第60話 教育方針を巡る戦い


 グアレスの姿が消え、真後ろに匂いと熱が移る。


 消えた場所に油絵の具をぶちまけたような熱の淀みが生まれ、すぐ解き放たれそうなそれを拳でぶち抜いて消し飛ばす。元凶を背中から生やした三十本の触手で追うも、次の瞬間にはまた風のトラップを置いて次の地点へと回っていた。


 なんて面倒で、なんて厄介。


 スピードなんていう次元じゃない。見る限り、殆ど予備動作もなしに移動と攻撃が完了している。こちらからのアクションでは捕まえる事はまず不可能で、始動のタイミングを掴んでどうこう出来れば、糸口を掴めるかどうかという所。


 しかし、戦いのセンスがないド素人にはどうしようもない。


 解放された暴流に全身を呑まれ、殆ど爆発に近い威力に身体の結合が軋む。無理に耐えるのは得策ではなく、脱力して威力を受け流し、飛ばされるまま身を委ねる。


 凶悪な加速で景色が流れ、爪を構えた黒の魔狼の顔がよぎると、五本の爪で胴を真横に引き裂かれた。



「わかっていたけど、戦いにならないな」



 裂かれたパーツを触手で繋ぎ、元通りに接続し直す。


 勝利を確信していたグアレスは私の不死性に舌打ちした。極めて面倒そうに顔を歪め、両手をだらんと下げて前傾姿勢を取る。


 次が来るのが予想でき、私は片手を前に出して人差し指を曲げ、『来いよ』と挑発した。


 グアレスの額に青筋が浮く。



「ふっ」


「とべ」



 半分が前から、半分が後ろから聞こえた。


 さっき吹き飛ばされた分の倍はある、大きな塊が目の前に現れる。


 まともに受ければきっと危ない。私は片足を地面に突き刺し、腕から大盾を生やして暴風に備えた。



「隙だらけだ」


「わざとです」



 防御の隙を突こうと懐に現れた魔狼に、胴から触手の濁流をお見舞いする。


 こっちの攻撃が避けられるなら、相討ち狙いでいけば良い。


 途方もない衝撃と圧力に耐えつつ、五百本の出向かえを差し向ける。視界を埋め尽くす触手の束に思考が鈍ったのか、グアレスはすぐの離脱はせず、一本に肩を裂かれて虚空に消えた。


 すぐそばに残された置き土産を貫き、熱と匂いを追う。


 このままペースを作れればこっちのモノだ。追撃とトラップ処理を延々と続けて、疲労した所を捕縛する。そしたら、帝国側の町にでも行って娼館を貸し切り、娼婦達をあてがってエハの教材になってもらうとしよう。



「ちっ、舐めんなっ」



 グアレスの身体が、消えては現れてを何十回も繰り返す。


 私を中心に、風の塊の群れがドーム状に配された。一つ一つの威力は今知ったばかりで、これら全てが解放されたらと思うとゾッとする。


 もっとも、解放なんてさせないけれど。



「しなずちはしなず池となりてしなず地となりや」



 地中にある足から血を地に染みさせ、同化する。


 私となった土で錐を作り、同時に三百程度を隆起させて塊を貫く。一つたりとも撃ち漏らさず、一つ残らず濁流と化さずに散って消えた。



「化け物がっ!」


「違いない。でも、これは相性の問題でもあります。そちらの能力ではこちらを倒し切れず、数を出してもこちらの方が手数が多い。加えて、疲労の蓄積はそちらが重く、エハという人質をこちらは確保している。正直、詰んでますよ?」


「だからって、はいそうですか、なんて言えるわけねぇだろ!」



 怒声が消え、懐で現れて消え、背後に現れてまた消え、頭上に現れて爪を振り下ろす。


 前後上方の三か所同時攻撃に、後詰めの一撃を備えた良い攻撃だ。


 対処しなければならない場所が四か所あり、しかし、やるべき事はさっきと同じ。土の錐で三つの塊を捌き、本体には私が直接拳を――――。



「ふっとべっ!」


「!?」



 グアレスが消えると、今出来た分の横に『解放寸前の一つ』が現れた。


 上方に移動してすぐに体一つ分前に移動し、背後に隠していたのか。


 自分を囮にカウンターを誘い、身動きできない状態に陥らせて確実性も上げている。後は命中と同時に次撃を用意し、抵抗する間を与えず全力を叩きこむ、と。


 死にはしないものの、してやられた感が強い。


 触手を拳から出そうにも、生成と伸長の速度より解放の方がずっと早い。対処方法を考えている暇もなく、何かを感じて動くしかない。


 そんな物あるのか?



『――――』



 身体の内側から、自分を使えという意志が伝わる。


 そういえば、お前がいたか。


 胸に拳を突き入れ、柄を掴んで抜き様に振るう。トップヘビーの刃に遠心力が乗り、二つの塊を斬り裂いた。篭められたエネルギーが行き場を無くして漂い広がり、何もなかったかのような静寂に至る。


 四つ蛇が食む支配剣『シハイノツルギ』。


 場を掌握して武器とする私の戦闘スタイルに合わないと思っていたが、振るって見るとなかなか悪くない。


 剣というより鉈というか斧というか、力と重さに任せて振り回せる。速さと角度を合わせて引き斬る必要が無く、柄も長いから私のような素人にぴったりだ。


 あぁ……なんて素直で可愛らしい良い子なんだろう……。



「おい、変態」


「誰が変態ですか」


「胸から剣を出したと思ったら、うっとりした顔で刃の腹に頬擦りしてる奴なんて変態以外に何がある!? まさかその剣に洗脳でもされてるのか!?」


「まさか、シハイノツルギの魅力が理解できない? 根元から先へ段々細く、三分の二程度で適度に膨らむこの形状に一切の美を見いだせない? 未亡人狙いの寝取り野郎と聞いていたのに、まさかぺちゃロリ嗜好の犯罪者予備軍なんですか?」


「デカい方が良いに決まってるだろ! 何でそんな話になる!?」


「この形状をよく見てください。男なら誰もが飛びつく女の形です。胴のくびれ、胸の膨らみ、下から襲い来る蛇の群れ。何となくデザインしたにも関わらず、これは男にとっての理想の形になっている。女の形に顔を埋める行為を変態などと…………男として恥と思わないのですか!?」


「変態以外の何でもねぇよ! くっそ…………これ以上付き合ってられるかっ! 死んでも恨むなよ!?」



 とっておきを見せてやると、グアレスは数秒間消えてその場に戻った。


 相当な回数を抜けて消耗したのか、バランスを崩して片膝を着く。まぎれもないチャンスに土の触手で拘束し、浮かべている笑みに嫌な予感を感じ取る。


 轟音が頭上から聞こえた。



「あぁ、そうくる」



 空を見上げ、見えた光景は『太陽が落ちてくる』だ。


 無数の塊から解放された暴流が一つに纏まり、巨大な一つとなって落ちてくる。その熱量は、風でありながら炎よりも眩く、ダルバス神の尖兵が繰り出した奴隷兵隊の連鎖爆発に匹敵する。


 これを受けたら身体が死ぬ。


 しかし、焦る必要はない。


 これに似た事態はもう経験済み。キサンディアとノーラの知恵を借り、複数の対策方法を考案している。



「いらっしゃい」



 私はグアレスを連れて地面に潜り、大地を操って大きな大きなトンネルを開けた。


 巨大暴流が縦穴に入り、数キロ先に作った出口から噴流が舞い上がる。


 巻き込まれる気流が甲高い音を辺りに広げ、鳴り止むまでの五分十分は結構な苦痛だった。地上に出るとグアレスの拘束を簀巻きに変更し、そう簡単に逃れられない様にしっかりきっちりギチギチに締める。


 明確に聞こえるように、『チッ』と舌打ちが一つ。



「アレ一発で都一つが消えるってのに、余裕かよ」


「前に似た事で殺されましたから、対策は考えてあります。――さて、私の勝ちですね。エハには穢れを知ってもらいます。何か要望があればお聞きしますが?」


「……あの子の純粋さは損なわないでくれ。父親に顔向けできない」


「わかりました。では、国境に拠点を造ったら帝国に向かいます。娼館でも孤児でも奴隷でも、適当な教材を探して教育しましょう。もちろん、グアレス殿にも手伝ってもらいます。悦ばせ方とか仕込み方とか…………フフッ……」



 久々の教育を前に、自然と口角が緩む。


 私はヴィラに『繁栄とは何たるか』をみっちり仕込まれた尖兵だ。ドルトマを筆頭に何人もの信徒達に教育を施していて、少ないなりにそれなりの実績はある。


 ただ、あそこまで幼い子供に仕込むのは初めてだ。今までの最年少は第三軍団長のアガタ少年で、彼の今を考えると少しやり過ぎたかと思えなくもない。


 同じ轍は踏まない。


 純粋で、天使のように、汚れ切っているのに清純で、女が自ら襲い跨り、絶頂と共に絶望を授ける――――そんな理想のショタを育成して見せよう。



「そういえば、貴方も教育対象ですね?」



 グアレスにそう投げかけると、簀巻きからはみ出た尻尾がぼわっと逆立った。

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