第82話 仕事は道連れ、世は無情


「それじゃ、明日から皆で仲良く地獄を見ようか」



 努めて優しい笑顔を作り、反乱を起こそうとした者達の前に書類束を見せつける。


 今朝溜まっていた分の三倍量はある書類が、私の身長より高い六つの山を作って執務室の机の上に置かれている。要望書自体は減っているものの、彼らの助命を求める嘆願書が一気に集まってこの様だ。


 何かしら重要な内容もあるかもしれないし、一枚たりとも見逃せない。かといって、私一人では見るだけで四時間はかかり、ゴルドノーザ町長にこれを押し付けると三日は身動きが取れなくなる。


 そこで、元凶である彼らにこの処理を任せる事にした。



「正直、猫の手も借りたい所でしたので助かりますな。この場の全員でしなずち殿と同程度の仕事を処理できるよう頑張りましょう。あぁ、アラタ殿は今夜から参加して頂く。まずはこれまでの町の運営の概要と要望書内容の傾向、直面している問題、懸念事項、しなずち殿がいなくなった後の運営についてまでを夜明けまでに叩きこみます。その後は二時間の睡眠の後に朝食、私達の仕事のサポート、昼食を済ませたら二時間の睡眠、午後に入って各方面の部門長との顔合わせと初代町長就任の挨拶。レイさんのご両親への出来婚報告は夕食後とし、暗くなったらバルンカイト町長の姪っ子二人に夜這いをかけられて――――」


「ゴメンナサイッ! 僕にはレイがいるので、どうかそれだけは勘弁してくださいっ!」


「ダメ。しっかり種を付けて、今年中に三児のパパになってもらう。それが嫌なら、女戦王国の介入を防ぐ為の貢物にでもなる? ドルトマの話だと、あの国は男一に対して女二十の人口比率で、男が一人で町を歩くと数分後には誘拐されて集団で犯され監禁されるんだって。アラタは女受けする綺麗な顔立ちだから、三人どころか三十人のパパになれるかも……」


「ヒィィィィ――ッ!」



 情けない声で九尾の白狐が腰を抜かし、伴侶たる七尾に支えられる。


 男として情けない姿に、共犯者達からは非難の声も視線もない。同情、哀れみ、力にはなれないけど頑張って生きてという涙ながらのエールを送られていて、思わず『こっち側にようこそ』と歓迎の言葉を送りたくなった。


 精々皆に支えられて幸せな結婚生活を送るが良い。


 その前に盛大な書類地獄が待っているがな。



「いずれにせよ、私と巫女達は三日後には発つ。その後の町の運営は君達の手にかかっているんだ。無理をしろとは言わないけど、楽をする為の努力はするように。何かあれば、パルンガドルンガ領主のキュエレか、政務手伝いのグレイグ殿に連絡を取って。きっと力になってくれる」


「では、カヌア様以外はこちらの部屋に。少し時間を取らせて頂いて、施政者の責務についてお話致しましょう。ないがしろにして破滅した国の例も二十例ほど紹介して、命の上に立つ者としての心構えをしっかり持って頂きましょうか」



 ゴルドノーザ町長の重く、黒く、楽しそうな口調が全員の気を引き、退かせる。


 睡眠不足で血走った目が、何とも言えない極悪役人の雰囲気を漂わせる。思考と思想はしっかりしているから問題ないとして、やり過ぎないように沈静効果のある香を今度差し入れよう。一段落したら休みも取ってもらって、その分の仕事は新人達に担ってもらう。


 これで、こっちは何とかなりそうだ。


 隣の部屋へと向かう彼らを見送り、私は改めて今回の首謀者を正面から見据えた。睨み付ける様な視線を真っ向から受け止め、ため息一つで明後日の方向に放り捨てる。


 若い。


 歳は精々二十代前半。猫系の獣人らしい筋肉質で細身の身体に、高貴な女性らしいふくよかさが部分部分に盛られている。ふわふわもこもこの尻尾は力なく垂れさがり、きつい視線とは裏腹な怯えた内心を表している。


 手を差し出し、備え付けのソファーに腰掛けるよう促す。


 上品でゆったりとした所作で彼女は座った。


 座り際に空間を開いて逃げるかと思ったが、何か策でもあるのだろうか? それとも、巻き込んでしまった白狐達の立場をこれ以上悪くしない為に観念している?


 どちらにせよ、私がやる事は変わらない。



「私は女神軍第四軍団長しなずち。ラスタビア勇国第三王妃カヌア・ティエル・ラスタビアとお見受けするが、間違いないか?」


「違いないわ。それで? 私を犯すならさっさとしなさいな。でも、この心はガルに全て捧げているから、欠片たりとも屈しはしない。独りよがりな性欲処理でもしていれば良いわ」


「誰かのモノに手を出す趣味はない。ミカに何て言われた?」



 私の問いに、カヌアはばつが悪そうにそっぽを向いた。


 彼女が単身乗り込んできていると聞いたミカは、表向きは叱る為、本心は私から守る為に彼女の元に急行した。出会い頭に頬を一発張り、修羅場を見ていられなくて退散したから、以降何があったのかは見ていないし聞いてもいない。


 今の様子を見る限りでは、それなりの事があったようだが……?



「…………感謝はするけど、責は自分にある。私が不幸を負う必要はない、と」


「そうか。彼女は今、そのドアの前で聞き耳を立てている。貴女に何かあれば即座に突入して勇国に逃がすつもりだ。その後、自分がどうなろうと知った事ではないんだろう」


「っ!?」


「自己犠牲の似た者同士、気の合う大事な親友か。シムナなら、『麗しく、尊く、そして無駄だ』とでも言うかな? いずれにせよ、二人して足を引っ張って悪い方に向かって行ってどうする? 相手が私でなかったら、それこそ四肢を落とされて孕み袋にでもされていただろうに」


「貴方に何がわかるっていうのよ!?」



 激高した雌猫が牙を剥き、立ち上がった。


 尻尾の毛を逆立たせ、ぴんと張り、さっきまでの怯えはどこかにやって怒りを全身で表し示す。今にも飛び掛かってきそうな勢いだが、様子を窺うようにわずかに開いたドアを見て、最後に一線だけは越えずに止まっている。


 中途半端だな。


 白狐達の立場を考えて自分を抑えている点からしてそう。私なら、彼らを全員逃がして自分も逃げる。変に留まって状況の悪化を黙認せず、さぱっと区切りをつけて次を考える。


 その思い切りが、不幸を断ち切る。


 だらだらと続けて良い事なんてない。悪くなる要素しかないなら、足掻かずに捨てる事も必要だ。


 私は、そう思う。


 俺が、そうだったから。



「不幸にかける言葉はない。私に出来るのは選ばせる事だけだ」


「何を選ぶっていうの!? 死ぬか晒されるか!? 好きにすれば良いわ! 私は勇王の妻よ! 敵の手にかかる事も落ちる事も覚悟はできてる! 服を剥かれただけで悲鳴を上げるか弱い乙女と一緒にしないでっ!」


「なら仕方ない。ミカ? ちょっと良い?」


「は、はい。如何なさいましたか?」



 恐る恐るドアが開かれ、ミカが顔を覗かせる。


 手で招いて中に入ってもらうと、後ろには尻尾でぐるぐるに巻かれたグアレスも一緒にいた。服を着せてもらえず、言霊で動きを縛られ、諦めの涙でふわふわの尻尾を濡らしている。


 愛が深いなぁ……。



「グアレスと一緒に彼女を勇王城まで送ってあげて。ついでにミサがどんな感じか確認して報告してね」


「承知しました。ですが、捕虜達の象徴としての役目はいかがなさいますか?」


「勇国に町の事を報告に行ったとしておくよ」


「か、かしこまりました」


「――――は? え? ちょっ!? えぇっ!?」



 カヌアは私とミカとグアレスを順番に見て、何を言いたいのかしたいのか自分でもわからず混乱し始めた。


 無理もない。犯される覚悟を決めておいて、実際に決まったのは自陣への送還。しかも誘拐対象であるグアレスと一緒で、大事な人の分体が護衛までしてくれる。


 待遇と都合の良さに、困惑しない方がおかしい。


 しかし、そこは妖怪との約束――契約である。


 当然裏があるに決まっていて、私はその対価を体内で生成し、血結晶のワインボトル二本に詰めてミサへと渡した。



「カヌア王妃。好きにしろと言われたから好きにさせてもらう。このボトルの中には『愛の証の薬』と『性依存深化薬』、『深愛媚薬』に『体力精力向上剤』のミックスカクテルが入っている。簡単に言えば、愛する人との子作りが無性にしたくなって、初発で確定なんだけど渇いて渇いて満たされなくて貪り合い続ける混合薬だ。貴女にはこれを王妃全員と一緒に飲んでもらう」


「な、なによ、それ――――っ!?」



 ボトルを受け取ったミカが意図を察して目を光らせ、それを見たカヌアが一歩退いた。


 暗く輝く瞳とニッコリ笑顔が獲物に向く。


 私には実に楽しそうで嬉しそうな微笑みなのに、向けられた方は墓から這い出た腐乱死体を見るかのような怯えっぷりだ。自らの行く末も想像できているようで、ようやっと空間を開いて逃げ出そうと身を翻し――



「『一緒に行きましょう』」



 言霊で縛られ、動きを止めた。



「もっと早く逃げればよかったのに。四日後の朝に私が行くまで、至上の快楽に頭をやられないよう頑張って」


「こ、殺して! いっそ殺しなさい!」


「却下。あと、薬は汗と一緒に揮発して周囲に蔓延する。貴女達が飲まなくても、ミカ達が飲んで城内に入った時点でもう手遅れだ。一日で城内、二日で城下、三日で都に広がって、誰も彼もが愛に溺れる」



 ゆっくり、ゆっくり、一歩一歩を踏みしめるようにカヌアに近寄る。


 ガチガチと歯を鳴らす彼女はとても美味しそうな心をしていて、足音を立てる度にぴしりぴしりとひび割れていく。目の前の絶望と未来の恐怖が合わさり混ざり、溢れてツツーッと頬を伝う。


 犯される程度で済むと思った?


 私は繁栄の女神の尖兵だ。望もうと望まないと関係なく繁栄させてあげるから、安心して良いよ?


 泣かないで。


 笑って。


 ほら。ほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほら――――。



「良い子を孕むんだよ?」

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