第77.5話 支える者達


 ラスタビア勇王城は、城というより宮殿に近い。


 縦の階層はあっても三つ。広い敷地に街一つ入る程の広大な石城が築かれ、出入り口となる場所は四方に巨大な大扉が四つだけ。


 全体を丸っと覆う幅広の大堀もあり、大軍で攻めたとしても戦端が広がって連携がとりにくい。逆に守る方は、地の利と蓄えた物資を元に籠城しやすく設計されていて、建国八百年の歴史の中でただの一度も落とされた事はなかった。


 しかも、そこを守るは勇者の中の勇者と謳われる勇者王の一族。


 彼らの力は時の勇者の中でも抜きんでていて、今代のガルドーン陛下もそう。流浪の規格外ドルトマ・アルヴマーシュに個人技能で一歩及ばないものの、軍団指揮と統治能力を含めた総合力では間違いなく最高の最強だ。


 何も心配する事はない。


 疑うまでもなく。


 そう――――あの災厄を目にするまでは。



「陛下、白狐族と連絡が取れたのはクノト様の所だけですっ。他は集落ごと跡形もありませんっ」


「先の大蛇の移動経路が割れました。ダンダ様の集落からムト様の集落、テルキド村、フィルクト村、ゴルドノーザ、バルンカイト、キリバ様の集落、ハビ様の集落です」


「生存者はおりませんが、死者も見つかっておりません。何らかの方法で跡形もなく処理したのか、考えにくい事ですが全員捕虜にされたか……」


「商業ギルド長から至急の面会要請です。魔狩人ギルドと傭兵ギルドからも使者が来ております」


「ミサ様の輸血用血液が届きました! 傷口の処置も完了し、命に別状はありません!」


「蛮国との国境付近で不穏な動き在り! 国境守備隊のバルクマー将軍より、不測の事態には即応すると伝令がございました!」


「陛下、皆様、軽食を作ってまいりましたので、暇を見て召し上がってください。デルバノート大臣は三つまでですよ? 最近腹が肥えて来たと奥様からご相談いただいておりますから」


「よし、皆! 摘まみながら聞いてくれ! 今後の方針を伝える!」



 大会議室で書類と報告が飛び交う中、差し出された皿から野菜の肉巻きを口に運び、ガルドーン陛下は立ち上がった。


 慌ただしかった場が一時収まり、全員の視線が一つに集まる。一人として私語はなく、小さな悪態の一つもない。この場のどれだけの人々が自らの王を信頼していて、自分が何のために動いているのか理解している。


 瞳の中の光は燻ることなく、共に歩む志を持っているのか一目でわかる。



「マヌエル山脈の災厄から提示された猶予は十日。この間に出来る限りの戦力を用意しつつ、国内を纏めなければならない。デルバノート大臣は各ギルドと折衝して、直面している問題の解決に努めてくれ。戦備予算を六割まで使って良い」


「承知しました」


「アンドン将軍は国内への非常事態宣言の発令と、王都住民の避難を頼みたい。麾下の部隊と、現在までに集まっている民間の義勇兵をそちらにあてる」


「彼らは陛下と共に戦う事を望んでおります。不満が出ますぞ?」


「ならこう伝えろ。『真打は遅れて来い』と」


「ハハッ、士気が上がりますなっ」


「だろ? ――残った兵達は、私と一緒に奴らの討伐だ。向こうが来るのを待ってられるかっ。魔狩人ギルドの精鋭に敵本陣を探らせ、八日後にこっちから仕掛ける。聖剣と魔剣の配布は済んでいるか? 最初から全力で行くから習熟を進めておけと伝えてくれ。最後に、カヌア」



 名を呼ばれ、表情を気を引き締める。


 恐れを表に出すわけにはいかない。陛下なら気付いているかもしれないが、私からひけらかす恥は御免被る。


 出来る限り平静に、出来る限り平時と変わらず、戦に赴く王の妻としての矜持を胸に抱く。



「何でしょうか、陛下?」


「お前はミサ様についてくれ。判断は任せる」


「……アレを相手に、私は不要と言うのですか?」


「違う。ミサ様は片足を失いはしたが、未だこの国の最高戦力である事には違いない。だが、向こうにはグアレス――ミサ様の前世の家族がいる。きっと揺らいでいる筈だから、支えてやってくれ。加勢に来るかは、お前とミサ様に委ねる」


「…………今、私は陛下を憎く思います」



 自分と一緒に来いと、そう言ってくれれば良いのに。


 大事な二人を天秤にかけさせ、『選んで良い』なんて酷すぎる。選択権が無い方がずっと楽なのに、わざわざ苦しい方に配するなんて、夫の風上にも置けない。


 何で、こんな人を好きになってしまったのだろうか?


 好きで好きで、今も昔もずっと好き。狩猫の長の妨害にも屈せず、ヴァテアの奴を利用して三番目の女にしてもらった。肌と唇を触れ合うだけでも幸せで、僅かに離れるだけでとてつもない不幸を感じる。


 私は、その場の目を気にせず陛下に歩み寄って口付けた。


 突然の事に、半数の者達が面を喰らう。もう半数は私の行為に歓声で応え、口笛まで鳴らして応援してくれた。


 時間にしてほんの数秒。もっと触れていたかったが、陛下の胸に命への不満を叩きつけ、思い切り両手で突き放す。



「ミサ様の様子を見てまいります。それと、今夜は窓の鍵を開けておいてください」


「おい、今は戦時――」


「さぁ皆っ、急いで仕事に取り掛かるぞ! 陛下は今夜負け戦だ! 八日後の祝杯の為に私達が頑張ろうじゃないか!」


「戦の前はできやすいと言いますからな。未来の王子の為に身を粉にして走り回りましょうぞ」


「大臣、ギルド長が待っているからもう行った方が良いんじゃないかね?」


「おぉそうですなっ! しばし席を離れますので、何かありましたら後で教えてください、是非に」


「ちょっ、お前らぁっ!」



 離れていく慌ただしさを後ろに聞き、私は早足で宮殿の奥に向かう。


 もう一人の大事な人は、心も身体も傷ついている。身体は癒せなくても、心くらいは何とかして見せよう。


 私にしか、出来ない事だから。



「いざとなったら、グアレスを攫って来ようかしら?」

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