第50話 引っ越しと、ちょっと待って


「ヂュヂューッ!」


「キューキューッ!」


「キュキュチューッ!」


「チチュチュチュチュ―ッ!」


「チュー……チュチュ?」


「キューキュキュ、キューッ!」


「チュチューチュー」


「ヂュ、ヂュヂュヂューヂュー」


「はいはいはい! 感動の再会は涙ぐましいけど、いい加減私にわかる言葉で話して! それと、一応未来の奥さんなんだから後でその言語教えてよ?」


「わかりまちた。みんな、このちと、テイラ。キュエレの奥ちゃん」


「キュ!? にいたまけっこんー!」


「けっこんー!」


「けっこんー!」


「ままー?」


「…………まだ、だと思う。だよね? ね?」



 大広間の中央で集まるキュエレ達兄弟とテイラを、私は和やかに、落ち着いた心で眺めていた。


 昨日の今日で異種族の妻を迎えるなんて、一体何をしたんだろうか?


 一部始終を見ていたミーシャに訊くと、キスして一発やった所で魅了されたような感じになったそうだ。


 小鼠族にそんな能力があったか、ヴィラ経由でキサンディアに問い合わせたが、逆に検体として送れ等と言われてしまった。それは嫌だったので何とか原因を探してみたら、口の中に不老長寿の秘薬が残っていて、口移しでテイラに飲ませたせいで惚れ薬として作用してしまったのだという。


 なんともお騒がせな結末だ。



「……ん?」



 キュエレが私を見つけ、ブンブン手を振ってきた。


 つられて兄弟達も手を振り始め、感謝の言葉を大声で送ってくる。私は軽く手と笑顔を返し、恥ずかしさを隠して奥に引っ込んだ。


 とりあえず、これでキュエレの件は一段落した。


 幹部教育の為に召集をかけるまでは家族と過ごさせ、心の治癒に専念させようと思う。訊けば、アシィナが救った村の一つが彼らの故郷というし、里帰りさせるのも良いかもしれない。


 その辺りの判断はテイラに任せるつもりだ。


 これから私は、都の制圧と白狐族の保護の為に動かないといけない。


 心が痛いが、今の彼らに割ける時間は少ない。しばらくの間は、行動の判断を自分達でさせ、もし良くない結果になれば責任をもって力を貸そう。


 それまでは、しっかり二人で支え合うんだよ?



「……そろそろ、かな?」



 階段を昇って三階まで上がり、一番奥の部屋まで行ってドアを開ける。


 中には、白いカーテンで覆われた大きなベッドが一つと、それをニヤニヤ眺めるリタの姿があった。


 カーテンの向こうからはベッドのきしむ音と淫靡な水音がしていて、甘ったるい匂いが部屋中に充満している。『守れなくてごめん』と謝る泣き声と『あはっ、悪い子にはおしおきだよ~』と攻め立てる声が交錯し、『次は私ね』『ここが良いの、ねぇ?』と別の声も混じり聞こえた。


 いい感じに仕上がっていて何よりだ。


 私はリタを抱き寄せ、仕込みの労を唇で労う。火を付けないように軽く軽く、それでいて薄すぎない程度に短時間に済ませる。



「ちゃんと引き出せた?」


「ばっちり。最初は反抗的だったけど、奴隷達にメイド達を孕まさせるって脅したらペラペラペラペラ。誰か一人と通じてて脅しの材料に出来れば良いなって思ったら、三人に粉かけてるとか結構やり手だったみたい。今はご褒美に確定子作りをさせてま~す。で、これが聞き出した内容のリスト」



 数枚の紙きれが渡され、一枚一枚目を通していく。


 屋敷を制圧した後、リタには捕えた青年とメイド達に持っている情報を吐かせ、纏める指示を出していた。方法は任せてほしいと自信満々だったので一任し、今もカーテンの向こうで続いている。


 程よく精神が解れたら、彼らも私達の信徒に加え入れよう。


 子が出来たら、繁栄の加護は是が非でも欲しい物だ。強要はしないが、きっと首を縦に振ってくれると確信している。


 っと、それよりも情報の確認だ。



「……やっぱり白狐族だったか」


「名はテオ。尾が半分しかなくて、肩身の狭い故郷を捨てて武者修行の途中みたい。魔物狩りとしての実力は確かで、用心棒として奴隷商に雇われていたって」


「私の言霊で呆気なく死んだアレに、か」



 適当に処分した太い肉を思い出し、すぐ思考の中から排除する。


 終わったモノを考えている暇はない。リストを一つ一つ読み進めて、必要な情報を全て頭の中に叩きこむ。



「…………カルアンド帝国の白狐狩りは、第三皇女の婿探し?」


「お忍び中に尾無しの白狐に優しくされてコロッと落ちたって。白狐族は尾無しなんて差し出したら帝国に失礼って八尾を紹介したらしいんだけど、『私はあの子が良いんだ、ふざけんなっ!』って蹴られちゃって今に至る」


「色恋は当人間の価値観の問題だから、他人が口出ししたらそりゃ蹴られる。で、ラスタビア勇国は間を取り持とうとして東奔西走の真っ最中と」


「勇王としては白狐狩りをやめさせたいし、第三皇女の気持ちもわかるから縁談を成立させたいみたい。問題は、麗しの君がどこにいるのか。勇国も探しているみたいだけど、全然見つからないんだって。白狐族が匿うにしても、尾の数をステータスとして見る種族が優先度の低い尾無しを差し出さない理由はないわ」


「………………本当は尾無しじゃないとか……?」



 ふと、そんな考えが頭に浮かぶ。


 尾の数が重要なら、尾無しは隠す意味がない。


 では逆に、尾の数が原因で隠す必要があるとすればどうか? 九尾『以上』は言霊の名を名乗れるというし、少なくともそれ以上の本数であると予想できる。


 前世の狐は九尾までしか聞かなかった。


 ディプカントの白狐族は何尾までいるのか?



「…………まじかよ……」



 記載された情報の一つに目が留まり、思わず声に出してしまった。


 歴代の最大尾数の記録は十二。ただし、非公式記録では十四まで『いる』。


 そう、『いる』のだ。


 九尾より五尾も多い、十四尾の白狐が。



「リタ。何人か連れて勇国に入り、情報を集めておいてくれ。この尾無しと十四尾を重点的に」


「りょーかい。ミーシャとルルとアミュを連れてくね。出発前に先払いよろしく」


「今なら二人で出来るけど、どうする?」


「いいね~いいね~。私の身体に溺れさせちゃうから覚悟してね」




『し~な~ず~ち~さ~ま~…………』




「ん?」



 部屋の外から呼ばれた気がしてドアを見る。


 ギュンドラ王国にいた頃、昼夜問わず私を捉え、追い続けた愛すべき褐色の雌の声だ。私の指名でここに向かっている筈の、ここに向かっている『途中』の筈の巫女の声だ。


 いやいや、バカな。


 社からこの都までは、浮遊幽霊船で七日かかる。補給や休息を極力減らしたとしても、たった二日で追いつけるものではない。


 では、今の声は何なのか?


 幻聴?


 願望?



「…………欲求不満なのかな?」


「どうかした?」


「南に置いてきちゃった巫女の声が聞こえた気がした。普段はクールビューティーなのに、私の前では専属娼婦みたいになるダークエルフの娘のね。向こうではほとんど毎日触れ合っていたから、寂しくでもなったかな?」


「あーっ、女の前で別の女の話をするのは許せないなーっ。ぽっこりするまでしてくれないと、無理矢理搾り取っちゃうぞー?」


「では、私達も参加しましょうか。十日以上お預けにされて、もう我慢なりません」


「え゛?」



 窓からした声に振り向くと、百を超える血色の蛇群が濁流のように襲い掛かってきた。


 元は私の血だというのに、私の命を一切受け付けない。四肢に巻き付き、関節を締め上げ、着ていた服を全て剥いて大の字に床に縛り付けてくる。


 身じろぎすらできず、背中に石の冷たい感触を押し付けられる。


 このままでは体を冷やしてしまいそうで、私は窓から入ってきた事の元凶にキッと強めの眼光を向けた。



「ユーリカ、お預けっ」


「聞けません。私達はしなずち様の死という絶望と悲しみに心を凍てつかせてしまいました。シムナは生きていると言いましたが、ここにいるしなずち様が私達の願望から来る幻とも限らないのです。ちゃんと形あるモノを授かるまでしないと、本当にしなずち様が生きていらっしゃったのかわからなくて身投げしてしまいそうです」


「しなずちさま~? ガルマスアルマの手首を見てよ。後を追おうとしてこんなに切っちゃったんだよ? 傷痕も残っちゃうし、ちゃんと責任とってくれないとレスティ様が一晩雷柱の刑に処すって言ってたんだからね?」


「フュ、フュエラっ……わ、わたしは……だいじょぶ…………だから…………」



 フュエラに握られたガルマスアルマの手首が私の目の前に寄越される。


 腕に対して横に、何本もの斬り傷が刻まれていた。


 不死性からくる治癒能力が機能していない所を見ると、羽衣でナイフを作って幾度も幾度も斬ったのだろう。恥ずかしそうに、申し訳なさそうに、長い前髪で隠れた一つ目は部屋の隅を見つめ、私を視界に入れない様に努めている。


 私は肩の一部から触手を生やして、ガルマスアルマの小さな体を抱き寄せた。


 縛られた身体の上に彼女の体を乗せ、身長に対して大きすぎる二つのふくらみを私達二人の間に挟み込む。


 肌ごしに、熱く熱い熱が通う。


 まるで、彼女の想いが伝わってくるかのようだった。



「ごめん、ガルマスアルマ、皆。私はこうして生きてる。身体が滅んでも序列の順に巫女達から再生するから、もし同じ事になっても必ず戻る。だから、もう大丈夫」


「し、しなずち……さまぁ…………っ」



 大きな目から大粒の涙が生まれ、私の胸元に落ちて染み入る。


 ふと、右手の拘束が緩んで自由になり、ガルマスアルマの頭を撫で回す。気持ちよさそうに頭と顔を手に擦り付け、両手で掴んだかと思うと指を銜えて舐め回し始めた。


 屈強なサイクロプス族の魔闘士が、まるで猫のように可愛らしい。


 ただ、腰付きもやけに怪しく、時折湿った音が混じっている。息遣いも甘えるそれから発情したそれに変わり、切なそうな表情は段々と紅潮して女を増してきた。


 あれ? なんか既視感が…………。



「私はしなずち様直属の巫女で、ユーリカ・ディソージ・ヴィランガと申します。ダークエルフの巫女衆である黒巫女衆を率い、巫女頭を務めています」


「あ、どうもご丁寧に。リタ・マルクフィザーです。元はラスタビア勇国で英雄見習いをしていました。戦争で片腕を失って娼婦してた所をしなずち様に注がれて、昨夜から巫女をしてます。後で姐さん――――極光槍アンジェラ・ルク・バルマークともお会いください。一応、私達のまとめ役をやってます」


「極光槍のアンジェラ? それはそれは、是非一度お会いしたいと思っておりました。弟子からよく聞かされていたんです。才能がないと言い切っても、ずっと面倒を見続けてくれた恩師だと」


「師? 姐さんに弟子なんて一人しか…………もしかしてユーリカさんって、ギュンドラ王国でソフィアの師匠だったっていう?」


「はい。今はシムナと名を変えておりますが、あの娘の師をしておりました。今は逆に教えられる立場に甘んじていて、追い越す為にお手をお借りできないかと」


「そういう事ならご紹介しますよ。しなずち様、ちょっと姐さん呼んで来ます。私の分も残しておいてくださいよ?」


「いや、そんな悠長な事言ってないで助けて」


「ミーシャ達も呼んで来るんで。先払いお願いしますね」



 リタはそう言い残すと飄々と駆け出し、窓から飛び出て下に向かった。


 手すりを血の手で掴んでいる所を見ると、腕を伸ばして落下の速度を抑えているらしい。欠損した身体を補うだけでなく、自由な形に使う発想に私は感心した。


 それが出来るのは、今まではシムカだけだった。


 不定形を不定形として扱うのはイメージが難しく、他の巫女達はそれぞれ使い慣れた形にする事で形状変化の難易度を下げている。シムナは武器、ユーリカは蛇、アシィナは針や医療器具、レスティは剣といった具合に。


 身体欠損しているリタやアンジェラ達は、失ったからこそ、その部分の形は自由に出来るのかもしれない。


 今度、鉤爪や銛といった便利な形を教えてみよう。



「さて、エリス姉様とヒューラは脚、ギサとジェーヌは腕、フュエラとガルマスアルマは胴を抑えなさい。私はお顔を頂きます」


「ちょっと待ってちょっと。ユーリカ、どうやったら社からここまで二日かからずに来れるんだ? 方法がわからないんだけど?」


「レスティが召喚したドラゴンゾンビに頑張ってもらいました。ワイバーン型は速いですね。昨夜出たのに今朝には着いていましたから」



 そういう事か。人数を絞った事で、幽霊船ではなく速度の速い騎獣で来たと。


 ワイバーンの最高速度はヒュレインの巡行速度の七割くらいだから、考えてみればかなり有用な移動手段ではある。今までドラゴン属を調教できる者がいなかったから出来なかったが、町々を繋ぐ連絡手段として飛竜便の創設を検討しても良いかもしれない。


 今度の長老会で提案してみよう。


 組合を作って各地に支部を作れば、かなりの雇用を作る事が出来る。騎獣の確保と調教を社でやって、卸しで収益を確保して、運営はニース商会とテュラック商会に声をかけて合弁会社を作って、軍とか魔獣狩りから有志を募って乗り手も確保して――――。



「しなずち様? 現実逃避しても状況は変わりませんよ? まずはガルマスアルマを可愛がってください」


「次はわーたーしー! 練習の成果をみせるんだから!」


「その次は私が頂きます」


「アタシもアタシも!」


「誰か助けて…………」

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