第68話 勇者と魔王と妖怪の侵略


 テト達を送り出して翌日、私はシムナとラスティを連れて三つの町を陥落させた。


 死者の軍勢で町を囲み、絶望に陥れて服従を誓わせる。無論抵抗はあったものの、国境近くの田舎町に強化勇者と強化魔王がてこずる相手など居る筈がない。


 ほぼほぼ一方的な蹂躙と見せしめ的な殺戮に、住民達は残らず首を垂れる。


 とはいえ、見せしめに使ったのは悪徳商人と犯罪者ばかりだ。


 領主や警備隊の手に負えない連中をリストアップさせて捕え、使わせてもらった。恐怖と混乱の中ではあったが、ある程度状況を見れる人々はそれに気づいて、私達への協力を約束してくれている。


 情報統制を対価に土質と水質も改善したし、グアレスとテトが戦って痛み分けに終わったと偽情報も流した。数日もすればどちらも変化が現れ、追加の手を打つ隙を見せてくれる。


 いや、その間にもう一手必要か?



「なぁ、しなずち様? まさか、もう許されたとでも思っているのか? 昨夜は十回もしてないじゃないか。もっともっと注いでもらわないと、これまで我慢した分はとても賄えないぞ?」


「私も二十回と言ったが、やっぱり抑えきれん。シムナと同じくらい愛をくれ。今で良い。ここで良い。ちょっと壁に寄りかかってくれればそれで良いから」



 二人分の腕と吐息が首や腕を這い回り、嫐って誘って絡みつく。


 ここは天下の往来だ。石畳で舗装され、馬車が通れるように整備された宿場町の大通り。行き交う人々の視線が集まり、恥ずかしさからテトのように逃げ出してしまいたいと本気で思った。


 しかし、それは実力的にできない。


 シムナとラスティは巫女の中でも別格だ。巫女となる前から私と同等で、巫女になったら私より強く、眷属となったら更に遥かに強くなった。


 契約と誓約しか縛るものが無く、その縛りさえも簡単に消し飛ばせる程の大きな隔たりがある。


 それでも付き従ってくれているのは、私達の間に愛が通っているというただそれだけ。


 非常に情けなく、情けなく、情けない。男として、守る側として在りたいと思っても、この二人の域に辿り着くには才能も努力も全く足りない。


 一筋流れた嘆きの涙を、シムナの長くなった舌がレロォと舐め取る。


 一昨日の夜から、彼女はラスティと同じ眷属になった。龍の瞳と舌の長さ以外は変わらず、羽衣とは別に私の血を体内に収容して、身体の一部として好きに展開できるようになっている。


 私が腰や肩から触手を生やすのと同じように、好きな場所から好きな物を好きなように出して扱える。


 それがどういう意味を持つかと言えば、どんな武器でも扱えるウェポンマスターが専属の工房を常に連れているに等しい。


 形も重さも自由自在。壊れれば取り込み直して再利用し、より洗練して作り直して何度でも使い回す。


 しかも、原材料は私の血だから、不死と対不死と水と地の複属性。総魔の魔力防御向上も影響して、例えアーカンソーであっても一方的に狩れるんじゃないか?


 どうしてこうなった……?



「し、しなずち様? ハーロニーが酒場で待っていますので、早く参りましょう。お二方も、酒場の二階が宿なのでもう少し我慢して下さい」


「マイアと言ったか? 二人きりで組み敷かれ、貪られたと聞いたがどうだった?」


「雄に征服されながらの絶頂は意識が真っ白になりました。絶対できてますから、祝福してください」


「言ってくれる。なぁ、しなずち様? 私は私の中のしなずち様の血を好きなように扱えるんだが、精の作り方も教えてもらえないか? そうすれば、いつでもどこでも産めると思うんだ」


「それ、私の事が要らないって意味――」


「聞かなかったことにしてくれ。しなずち様から直接搾り取らないと幸せは感じられないな、うん」



 絶対的捕食者の舌なめずりを見せられ、腰の辺りがキュッと締まる。


 これが本能的な恐怖か。死を過ぎて来た私であっても、悪寒で全身の動きが阻害される。『蛇に睨まれた蛙』の表現がしっくりきて、地面から足を持ち上げる事が出来なくなった。


 見かねたラスティがお姫様抱っこで私を抱え、酒場に向かって歩き出す。


 抱き際に耳元で『十回分の貸しだ』と一方的に告げられた。拒否しようにも満足に動けず、もうどうにでもなれと脱力して涙を流す。


 ヴィラ、助けて。



「ところで主様。正直な所、補給は間に合っているのか? アヴィルハイネ城と同じで絞られ過ぎたら、巫女衆は崩壊しかねないだろう?」


「…………なら、もうちょっと加減して」


「それはそれ、これはこれだ。精々美味い物でもたっぷり食べて精を付けろ。丁度酒場だし」


「酒場…………」



 軒下に下げられた、ジョッキを片手に鼻提灯を膨らませる羊の看板が風に揺れる。


 店の名は『眠る羊亭』。


 客を眠り羊と表現しているのかスケープゴートと表現しているのか、そんなのはどっちでも良い。大事なのはそこが酒場であり、おそらく酒が主武装であるという点だ。やけっぱちになりたい私にぴったりの場と言え、少しばかり心が上向く。


 体の中から金貨袋を取り出し、十枚ほど握り込む。


 女相手ならいくらでも出して良いけど、酒にはそこまで出す気になれない。前世で酒に溺れた知り合いを何人も知っていて、過ぎれば破滅に繋がると良く知っているから。


 量ではなく質が良く、五人でちょっとグラスを傾けるのに丁度良い程度の物をボトルで一本。


 度数は高めで思考が少しパーッとなれる、甘めでコクのある重厚な赤。


 ディプカントでそんな代物があるのか?



「…………マイア、シムナ。これでお酒買っておいて。強くて甘くておいしい赤ワイン」


「……しなずち様、これ…………」


「あぁ……この額でワインって、本気か?」


「? 足りないなら、はい。これで良い?」



 追加で五枚を渡し、二人の顔が更に曇る。


 一体何が問題なのか。ワインはピンキリだが、高い物ならこれでも一ボトル買えないものだってある。買える程度の物を求めてくれればそれで良いのに。


 怪訝そうな目で見ていると、シムナが意を決したように金貨を握った。



「そういう気分の時もある、か。私も出来るだけ付き合おう」


「ほ、本気、ですか?」


「主の命だ。応えるのが女だろう? じゃあ、先に行くぞ? 用意に少し時間がかかるだろうからな」


「はぁ……仕方ないですね」



 二人の巫女が先を行き、酒場の中に消えていった。


 私とラスティは後からゆっくり、ゆっくり……ゆっくり?



「ラスティ?」



 意図的に遅くされた歩みに、どうしたのかと問いかけた。


 そっと視線を外され、私を抱く腕が小刻みに震えだす。


 この国の酒に、何か良からぬ事でもあるのだろうか?



「主様。ラスタビア勇国の特産品は知っているか?」


「? ブドウとチーズと羊肉。山地多めで平地少な目だから、小麦は他より高めって聞いてる。それが?」


「ワインの原材料は何だ?」


「ブド、ウ、だ、よ…………」



 そこまで言って、自分の指示がとてつもなく拙かった事に初めて気づいた。

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