10-2

     ××


「妖精さえも倒す武器だって?」


 美幸の言った意味が分からず、アタルは聞き返した。妖精を倒すなんて、いくら何でも大げさすぎる。相手は、駆逐艦さえも撃沈させる力を持っている存在だ。それを、たかが人間の持てる武器で倒せるはずなどない。

 だが、美幸は一歩も譲らず、大真面目な調子で返答する。


『アタル君、よく聞いて。レイラさんの剣、それは妖精殲滅のために造られた試作品、その名も爆刃剣ばくじんけんニーズヘッグ』


「爆刃剣……?」


 その名を聞いたところで、アタル脳内にレイラとともに戦った記憶が蘇る。彼女が肉塊の幻獣の心臓を破壊するとき、二つの爆発が起こっていた。あの時は何が起こっていたのか分からなかったが、あの爆発はこの剣が引き起こしていたというのか。

 アタルの疑問の一つが解消されたところで、美幸は剣の秘密を語り出す。


『そう。その剣は、やいばをコーティングした反幻想子アンチ・ファンタジウムを利用して、小規模な爆発を引き起こすことで対象を破壊するの。でも、その剣にはまだ、驚くべき秘密が隠されていたの』


「なんだい、その秘密っていうのは?」


 もはや、身の回りであり得ないことが起こりすぎて、ちょっとことじゃ驚かないとアタルは高を括っていた。だが、そのあとに続く美幸の声は、真剣そのものだった。


『アタル君は、知ってる? かつての天幻戦争で、人類が勝ち取った〝五つの白星〟のことを』


「それぐらい僕でも知ってるよ。大戦の中で、人類が撃滅した妖精たちのことだろう。それで、そのことが剣の秘密にどう関係しているんだい?」


『……その剣には、〝エルバザルド〟の生体情報が組み込まれてるの』


「なんだって!?」


 思わず、アタルは大声を出しそうになった。だが、すんでのところで吞み込んでこらえた。そうでもしなければ、すぐに新島が突っ込んでしてくるだろう。


 〝赤空しゃっくう〟エルバザルド。

 天幻戦争中、人類が二番目に倒した妖精の名前だ。地中海に陣取り、ヨーロッパと北アフリカで猛威を振るった妖精は、二週間にもわたる殲滅作戦によって、ついに力尽きた。

 だが、人類側の損耗も絶大だった。作戦の中心を担った北大西洋条約機構N A T Oは、その戦力の半分をエルバザルド討伐に費やした。そして、フランス海軍の原子力空母と心中するように散ったエルバザルドの壮絶な最後は、今でも語り草になっているほどだ。

 そんな後世に残る、〝伝説の妖精〟の生体情報を組み込んた武器が、この世に存在するとは、驚きだ。


『驚いたでしょ。私も、レイラさんの武器の秘密が知りたくて、調べていたら度肝を抜かれた』


「だけど……、なんでそんな武器が存在して、それを彼女が持っているんだ」


『私も、あまり詳しい事は掴めなかった。でも辛うじて分かったことは、その武器が、アメリカ国防高等研究計画局D A R P Aにいたグローフリート博士が作ったということだけ』


「グローフリート博士……」


『レイラさんの、お父さんだよ』


 アタルもいた東洋航空210便に搭乗し、亡くなった父の形見をレイラは受け継いでいた。そう思うと、またしても胸が痛くなった。だが、今は感傷に浸っている場合ではない。


「確かに、それなら威力としては申し分ない。だけど、僕にはこの武器は使えないよ」


『どうして?』


「だって、持ち主の使用許可がなければ、起動すらできないじゃないか。しかも、それが強大であればあるほど、より強固なセキュリティが設定がされているはずさ」


 幻闘士ファンタジスタの武器は、誰それと使えるものではない。間違って一般人が使えないように、使用するにあたっては認証が必要になる。アタルの拳銃が他人にも使えないように、彼女の武器も自由に使用することができない。たとえ新島の前で振り回したって、持ち主の許可がなければ、それはただの鉄塊に過ぎない。

 そして、当のレイラは意識不明で病院で治療を受けている。アタルが使用許可の申請を出したところで、それに気づくことができるのは、数日後だ。


『アタル君、何か忘れてない?』


「何を?」


『君は、誰かと積極的同期アクティブリンクしている……つまり、アタル君とレイラさんは、まだなの』


 その時、アタルはあることを思い出す。

 レイラを救急車に乗せた後、彼女のサポートAI、ヴィラルは言っていた。彼女は、ヴィラルにアタルへの協力を取り付けていた。もしかすると……。


「マナ!」


『はいなのです! どうされました、ご主人様?』


「今すぐヴィラルに、爆刃剣ニーズヘッグの使用申請をするんだ!」


『了解なのです! 少々、お待ちくださいなのです!』


 数秒、アタルは待つ。やがて、積極的同期アクティブリンクを通して、ヴィラルからの回答が返ってきた。


『ヴィラルから、爆刃剣ニーズヘッグの使用許可が下りました! 制御ドライバをインストールするのです!』


「よしっ!!」


  レイラの剣をこの場に持ってきたのは、アタルの意図しない偶然だった。だが、そうであっても思わざるを得ない。彼女は、アタルが新島と戦うことを予期していたと。

 そして、すべての障害は取り除かれた。あとは、アタル自身の問題だ。

 剣もろくに握ったことのない自分が、新島と渡り合えるだろうか。だが、剣を握ったことがないのは、新島だって同じはず。だとすれば、素人同士の斬りあいで、勝負を分けるとすれば、それを扱う者の覚悟と、得物の性能でしかない。


 意気揚々とアタルは、レイラのライフルケースから、爆刃剣ニーズヘッグを取り出す。折りたたまれたままの刀身は、夕日を浴びてキラキラと輝いていた。

 剣を片手に、新島のもとへと急ごうとした時だった。


『待って! これから……、新島先生と戦うんでしょ』


「そうだけど」


『だったら、覚えておいてほしいことがあるの。その剣の使用には、どうやら制限がかけられているみたい』


「どういうことだ?」


『剣の出力に対して、安全制限がかけられている。しかもそれは、持ち主による音声パスワードでしか解除できないものになってる。さすがの私でも、レイラさんの声のサンプリングがなければ、それを解除できない』


「だったら、現状どれくらいの力を出せるんだ?」


『……最大出力の六十パーセントまで』


 それを聞いて、アタルはレイラの引き起こした爆発を思い浮かべる。もしあれが、最大出力ではなくとも、十分な威力だ。


「問題ない。それじゃあ……」


『アタル君、最後にひとつ! レイラさんが最後に出した最大出力は、直近の二撃だけ。その出力は……


「じゅっ、十パーセント!?」


 そこで、美幸との通信は切れてしまった。

 ……あり得ない。あの爆発の威力で、フルパワーのたった十分の一とは信じがたい。しかも、制限いっぱいまで出力を上げても、あれの六倍の爆発を引き起こせるというのか。


 ぞわりと、アタルの背筋が震える。冒頭、美幸が言った〝妖精すら倒しうる〟との触れ込みは、あながち間違いではないのかもしれない。

 なぜなら、あのエルバザルドの力が組み込まれているというのだ。この武器は、〝毒を以て毒を制す〟、そんな理念に基づいて開発された代物なのかもしれない。力を使うに当たっては、細心の注意を払わなければならないだろう。下手に力を解放して、自分まで粉みじんになってしまっては、元も子もない。


 だが、これ以上ない、最高の味方でもある。


     ××


「なっ、なんだ、その剣は……」


 見たことのない武器を目にして、新島はアタルへの突撃を少しだけためらう。だが、すでに最高速に達した勢いは、すでに止めることのできない領域に入っていた。それでも、多少のダメージはやむをえまいと、新島はそのまま幻想子ファンタジウムの剣を振り上げた。

 対して、刃を展開しきったニーズヘッグを構え、アタルは迎撃態勢に入る。


(新島を打ち負かすには、この剣の本当の威力を知らない間だけだ。それ以降は警戒され、何か新たな手を打ってくるかもしれない。ひと振りで仕留める覚悟で行くんだ)


「くたばれえぇっ!!」


 振り下ろされた新島の結晶の剣と、それを受けるアタルの爆刃剣が交錯したとき――。


 凄まじい爆音と閃光が、アタルと新島の間に炸裂する。そのあまりの衝撃に、両者は互いに、その場から五メートル以上吹き飛ばされた。


「ってて……」


 弾き飛ばされた衝撃と、両手に伝わるビリビリとした痺れに、アタルは顔をしかめた。それでも、確かな手ごたえを感じていた。

 それもそのはず、ニーズヘッグは、新島の剣を跡形もなく砕き割った。そして、頑丈に固めた幻想子が、あっけなく壊されたことに、新島は驚きを隠せなかった。


「その剣は……、そうか、あの女のものだな」


 アタルの持つ剣の正体を、新島は理解した。それは、学校の屋上でレイラから聞き出した剣の特徴と一致している。

 だが、その剣の対策を、新島はすでに肉塊の幻獣で織り込み済みだった。要は、爆発を食らっても、すぐに再生すればいい。幻想子の剣を砕かれようとも、新島には幻人を超える再生能力がある。頭から真っ二つにでもされない限り、元通りだ。


「次から次へと小細工をろうするが、一貫して貴様が有利になったことはないぞ!!」


「さあ、そいつはどうかな?」


 痛みを頭の片隅へと追いやり、アタルはしたり顔を無理やり作った。

 それでも、新島はアタルの表情を単なる強がりと受け取る。限られた手札カードの中でできる最大限のはったりブラフであると。

 そうして、新島は幻想子の結晶を空中に集め始める。下手にアタルと接近戦をするよりは、結晶を飛ばして体力の消耗させたほうが、あとあと楽に始末できる。

 だが、新島の作戦をアタルはすでに見抜いていた。


 新島が小さな破片のような結晶を飛ばす寸前。アタルは背中から何かを取り出すと、思いっきり新島に向かって投げつけた。黒くて細長い何かは、くるくると回転しながら、一直線に向かっていく。

 アタルが投げたのは、もう一つの拳銃、フリージング・ポルクスの弾倉マガジンだった。中にはまだ、たっぷりの反幻想子アンチ・ファンタジウムが詰め込まれている。

 そして、アタルは右手に持ったブレイジング・カストルで、たったいま投げつけた弾倉を撃ち抜いた。外装に傷が入った弾倉は、封入した反幻想子の高圧力に耐えきれず、弾けるように砕け散る。そして、煙幕のように噴出した反幻想子が、新島の視界を覆った。


「くそっ!!」


 不意を衝かれた新島だが、出遅れながらも煙幕の向こう側にいるアタルに向けて、無数の結晶を放つ。

 新島は、アタルがまたしても逃亡を図ったと確信していた。今まで何度も隠れては不意打ちを仕掛ける戦法に、先ほど見せた強がりの表情。それは、真正面から対峙する力のない雑魚が、生き残るための苦し紛れの策でしかない。


「またしても、姿を隠すか。戦法がワンパターン過ぎて、そろそろ飽きてきたぞ」


 そう言ってから、新島が一歩踏み出したときだった。

 目の前の反幻想子の煙幕が、ぱっと二つに裂けた。そして、その裂け目からは、たくさんの切り傷を負ったアタルが勢いよく飛び出す。

 アタルは逃げなどしなかった。それどころか、相手に気付かれないよう結晶が飛び交う煙幕の中を無理やり突っ込んだ。生身の肉体と急所には最低限当たらないよう、剣でかばいながらも、それ以外はノーガードで走り抜けた。


「なんだとっ!?」


 反撃しようにも、時すでに遅し。剣を振りかぶったアタルは、思いっきりその刃を新島へと振り下ろす。その軌道は、新島の首筋を確実に捉えていた。

 だが、新島は両腕を左右に突き出して、首を刎ねられないよう防御する。さらに、念には念を入れて、両腕を幻想子で覆い簡単に切り落とされないようにする。

 振り下ろしたアタルの剣は、新島の左腕に食い込む。だが、幻想子のガードは砕いたが、腕を切り落とすことはできなかった。これから、ニーズヘッグの爆裂が起動する。このまま腕を破壊したところで、再生できる新島には大した損害はない。

 ほくそ笑む新島を目の前にして、アタルは思い切った行動に出た。


「マナっ!! ニーズヘッグの出力を、三十パーセントに引き上げるんだ!!」


『了解なのです! ニーズヘッグ、出力上昇、爆裂します!』


 一瞬だけ、アタルは手に持っていたニーズヘッグが、震えたような気がした。ただ、その次に感じたのは、目が焼き付くくらいに眩しい一閃と、服が焦げ付くほどの熱線だった。そして、荒れ狂う衝撃波が、アタルの体を明後日の方向へ突き飛ばす。空中で何度か回転しながら、アタルの体は地面の上を転がっていった。


「いっ、ってええぇぇ…………」


 アタルの想像以上の爆発を、ニーズヘッグは引き起こした。

 だが、そのあまりの威力に、使用者であるアタルも無事では済まなかった。間近で響いた破裂音が、頭の中で何度も繰り返され、両手は爆発の衝撃で痺れを通り越して、感覚がなくなっていた。そして、地面に叩きつけられたダメージで、しばらく動けそうにない。


 痛みに呻き、うずくまりながらも、アタルは地面を這いながら、立ち上がろうともがいた。幻想人ファンタジアンの新島の様子が気になるところであるが、視界は涙で霞み、正常に体を動かせるようになるまでは時間を要した。

 やっとのことで、アタルよろよろと立ち上がる。幻想子でできた、仮初の手足は何ともないが、本物の肉体は限界を迎えつつあった。歪んだ己の体を呪いながらも、アタルは周囲を見渡した。


 アタルと新島が戦った爆心地は、地面が焼けこげ、浅いクレータができていた。そこから、アタルは十メートル以上も離れた場所に立っている。恐るべき威力だ。だが、使った人間にここまでダメージを与えるのは、武器としては欠陥品である。


(こんなものを、彼女はいつも振り回していたっていうのか……)


 アタルのすぐそばに、爆刃剣ニーズヘッグは転がっていた。よろよろとした足どりで近づくいて、アタルは剣を拾い上げた。あれほどの爆発を発生させても、その外見には傷ひとつついてない。


『反幻想子をチャージします。使用可能になるまで、およそ三分!』


 マナのアナウンスが流れるとともに、アタルはハッと我に返る。


(そうだ、新島はどこに行ったんだ?)


 きょろきょろと、アタルは瓦礫の処分場を見回す。おそらく、自分と同じように新島もどこかに吹っ飛ばされたのだろう。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あああッ!!!! よくも、よくもこの私を……」


 瓦礫の山の中から、新島が姿を現す。だが、その姿は最初に対峙したときから変わり果てていた。

 アタルの攻撃が命中した左腕は、根元から消失し、顔の左半分は爆風によって、皮膚が焼けただれていた。それは、なんとも醜く、おぞましい姿だった。

 目を剥きながら新島は、アタルを睨みつける。そうしているうちに新島の体は、徐々に再生していく……はずだった。


(……なぜだ、なぜ再生しないんだ?)


 もうすでに、腕は元通りになっていても、おかしくないくらいの時間が経っていた。だが、いつになっても、皮膚の一つも再生することはなかった。

 慌てた新島は、右手の親指の先を噛みちぎる。もしかしたらと、自身の再生能力の限界が来たのか確かめるためだった。ほどなくして、新島の親指はもとに戻った。やはり、あの剣によって受けた傷だけが再生しない。


(再生、しないのか?)


 アタルは手に持った剣に視線を落とす。

 特に何もしなていないのに、新島の再生能力を奪ったのは、この剣の持つ力だった。正確に言えば、ニーズヘッグではなく、であったが、アタルには知るよしもない。


(――勝てる)


 新島の慌てぶりを見たアタルは、その時はじめて、勝利への道筋を見出す。

 自分もダメージを食らうリスクもあるが、それ以上の威力をこの剣は持っている。だが、次にニーズヘッグが使えるようになるまで三分。その間、新島の攻撃を耐えて、さらに剣が届く間合いまで距離を詰めなければならない。さっきみたいに、相手の不意を突くような手立ては、アタルにはもうない。


 だったら――、今度こそ真正面から受けて立つしかない。


 決意を胸に、アタルは爆刃剣ニーズヘッグを地面に突き刺した。そして、背中のホルスターから、弾倉の込められていない二丁の拳銃を取り出した。


「マナ、カストルとポルクスの、すべての〝リミッター〟を外すんだ」


『了解しました。ブレイジング・カストル、およびフリージング・ポルクスのすべての安全ロックを解除! 無制限アンリミテッドモード、起動します!!』


 アタルが告げたところで、両手にもった拳銃から、照準器を含んだ幾つかの部品が分離パージされた。そしてアタルは、目の前に立ちはだかる〝標的〟へ、二つの銃口をゆっくりと向ける。


「今度こそ、貴様を殺す。これで、終わりだああああああああああああぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 新島はありったけの力を使い、幻想子の結晶をアタルに浴びせかかる。今度の結晶は、今までと違い、一つひとつが大きく、頑丈で、鋭いかえしがついている。

 だが、アタルは動じなかった。大きく息を吸い込み、脈拍を整えながら、その時を待っていた。


≪Get Ready…………≫


〈光学機器の分離――完了〉


〈放熱フィンの展開――完了〉


〈射撃レートの上限解放――完了〉


〈威力調整弁、常時開放――完了〉


〈制御プログラムの最適化――完了〉


〈すべての補助機能の無効化――完了〉


〈反幻想子の出力、最大MAXまで引き上げ――完了〉


〈反幻想子の残弾数――無限


≪Go! Fantasista!!≫


「――無尽弾雨インフィニティ・バレットレイン


 二つの拳銃の引き金に、勝利への無限の思いが込められる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る