残された3分

@SchwarzeKatzeSince2018

第1話

 今日は香織の上京する日……僕は荷物持ちとの名目で香織についていった。本当は……。いや、それはよしておこう。

 駅に着き香織は特急券を僕は入場券を買い、改札を抜ける。


 「香織、オーディション合格おめでとう」


 改札を抜けきり香織が並んだ時に僕は声をかける。


 「うん! ありがとう! 私の夢だったの!」


 そう香織はもともとアイドルを志望していた。幾つかのオーディションを受けてはいたが、なかなか芽は出ないでいた。

 そんな中なんと某アイドル集団のオーディションを受けて、通過してしまったのだ。

 そう……通過してしまったのだ。でも、僕の本当の気持ちは……。

 ただ、夢に向かっていく香織の姿は輝かしく見えた。それに比べて僕は……。


 「今日は一緒に来てくれてありがとう」

 「いや良いよ。でもこの荷物むこうで持っていけるのか?」

 「う~ん……多分大丈夫!」


 荷物は三つ。リュックとカバン、キャリーケース。この量であれば香織の言う通り大丈夫だろう。僕はカバンとキャリーケースを持ってホームに向かう。ホームに着くと列車はまだ着いていなく僕らは待った。

 二人とも無言のまま。僕は話したいことがあったが話せる雰囲気ではない。香織自身は新たな道に進むという意思が感じられるかのように輝いて見えた。

 そして。ついに列車が到着する。列車に入りキャリーケースを下にカバンを上の棚に乗せる。

 そして僕が立ち去ろうとした時に香織が呼び止める。


 「ねえ?」

 「なに?」


 しばしの沈黙。

 停車時間は5分……列車に積み込む作業を差し引くと、残り3分。僕にとっては与えられた最後のチャンスかもしれない。


 「私ね向こうでも頑張るから。こっちで応援していてね!」


 香織の表情は期待半分寂しさ半分と言うところだろうか。僕にとっても心に刺さる。はばたく香織、地面を這う僕……。少し自虐的な感情が流れてしまう。


 「ああ、絶対応援するよ?」


 見つめあう僕達。


 「「あっ……」」


 二人の声が重なる。


 「先良いよ」

 「ううん、先にお願い」


 僕は勇気を振り絞る。言いたい言葉……本当に最後に言いたい言葉……。


 「香織、むこうでも元気にな! 夢に向かって進んで行けよ?」


 ……いや、違う! もっと言いたいことが……。


 「うん、わかった」


 切なげに香織は返事をする。

 もう少しだけ……もう少しだけ僕に勇気を……。


 「僕ね、昔っから香織の事……」


 勇気を……勇気を!


 「うん……」


 黙って次の言葉を待つ香織。


 「……」


 ……。


 「いや、応援してるからね!」

 「うん、わかった……」


 香織は少し寂し気に答える。

 ホームの出発合図で列車が出発する時刻が来たことを知る。


 「じゃあ、またね」

 「うん、ありがとう」


 結局……いや、僕は言いたかった「好き」の言葉は封印した。それは……もっと先で言いたいことって思えたから。

 たとえ香織がアイドルとして成功したとしても。


 「私ね」

 「ん?」

 「ずっと……す」


 列車の扉で言葉が遮られる。列車が少しずつ動き始める。

 僕はただ列車をその場で見送った。

 次逢える時に……伝えたい言葉を残して。

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