8-1:神代アタルと黒鉄充

「そんな……嘘、でしょ…………」


「嘘ではない。ここに、真実を知る証人がいるのだから」


 レイラは全身から力が抜けていくような気がした。するりと、持っていた両手剣が手からすべり落ちる。ガラン、ガランとけたたましい音が室内に響くが、やがてそれは無に等しい静寂へと移り変わっていった。静まり返った部屋には、不規則な彼女の息遣いだけが、わずかに聞こえるぐらいだった。


「…………………………………………………………………………………………」


 アタルは、肯定も否定もせず、ただ沈黙していた。

 アタルとレイラ、互いにかける言葉はなく、部屋の中は重苦しい空気で満たされていた。だが、それを好まない人物がこの場にはいた。


「君の抱えた痛みは、当事者ではない我々には到底、うかがい知ることはできない。だが、あたる君。君はあの事件を引き起こしたを憎んでいるだろう?」


 岩森の言う奴らというのは妖精のことだ。もっと正確に言えば、それはだ。


     ××


 ――その事件は、世界を再び大戦へと引き戻しかけた。


 当時、北太平洋には〝幻夜城〟と呼ばれた妖精の住まう城が洋上を浮遊していた。原理は不明だが、空中に浮かぶと呼ばれる構造物に妖精たちは住み着いていた。通常、あるじたる一体の妖精が城を治め、人類やほかの妖精も含めた一切の何者も寄せ付けることなどなかった。よって、彼らが城の中で日々をどのようにして過ごすかなど、知るよしもない。

 数ある妖精とその居城の中でも、幻夜城だけは他と様相が異なる。城に暮らすは〝妖精王ゼロウス〟とその娘、オフィーリアとミリーナ。つまり、ひとつの城に三体の妖精が暮らしてたということになる。


 マンハッタン条約の締結後、妖精たちは王であるゼロウスの統治の下で人類との争いを起こすことなく、調和を保っていた。無論、妖精たちの中でもゼロウスのやり方に反発する者もいたそうだが、おもだって敵対的な行動に走るものはいなかった。

 ゼロウスが何を思い、人類との和平に進んだのかは誰にも分からない。ただ、事実として人類と妖精にはつかぬ間の平和がもたらされた。


 しかし、妖精王ゼロウスの治世が長く続くことはなかった。それも、最愛の娘、オフィーリアによって殺されるという最悪の結末で。

 なぜ、そのような結末になったのか、真相はいまだ解明されていない。一説によると、オフィーリアは人類との徹底抗戦を主張するタカ派だった。そして、和平を保とうとする父ゼロウスとの対立の果てに、凶行に及んだといわれている。


 ……狂精きょうせいオフィーリアによる父親殺し。それだけなら、妖精内の内紛で済むはずだった。だが、事件はそれだけで終わることはなかった。


 


 玉座にてこと切れたゼロウスの亡骸なきがらと、父の血にまみれた武器を持ったオフィーリア。その惨憺さんたんたる光景を、ゼロウスの娘であり、オフィーリアの妹であるミリーナが目の当たりにしてしまったことだ。

 性格はたがえど、姿かたちは瓜二つ。父を殺し、殺され、遺された双子の姉妹は互いに憎みあい、血で血を洗う死闘へと発展。そのあまりにも激しい戦闘は、空に浮かぶ幻夜城を崩壊させ、海の底へと沈めるほどだったという。

 人類のあずかり知らぬ間に続いた、何日にもわたるオフィーリアとミリーナの殺し合いは、やがて人類にも惨劇をもたらす。


 ボロボロになるまで、殺しあった双子の妖精。その決着間際での出来事だった。

 蒼空の下で対峙するオフィーリアとミリーナの渾身の一撃がぶつかり合った刹那、不幸にも、239人を乗せた羽田発、グアム行きの東洋航空210便が、近くの空域をたまたま通りかかったのだ。

 長き死闘の決着は、ミリーナが勝利を収めた。だが、死に際に放ったオフィーリアの一撃は、あろうことか239人の乗る飛行機に着弾。乗っていた乗客もろとも、飛行機は太平洋へと散っていった。


 —―のちにこの事件は『オフィーリアの乱』、『東洋航空210便墜落事件』と呼ばれることになる。

 

     ××


「……娘が乗っていた飛行機は狂精オフィーリアの攻撃によって、墜落した。たかが、妖精の身内の争いによって、何の罪もない238人の命は一瞬にして、海の中へと消えっていってしまった。だが、君はあの事件を奇跡的に生き延びた。まさに神が救いの手を差し伸べたとしか思えない」


「…………あんた、なんで僕があの事件の生き残りだって知ってんだ? 僕のことを知るのは、僕の家族と、事件当時の総理大臣、官房長官、防衛大臣、幻災対策庁長官。そして、ごくわずかに限られた人間だけの超極秘事項だ」


 岩森の熱の入った声とは対照的で、アタルのは抑揚がなく、何の感情もこもっていなかった。

 アタルの頭の中は空っぽだった。他人、しかも対立する相手に自分の過去を知られ、さらには何も知らないレイラにそれをさらされた。目立つことを極端に嫌がるアタルの性格は、この過去ゆえの自己防衛からくるものだ。

 だが、その強固な防衛はたった今、崩れ去った。その時何をすればいいのかなど、何も考えていなかった。いや、本当は考えたくなかったのだ。


 ――誰かに僕の過去を知られたくない、知られるはずなどない。

 もし、誰かが僕に興味を持てば、きっとその人はもっと僕のことを知りたくなる。そしたら、いつかこのことに気づいてしまう日が来るかもしれない。そこから、伝染していくように多くの人が僕の存在を知ることで、SNSで誹謗中傷したり、同情を装って利用しようとするだろう。それで僕が不幸になるだけなら構わない。だけど、僕のせいでこれ以上、家族に迷惑をかけたくない。


「我々の情報網を侮るなかれ。情報というのは、それを知る人間がいる時点で必ず、どこかから漏れるものだ」


(—―かなわないな)


 諦めるかのように、アタルは大きく息を吐く。

 部屋の中の空気はより一層、重さを増すような感覚がした。抵抗しようにも、相手が巨大な組織とあっては、自分に勝ち目などないように思えた。そう思った途端、体の中から力が抜けていくようだった。

 だがまたしても、部屋に漂う雰囲気を壊すかのように、岩森はポンッと手を叩いた。


「レイラ君、そして充君。私と君たちは『東洋航空210便』という悲劇で互いに繋がっている。奪われた家族、決して癒えぬことのない心の傷、私たちは奴らに人生を狂わされた被害者だ。そうなってしまった原因は、腑抜けた政治家どもが結んだマンハッタン条約によるものに他ならない! そして、今こそ、マンハッタン条約を破棄し、我々の大切なものを奪った憎き妖精たちに復讐を!!」


 アタルとレイラをこの場に呼び寄せた理由、それはふたりを組織に招き入れるために他ならなかった。

 誘いの言葉を述べ終えた岩森は、アタルとレイラに良い答えが聞きたいとばかりに視線を送った。

 しばしの沈黙、先に口を開いたのは、やはりレイラだった。


「あたしは……あんたの言うことに同意なんてしない。あの事件、オフィーリアに奪われたパパとママはもう戻ってきやしないことは分かってる。もちろん、パパとママを奪った妖精は心底憎い。だけど、また妖精たちと戦争すれば、今度は今まで以上に、たくさんの人たちに悲しみや憎しみをもたらす。……それじゃ、誰も救われないじゃない。あたしは、もう二度とそんな悲劇を繰り返さないために、幻闘士ファンタジスタになった。幻災や人びとを傷つけようとするものから、私たちのような悲しみを生まないために。あたしの力は、戦争や復讐の道具なんかじゃない、人びとを守るためにあるの!!!」


 両手をギュッと握りしめ、レイラはありったけの力で叫んだ。心の底から吐き出した声は、一切の震えなどなく、重苦しい部屋の雰囲気をふき飛ばす。そして彼女は、地面に落とした両手剣を拾い上げると、再び岩森に向けて構えた。それが、岩森の誘いに対しての彼女の出した答えだった。


「……残念だよ。君はもっと感情を優先させるタイプかと思っていたけど、どうやら違ったみたいだ。まあいい、私の本命は君ではない。……さあ、どうかね? 答えを聞かせてくれないか、あたる君?」


 レイラには目もくれず、岩森は期待を込めた熱い視線をアタルに注ぐ。対して、アタルは岩森の手が置かれた右肩に熱を感じた。

 岩森が自分を利用したいのはわかっている。だが、それを明確に拒絶する気持ちが湧かない。どうにでもなれという、諦めの感情が心を支配していた。


「そんな奴の言うことなんか、聞かなくていい!」


「君は黙っていろ! これは私と彼のやりとりだ、部外者が口を挟むな!!」


「くっ……」


 岩森の荒々しい声と剣幕に押され、口をつぐむレイラ。そして、いまだ答えを出せずに、沈黙を貫くアタル。


あたる君、何も私は、君に今すぐ何かしろというわけではない。組織には私と同じように妖精によって傷つき、奪われた者がたくさんいるんだ。君が組織に加われば、彼らは大いに勇気づけられる。どうかね、君の存在がたくさんの人を支え、奮い立たせる。それは、世界にたったひとり、君にしかできないことだ」


 優しげに、そしてさとすかのように、岩森はアタルの耳元で囁く。甘い誘惑は、アタルの静まった心にさざ波を立てた。


「僕にしか、できない……?」


 アタルの反応に岩森は思わず、ニヤリと口元を歪ませた。そしてすぐさまアタルの正面に回りこむと、両手を肩に置き、今まで以上に真剣な表情でアタルの瞳を覗き込んだ。


「そうだ、これは君にしかできないことだ。娘を失い、抜け殻のような私を立ち直らせたのは、同じような痛みを抱えた同志たちがいたからだ。それから互いの痛みを共有し、支えあいながら、前に進んできた。ぜひ、君も彼らに会って彼らの言葉を聞いて欲しいし、君も胸に秘めた気持ちをさらけ出してもらいたい。そうすれば、君と私たちは、再び前に進める」


 有無を言わせない岩森の主張に、心が揺らぐ。彼らは妖精によって、傷ついた人たちだ。ならば、その元凶である妖精に憎しみをぶつけるのは当然ではないか。ましてや、それを否定したりすることなんか、誰にもできない。

 底のない、深い沼にアタルは足を取られた気がした。


「目を覚ませ!! 神代アタル!! そいつは、妖精を殺すためにどんな手だって使う。たとえ、何の関係のない人々が大勢犠牲になっても、きっとそんなことは気にしない! 分かるでしょ、この前の同時多発幻災。あのとき現れた幻獣はすべてこいつらが放ったものよ!」


「チッ…………」


 鬱陶しげに岩森は舌打ちする。その時、アタルは岩森の表情の中に影が潜んでいることに気が付いた。先ほどまでの岩森の弁舌は、砂糖でコーティングしたかのように、言葉の一つひとつに甘い誘惑を感じさせるようだった。それは、真実を覆い隠し、聞く者の心まで支配する催眠術。途端、アタルは岩森のまやかしに耳を傾けたことを愚かしく思えた。

 負の感情の沼から、片足を引き抜きつつあるアタルに、レイラはさらに言葉を重ねる。 


「アタル、よく聞きない。あたしとあなたはきっと、似ている。あたしも、自分の過去や正体を知られるのが嫌いで、怖くて、向き合うことから逃げてきた。レイラ・グローフリートと名前を変えたところで、あたしは月宮つきのみやの人間。それは否定したって、変わることのない宿命よ。過去は変えられない、だけど、大事なのはこと。過去から逃げんじゃない、未来を変えるための力に変えるの」


 ふっ、とアタルは笑みをこぼす。レイラの言ったことがおかしいのではなく、彼女の言うことに、今まで気づくことができなかった自分が情けなかった。


「僕と君は似ている……か。ま、似ていても相性は最悪だけどね」


「ちょっと!! そんな恰好で余裕ぶってるんじゃないわよ!」


 そうは言うものの、アタルが顔を上げて彼女の顔を確認すると、レイラの顔は再び笑顔を取り戻していた。優しくて温かい、凍りかけた心も自然と溶けてくような笑顔だ。

 だが、その様子にいらだちを隠せない人物、岩森は大きくため息をついた。立ち上がり、お手上げだとばかりに首を左右に振る。これ以上は、時間の無駄とばかりに。


「どうやら、君たちとは相容れないようだ。まったく、とんだ無駄足だったよ。こんな結果になるのは私としても、遺憾ではあるがね」


 ――チクリ。


 アタルは、首筋に何かが突き刺さるのを感じた。この感覚はつい最近、経験したような痛みだった。


「ちょっと……何してるのよ……」


 目の前のレイラには笑顔がなく、その顔は恐怖と驚きで固まっていた。


「仕方ないだろう。我々の存在と目的を知ってしまったうえに、仲間になることも拒否したのだから」


「やめなさい……お願い、やめ――――」


 容赦も、躊躇いもせず、岩森は慣れた様子で注射器のボタンを押した。


 プシュッとした音とともに、冷たい何かが首筋に広がっていくのを感じる。すると、なぜかは分からないが、時間がゆっくり進んでいくようだった。レイラが必死の形相でこちらに駆け寄ってくるが、スローモーションみたいにその動作は緩慢としていた。


(僕に、いったい何が――――)


 ドクン!!


 心臓がぜるように鼓動を刻みだす。あまりの激しさにに、まともに呼吸などできはしなかった。息苦しさとともに、胸の中心に強烈な熱を感じる。


「ああ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 万力で徐々に締め上げられるような苦しみが全身に広がり、体内をめぐる血管に針を流し込まれたような鋭い痛みがアタルの体をむしばむ。常人には到底耐えられない、地獄のような責め苦に、無意識に獣のような咆哮を上げる。体はパイプ椅子に縛り付けられているにもかかわらず、飛び跳ねるような勢いと激しさで身悶えていた。


「アタル! しっかりして!!」


「—―—―—―—―—―—―—―—―—―」


 レイラがそばに駆け寄って声をかけるが、アタルの耳には届かない。激しく体を揺さぶりながら、唸り声を上げるアタルの苦しむ様子は目を背けたくなるほどのものだった。レイラが必死でアタルを抑え込もうとするも、それ以上の力で抵抗されてどうすることもできなかった。


「どうすれば――」


『お嬢様、残念ながらアタル様に何が注射されたのか不明である以上、手の施しようがありません……』


 ヴィラルが冷静に事実を告げるも、レイラはそれを受け入れたくなかった。何もできない無力さと悔しさで、涙が頬を伝う。

 このままだと、アタルは知性を完全に失った幻人になるか、脳死する二択だ。どちらにしろ、人間としては死ぬことしか残されていなかった。


「なんで、こんなことに……」


 ふと、ある考えが脳裏をよぎる。

 このまま苦しんだ果てに、彼は死ぬことになる。だったら、自らの手で彼を苦しみから解放したほうがいいのではないか。人間として死なせてやる、そのほうが彼にとっては救いとなるのではないか。

 震える手がするすると、アタルの首へと伸ばされる。やがて、彼の首に白い指が恐る恐る巻きつき、ゆっくりと力が込められていく。


『お嬢様! 何を――』


 アタルの首が、完全に締まりかけたとき、ぼろぼろと涙をこぼしながら、レイラはがっくりと膝をついた。


「ごめんなさい、こんなの…………できるわけ……ない……じゃない……」

 

 しゃくりあげるように、レイラがこぼした時だった。

 それまで、苦しみにうなされ続けていたアタルのうめき声がぴたりと止んだ。それと同時に、今までもがいていた彼の体は糸の切れた操り人形のように、動かなくなっていた。


「アタルっ、どうしたの! ねぇっ!?」


 レイラが急いで、アタルの顔を覗き込むと、彼女の顔は恐怖に凍てついた。

 アタルは目を閉じ、鼻血を垂らしながら、動かなくなっていた。


「いやっ……嫌よ、そんな、ウソよ……」


「若いだけあって、だいぶ時間がかかったな。さあこれからだ、彼が新しい存在へと羽化するのか、はたまたさなぎのまま死を迎えるのか……」


 背後で聞こえる、岩森の声。

 もう、レイラは何も考えなかった。傍らに落ちた爆刃剣をとっさに拾い上げると、勢いそのままに岩森へと斬りかかった。


「おっと!」


 レイラの一撃を岩森はひらりと躱す。岩森は、彼女の太刀筋に混じりけのない殺意をすぐさま感じ取った。


「殺す……絶対、あんたを……殺す」


 限界を超えた怒りで、レイラの視界は狭まっていた。その中心に捉えるは、岩森流厳。

 だが、岩森は慌てることはなかった。やれやれとばかりに顎を掻いた後、両手をだらりと垂れ下げた。その姿は無抵抗そのもの。

 平常時のレイラなら、いくら何でも無抵抗の人間を斬ることなどしなかった。だが、今は状況が異なる。殺意と憎しみで満たされた彼女に、そんなことを思う余裕などあるはずはなかった。


「はああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 大きく振りかぶり、一歩踏み込んでからの袈裟斬り。続いて、左から右への横一文字。そして、相手の胴目がけての突き。流れるような動作で繰り出した連撃は、虚しくも岩森の体をかすめることなく、空をきる。それでも、レイラは止まらない。再び剣を構えると、岩森目がけて突っ込んでいった。


「死ねえッ!!」


 岩森の首筋を狙った薙ぎが何かをとらえた衝撃が手に伝わる。しかしそれ以上、刃が前に進むことも、戻ることもなかった。


「君の相手をするのは……、私ではないんだがね」


 左手でレイラの剣を掴んだま、岩森は大きなため息をつく。岩森に掴まれた刃は、レイラが渾身の力を込めても、びくともしないほどの力で押さえつけられていた。


「あんた、いったい何者――」


 言いかけたときだった。突然、左肩に強烈な衝撃を受けたレイラは、後ろに向かって吹っ飛ぶ。突然の出来事に、彼女の頭は何が起こったのか認識できなかった。

 だが、吹っ飛ぶ最中に捉えた岩森の姿は、直前のものとは違っていた。腰を低く落とし、右手をまっすぐ前へと突き出した構え――掌底だ。同時に、かすかな微香が彼女の鼻をくすぐった。それは、柑橘系の爽やかな香り。


(この匂い、どこかで――)


 思い出そうとしたところで、彼女の体は地面に叩きつけられる。勢いそのままに、ごろごろと地面を二、三回転がったところでレイラの体は止まった。岩森から受けた掌底で左肩が外れかけたが、何とか動かすことはできる。だが、レイラは肉体以外にも精神的なダメージを負わされていた。

 手加減。岩森が放った掌底は、レイラの内臓ではなく、わざと骨のある左肩を狙っていた。体を吹き飛ばすほどの掌底だ。内臓に受けていたら当然、破裂していただろう。だが、岩森はあえてそこを外した。いつでも殺すことができたといわんばかりに。


「ゲホッ、ゲホッ……よくも……」


 手加減という屈辱を受けてなお、立ち上がろうとするレイラ。だが、岩森は余裕とばかりに左腕に嵌めた腕時計を眺める。

 よろけつつ、再びレイラが剣を構えたときだった。建物の壁が凄まじい音を立てながら、崩れ始める。同時に、がズルズルと這うように建物内へと滑るように侵入してきた。


「やっと目が覚めたか……喜べ、レイラ君。ここからは私に代わって、が君の相手だ。しかも、こいつは君のために用意した特注品だ。存分に楽しみたまえ」


 けたたましく鳴り響く、警報アラート音。ヘッドセット越しにヴィラルの危急を告げる声が聞こえる。


『お嬢様、今すぐここからお逃げください! 《二等級クラスツー》の幻災警報です!!』

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