12-5
「――それで、君は彼女の勝負に乗ることにしたのか」
「しょうがないじゃない。あんな風に言われちゃ、こっちも引くに引けないわよ」
レイラの呼びかけに応じて、アタルと美幸は昨日と同じファミレスに集まった。そこでレイラは、昼休みの屋上での出来事の一部始終を語ったのだった。
「分島さんとの勝負を受けてしまった以上、今さら引き返すことはできないよ。彼女のことだから、きっと学校中にこのことを触れ回っているはずだし。レイラさんとしては、この勝負をどう進めていくつもりなの?」
「それなんだけど……、実はまだいい考えが思い浮かばなくて。それで、ふたりに相談したくて集まってもらったの」
「なんだって? それじゃ君は
「だから、引き下がれなかったって言ったでしょ。今思えば、あの場ですぐに返答したのは少し軽率だった。もう少し時間を置いてから返事すればよかったと、後悔してるわよ」
そう言うと、レイラはため息をついた。どうやら本当に、
そんなレイラを見たアタルと美幸は、互いに顔を見合わせる。レイラの手前、声には出さないが視線は「これからどうする?」と訴えているようだった。
「ま、ここで勝負を受けたことをとやかく言ってもしょうがない。とりあえず、ここは相手の出方を伺うとしようじゃないか。話を聞く限り、要は幻獣をどっちがたくさん倒したか競う勝負なんだろう? 街中を幻獣がうろついてるわけもないし、しばらくは膠着状態だろうさ。その間に対策を考えればいい」
勝負について、思ったことをアタルは口に出す。その内容は随分と楽観的なものであったが、レイラと美幸の表情は固いままだった。
「アタル君の言うことも一理あるけど、今回ばかりは相手が悪いよ」
美幸は申し訳なさそうに、アタルの意見を否定する。
「なぜだい? 相手といっても、ただの高校生だ。腕が立つとはいえ、日中は学校があるし、行動範囲にしてもプロの幻闘士には到底及ばない。まさか、それ以上の何かを彼女は持っているというのかい?」
「分島さんについては、そのまさかだよ。アタル君、この勝負において、勝つために一番重要な要素は何だと思う?」
美幸にそう尋ねられ、アタルはしばらく考え込む。そして、しばらく考えた末、一つの結論を導き出した。
「情報……かな。幻獣がどこに現れたかいち早くキャッチし、先に駆けつけた者がこの戦いを制する」
「その通りだよ」
そう言いつつも、美幸の視線は手に持っていたマグカップに注がれていた。それは、心の中にとどめていることを話そうかためらっているようだ。やがて、美幸は決心したように、顔を上げる。
「レイラさん、そしてアタル君。ふたりは〝WFA〟っていう企業のことを知ってる?」
聞いたことのない単語に、アタルとレイラは首を傾げる。そして、なぜ美幸が突然その話をしたのかもよく分からなかった。
「WFA? 聞いたことないわね。何をしている会社なの?」
「正確には、Wakeshima Fantasista Agencyの略称なんだけど、主に幻災発生地域への
美幸の話の中で気になる単語が含まれていたことに、聞いていた二人はすぐさま反応する。
「Wakeshima、それってまさか……」
「お察しのとおり、分島さんのお母さんはその企業の創業者であり、代表取締役社長なんだよ」
それを聞いたアタルの脳裏に、今朝の教室での妃織の姿が蘇る。物腰が柔らかく、気品のあるその振る舞いはやはり、ただの見せかけではなかったようだ。おまけに、美幸が言っていたように、プライドが異様に高い理由もそのためなのだろう。
そして、先ほどの美幸の発言の真意をアタルは悟った。
「服部の言う通り、確かに相手が悪すぎる」
「何が? 社長令嬢だってことがそんなに悪いわけ?」
アタルとは対照的に、レイラはまだ理解していないようだった。眉間に皺を寄せながら、面白くなさそうな視線をアタルに送っていた。
「さっき僕が言ったことを覚えているかい? この戦いを有利に進めていくうえで一番重要な要素は、〝情報〟だ。ここまで言えば、君もわかるだろう」
そこまで言ったところで、レイラもアタルの胸中を察したようだった。ハッとしたように顔を上げると、先ほどまでの不機嫌な表情はどこかに消えていた。
「まさか、親の会社を使って情報を集めさせるって言いたいの?」
「可能性は十分にあるよ。しかも、幻闘士の派遣会社とあっては、幻災や幻獣の情報網は僕たちよりもかなり広く整備されているはずさ。はっきり言って、僕たちが相手にしているのは、分島妃織ひとりじゃないと思ったほうがいいかもしれない」
同時にアタルは、妃織のしたたかさに舌を巻く。昨日の話だと、妃織は勝負の内容が気に入らないなら、拒否しても変えてもいいと言っていた。だが、実際に蓋を開けてみれば、圧倒的に妃織に有利な勝負だ。昼休みの妃織の行動は、レイラに考えさせる時間を与えずに、有利な条件を飲ませるためのものだったのだろう。
「だけど、どうしても腑に落ちないな。そもそも、どうしてそこまでして彼女は君のことを叩きたいんだ?」
「さあ? あたしも転校してから一か月しか経ってないのよ。人付き合いも浅いし、人間関係が原因だとは思えない」
この勝負で一番の謎は、妃織が勝負を仕掛けてきた動機だった。
だが、肝心のレイラには思い当たる節はない。だが、些細なことから生まれるすれ違いということもある。今回もそのような面倒ごとに巻き込まれたという可能性も捨てきれない。
「それについては、本人に聞いてみるといいよ。分島さんは思っていることを隠す性格じゃないから、たぶん答えてくれるはず」
「たしかにそうね。裏で陰口叩くんじゃなくて、直接私のところに来るんだから、そこら辺も包み隠さず話してくれそう。そういうはっきりしているところは、嫌いじゃないんだけどね」
少しだけ困ったような表情で、レイラは言う。彼女の心の中では、理由もなく他人の反感を買っていたことへの戸惑いがあった。
「それはそれとして、明日からどうする? こっちも分島妃織のように、幅広く情報を集める手段がないと太刀打ちできない」
「最悪、私がWFAのサーバにハッキングすることもできなくないけど……」
さらりと美幸はとんでもないことを言い出すが、その案にアタルとレイラは反対した。
「待った、さすがにそれはマズすぎる。犯罪を犯してまで、こんな子供の喧嘩の延長線上みたいなものに勝つ必要はないよ」
「あたしも。正攻法じゃ勝てないからって、ズルをするなんて嫌よ。もしそれで負けたとしても、仕方がなかったと認めるわ」
「ごめんなさい……」
そう言いながら美幸は俯く。もちろん、美幸としても悪気があるわけでもなく、レイラの手助けとなるならと言ったまでだった。そのことをアタルとレイラは理解しているからこそ、それ以上は何も言わなかった。
しばらく三人は黙り込んだまま、何かいい妙案がないか考え込んでいた。彼らのテーブルの周囲を重苦しい空気が五分以上その場に漂い続けていた。だが、これといってうまい考えなど思いつくこともなく、アタルが降参気味に声を上げた。
「まあ、いい考えも浮かばないことだし、今日はここらでお開きにしようか。勝負が始まるのは明日からだろう? この問題については、一旦各自持ち帰って考えるのもありなんじゃないか」
美幸とレイラは頷いて、アタルに同意する。
「そうね。相手がどんな出方をしてくるか不明だし、まだ考える時間はあるわ」
「私も過去に関東で発生した幻災のデータを漁ったりしてみるよ。もしかしたら、何か傾向があるかもしれない」
考えはまとまりはしなかったが、三人の結束は強まったような気がした。その場は妃織との勝負以外にこれといった話題はなかった。そのため、それぞれが店を出る準備をしていた時だった。
「ねえ、美幸。何か分島妃織について、ほかに知っていることはないの? 相手のことはできる限り知っておきたいんだけど」
「うーん、私もそれほど彼女には詳しくはないんだけど……」
レイラに尋ねられた美幸は、口元に指をあてて考え始めた。アタルにしても、妃織と同じクラスなのだが、今日初めて彼女の姿をちゃんと見たようなものだった。そのため、全く頼りにならないことを思い知らされる。
「一つだけ、分島さん本人とは直接関係はないけど、ふたりも知っておいたほうがいいことがあるの。WFAがなぜ業界最大手になったか、その理由について」
それまでのおどおどした態度とは異なり、美幸は真剣な顔つきをしていた。彼女がこういった表情をするときは、重大なことを告げようとしている時だとアタルは知っていた。
「最大手になったの理由? それは、一番最初にWFAがそういうサービスを始めたからなんじゃないの?」
不思議そうにレイラは答えるが、美幸は静かに首を横に振る。
「ううん、WFAは幻闘士の派遣会社として、かなり後発の企業だよ。それでもトップにのし上がれたのは、WFAには絶対的なカリスマ性を持った広告塔がいるから」
「絶対的なカリスマ性を持った広告塔……」
「それは、名前を公表している数少ない〝十輝聖〟のひとり。そして、通り過ぎた後には、幻獣一匹も残さず消し去ることから、自然災害とも呼ばれる男……」
そこまで言って、美幸は一呼吸置く。それは、これから言おうとしていることへの覚悟を決めるのに必要な動作だった。
「その正体こそ、分島妃織の父親にして、
レイラの前に立ちはだかるのは、ただの高校生などではない。彼女は、荒れ狂う風の化身の心を受け継ぐ子供――分島妃織。
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