベルを噛んだ髑髏のマークを付けていた奴はいたか」
「さあな。全員真っ黒な装備をしていて、何の特徴もない。誰が誰なんだか見わけもつかなかったさ。んで、お前の言うそいつはいったい何者だ?」
「〝
「伝説の幻闘士……、面白い。そんな奴がいるってんなら、是非お目にかかりたいもんだ」
セシルはにやりと笑うように、口元を歪ませる。だが、マルクには彼女が強がっているように見えた。
結局、組織の中でも屈指の戦闘のプロであるセシルに恐怖を刻みつけた特殊部隊の正体は分からず仕舞いだった。少しでも有益な情報が手に入るのではないかと期待したが、そう簡単にはいかないことをマルクは残念に思う。
「そう険しい顔をすんなよ。あの時の経験のおかげで、アタシは変われたんだ」
「どう変わったっていうんだ?」
「前よりも、生に執着するようになったよ。今までアタシは、自分のことなんて気にせず、ただ我武者羅に戦ってきた。そのせいで危うい場面にも何度か遭ってきたが、気迫と勢いだけでどうにか切り抜けてきた。だが、ヤツらにはそれが全く通じないどころか、手ひどく返り討ちにあった。命を捨てて、道連れにしようと特攻していった仲間たちを、連中は
そう言って、セシルは開いていた右手をぐっと握りしめた。
そんなセシルの変化を、マルクは素直に受け入れるかどうか迷った。なぜなら、彼が今まで聞いていた彼女の戦闘スタイルは、どんな状況でも勇猛果敢に突っ込み、敵をなぎ倒していくことで有名だった。
その持ち味が、生に執着することで鈍くなっているのでは。作戦の遂行中に、その変化が足かせになるのではいか。マルクは不安を拭い去ることができなかった。
「そういえば、この国にも伝説の幻闘士と呼ばれる奴がいたよな? 名前はえーっと……」
「
「そう、それだ! そいつはどうなんだよ? 強いのか?」
「
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