ネタ
影宮
彼女は人殺し
目の前を血飛沫で彩られても驚くこともしなかった。
冷静に死体となった人間を見下ろしていた。
周りの誰かが叫んでも、周りの何かが壊れても、それは風景と雑音に過ぎなくて。
注目すべき対象でない背景の一部となったそれらにいちいち目を向ける必要は無い。
ただその背景が重要になるのは、今じゃないだけだ。
包丁を手に持っていようが、銃を両手に抱えていようが、それもまたどうでもいい。
今重要なのは、『人が殺された』というたった一つの情報だけだった。
多くの目がそれに注目し、そしてその次に重要になったのは、『人を殺した人』であること。
犯人と被害者がそこに在るだけで完結される場面。
ここに警察がパトカーでサイレンを鳴らしながら到着することはありえなかった。
この正解に善悪は無く、人を殺してはいけないというルールもない。
弱肉強食だと表せばしっくりくる。
殺されたくなければ逃げればいい。
殺したければ追い掛けてでも殺せばいい。
命の重みは何処にもない。
軽くなった命を抱えて誰もが疑心暗鬼になり、脳内がおめでたい人間が先に殺されていく。
絶対的な信頼関係を築いた男女が、新たな命を産み出すことによって、人類が滅ぶことが多少遅れたのだとしても、それもどうでもいい。
そこに立つ『人殺し』は血塗れた制服を着たまま短い刀を逆手に持ったまま振り返った。
目が合った者から殺すような人ではないらしい。
きっと彼女を不快に思わせた人間が死ぬのだろう。
そこら辺に死体がゴロゴロと転がっているのも普通で、殺し合いにさえ興味が無い極一部の人間は死体回収を趣味としていたりする。
彼女は死体を提供する側であり、非力ではないからこそ殺される側でもない。
彼女は有名人なのかもしれない。
周囲の人間が危ない人間から排除しようと一致団結したところで、彼女は死なない。
そもそも排除しようという思考からして同じ類に属している危ない人間なのだ。
人を殺してはいけないという昔の暗黙の了解にさえなっていたそれは崩された。
自己中心的に欲深く息を吸うことを、当たり前化し、それに怯えた人間は何処かに身を隠すか、外国へと逃げていくのだ。
案外女性や子供、老人が多く殺されるのではないかと思っていたが、男性よりも女性の方が賢いのかもしれない。
多くの経験から知恵を絞り出す老人もなかなかやる。
子供はその若さで怖いもの知らず。
早いうちから人間を殺す方法を遊びで覚えていった。
弱い者は誰かに守られるか逃げ惑うことでしか生きていけない我が国、日本では処理しきれない死体の山がどんどん増えていき、それを海に放り投げることによって、死体の陸さえ出来上がった。
人肉を食べる人間もいるが、そいつは寄生虫によって命を失うことが多い。
目の前で人殺しがあることも、日常風景になった我ら日本人は驚くほどくだらない理由で多くの人間を殺していった。
常に凶器となる物を持ち歩き、すれ違いざまに殺すことだってあった。
彼女の武器は日本の失われゆく和を魅せつけるように刀を持っている。
短刀というのにも普通に刀というのにも少し違うような気がする。
彼女をスナイパーライフルで観察している僕も『人殺し』。
別に、彼女を撃ち殺す予定はない。
有名人を目で追ってしまうのは昔から人間は変わらない。
そういうことだ。
そんな僕を彼女はしっかりと見た。
僕を目で捉えている。
気付いているんだ。
殺されるはずがないとは言えない。
狙われているとわかったら彼女は僕を殺しに来るかもしれない。
彼女の身体能力を舐めていた。
駆け出す彼女を僕はずっと目で追っていた。
その速さに息を呑んだ。
もう日本では行われなくなったイベント、そうだ、オリンピックだったか、それに出場出来るレベルなんじゃないか。
外国ではまだ行われているらしいが。
壁によって彼女の姿が遮断された。
見失った後も、彼女を探していた僕は馬鹿だった。
「人間観察が趣味?」
背後から声をかけられて振り返れば先程まで目で追っていた彼女が立っている。
刀は鞘にしまっていて、破れたスカートを風に舞わせている。
長い黒髪は同じように風に揺られて、黒いふちの眼鏡越しに僕を見ていた。
「別に。」
表情は無くて、声は冷たかった。
殺意が無いと判断した僕は胡座をかいて座った。
「殺すの、楽しい?」
彼女に問い返せば、空を見上げる。
「楽しいなら目の前の人間全員殺してる。」
それは多分、僕のことを殺していても可笑しくない、ということも含まれていたはずだ。
生死をまともに見ていないような人間ではないと思う。
「ただ、邪魔な害虫を駆除する行為は人間だってするでしょう?」
それが人間ではないのか、と言われた気分だ。
まるで彼女は人間じゃない別の生物にでもなってるんじゃないか。
人を人として見てる目じゃない。
そして、自分を人だという前提の言い方をしてない。
彼女はさも当然だという様子で返答する。
勿論、当然ではあるのだけれど。
「その刀、普通のじゃないよね。」
ちょっと気になったこと。
バグったネットでも画像の一つや二つくらい見ようと思えば見れる。
一度見た画像を思い浮かべれば、刀はやっぱりちょっと違う。
改造でもしたんだろうか。
「私さ、御先祖様が人じゃないから。」
ありえない答えをさらっと言う。
「じゃぁ、何?」
「道具。」
「そんなの嘘だ。」
「嘘じゃない。身分が低かったの。人間に仕える道具。」
彼女は刀を握り締めて僕を睨んだ。
疑うな、とでも言いたげだ。
「わかんない。」
「忍者。」
短く簡潔に正しい答えを述べた。
逆に忍者の子孫に会ったのは初めてだ。
でも、それと刀に何の繋がりがあるのだろうか。
「忍刀って知ってる?普通の刀よりも便利なの。忍者は臨機応変に道具を使うのよ。」
教師が生徒に教えるように丁寧に説明する。
その制服はいつの時のものだろうか。
学校は崩壊、会社なんてものはとおの昔のもの。
制服なんて、着る機会なんてコスプレくらいだ。
コスプレをして人殺しなんて趣味はなさそうだけど。
「私は忍者よ。御先祖様を受け継いで暗殺するの。」
彼女は涼しい顔で夢を語るように言い放った。
馬鹿みたいだと思った。
「暗殺って言わないんじゃないの。忍者なら忍ばないと。」
彼女は鼻で笑った。
「暗殺はしらしめる為にやるのよ。忍者だって目立つのが仕事な時もあるし。馬鹿じゃないの。」
どうやら忍者に関しては彼女の方が知ってるらしい。
彼女は僕の銃を蹴り上げた。
驚く僕を無視して、そのまま銃を地上に落とす。
「何すんだよ!」
「私、忍者なのよ?狡いことだってするわ。」
ニタリと笑んでクナイを取り出した。
もしかすると、彼女は忍者の武器も道具も全部持ってるんじゃないか。
僕を殺す気だったんだ。
そんな雰囲気を殺して、近寄って、隙を突くなんて。
「卑怯だ。」
「忍にとって褒め言葉。」
僕はギリギリまで追い詰めたられる。
このままあと少し後ろに傾けば僕も落ちる。
「あとね、私の御先祖様は戦忍だったの。忍ぶよりもね、戦う方がずっと得意なのよ。」
僕に真っ直ぐクナイを向けて教えるようにそう言った。
恐怖が今更浮き上がって僕を支配する。
「それにね、忍の本領は『騙し討ち』。馬鹿にしないで頂戴。」
てっきりクナイで刺されるのかと思っていた。
けれど、彼女は僕を銃と同じように蹴った。
彼女の蹴りは強くt痛くて、的確にみぞおちに当てていた。
僕は当然、屋上から落ちる。
即死レベルの高さだ。
彼女が見下してくるのを眺めながら、僕は地上に叩き付けられた。
自体が一つ、増えた瞬間だった。
『人殺し』にもヒエラルキーくらいある。
頂点にいる数人の下に従う多くの人間。
その頂点にいたのは間違いなかった。
けれど、その頂点の頂点にいたのは彼女だったんだと僕は落ちながら気付いていた。
彼女は
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