第49話 やりたい放題(続)
まずやる事は探し物。
地に血を落とし、地表から一センチ下の土を敷地内一面支配する。
支配出来た地面の形状から地下への入り口、伝わる振動から使用人や警備の数と場所がすぐ割れた。後は内部の構造で、気付かれない様、安全そうな経路で数本の触手を侵入させる。
広く細く長く早く。
死角になりそうな天井の端や暗がり、通気口、家具の裏など、使える物は何でも使う。鼠の巡回経路も有用だ。見つかりにくい細く暗い道筋を伝って、ほんの数分で屋敷の全室を網羅する。
頭の中に立体的な見取り図が浮かび上がった。
一階十部屋、二階十部屋、三回四部屋、地下は三階層で二十部屋ずつ同じ間取り。トイレは地下も含めて全部水洗で、奴隷達に部屋の清掃をさせていて浴場もある。
良い物件だ。
出来るだけ無傷で手に入れて、仮拠点兼別荘にでもしよう。
「建物は良いのに警備はずさんだな。二階奥の部屋で盛ってる三人以外にメイドが十三人、男一人、ゴーレムは表に出ている三十体だけ。地下は広くて奴隷が七十三人。小鼠族は…………いた。雌一人雄三人の計四人。全員生きてるし病気にもなっていない」
「凄いな坊や。まさか能力持ちの転生者か?」
「種族そのものを作り変えてもらっただけで、無能力者だよ。アンジェラが良ければ、こっち側に来る?」
「考えとくよ。それで、目的の物はあったかい?」
「地下二階、全員同じ部屋にいる。引き取るついでにココを譲渡してもらいに行って来るから、気を付けてついておいで」
「私達が戦う必要は?」
「判断は任せる」
私は門に触れ、触手で内鍵を解錠して勢いよく開いた。
門の柱に鎮座していたガーゴイル四基が一斉に飛び立ち、四方向から向かってくる。
デカい図体で、しかも石造りだから動きは鈍い。肩から四本触腕を生やして掴み取り、握り潰して地に落とす。
「次」
敷地内に一歩踏み入れると、庭のあちこちに設置されたゴーレムが呼応するように目を光らせた。
ガーゴイルよりは上等な石を使ったストーンゴーレムが四体動き出す。
それっぽっちで足りると思っているのか、条件付きの自動起動なのかは判断がつかない。しかし、こちとら勇者と英雄の連合軍相手に命を張った事のある身だ。残り全部が一斉起動しても、あの時の絶望感には到底足りない。
ふと、隣にドルトマがいる錯覚を覚えた。
見ると、私の異形にアンジェラが目を丸くしていて、シムナが私の手料理を食べた時と同じ驚きの表情を浮かべている。思わず声を出して笑ってしまい、手を差し伸べて先を歩く。
「ははっ――アンジェラ、リタ。怖ければ後から追い付いておいで」
「姐さん、煽られてますよ?」
「あ゛!? ふざけんじゃないよ! 脚さえあれば、ストーンゴーレムなんざ雑魚だよ雑魚! リタ! アンタもさっさと剣出しな!」
「はーい! ひっさしぶりに張り切っちゃう! 右に氷河、左に火山、熱吸い熱吐き集いて集い、我が手の内にて剣とならん!」
「おいで、イルドゥス! 三年ぶりの喧嘩だよ!」
アンジェラの手に光を宿す槍が、リタの手に氷と溶岩の大剣が一振りずつ現れる。
それぞれの纏う魔力が解放されて、二人の実力が大体わかった。
間違いなく英雄クラスだ。こんな掃き溜めで娼婦なんてやっているのがおかしい程の実力者。特に、アンジェラはリザよりも上かもしれない。
勇者の従姉妹は英雄か。
シムカもただの村娘かと思ったらすぐ頭角を現したし、戦闘向きじゃないのに序列一位をずっと明け渡さない。家系なんだろうかと興味が惹かれ、やっぱり良いやと片隅に追いやる。
三人とも、私の愛する巫女に違いない。
その事実だけで十分だ。
「っととと」
大振りの拳が振り下ろされ、一足で避けて股の間から背後に回る。
ざっと全身を眺め、核を埋め込んだ形跡が見当たらない。
一番魔力が篭る左胸にあるのだろうが、継ぎ目も埋設跡も一切ない芸術性の高さに破壊の非道を躊躇われる。だが、そう言った物を踏みにじる義務が私にはあり、作者に賛辞と謝罪を送りながら触手の槍で一気に貫く。
ゴーレムの目から光が消え、地面を叩きつける格好で固まり果てた。
次を探すと二体の胴をアンジェラが消し飛ばし、残る一体もリタにX字に切断されている。無残なオブジェが庭の中に出来上がり、彼女達の技量を正確に表していた。
戦闘技能においては、私よりもずっと上のようだ。
「しなずち様! 次が来ます!」
「アンジェラ、リタ、愛してる」
「ばっ!? こんな時に何言ってんだい!?」
「そうよ、責任とって!」
「リタ! アンタも大概にしなっ!」
新たに動き出したゴーレムが、アンジェラが放つ光の槍に穿たれ倒れる。
次々に防衛戦力が減っていき、私とリタの出番を恐ろしい速度で奪っていった。その顔は赤く赤く染まっていて、口の端が上向きに曲がって笑っていた。
アレ? 結構喜んでる?
口ではああ言っているが、本心はずっと素直で乙女なのかもしれない。今度、耳元で囁きながら最初から最後までしてみよう。
「坊や! そっち行ったよ!」
「アンジェラ、愛してる」
「いい加減にしなっ!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
全てのゴーレムを片付けて屋敷に入ると、二階までぶち抜く大広間になっていた。
見るからに高そうな絵画や壺、武具と鎧に裸婦像等々。壁際や柱前に贅の数々が展示され、その無駄な豪奢に大きく大きくため息を吐く。
商売敵を圧倒する事は出来ようが、ここは盗賊の都。奪ってくれとでも言っているのか?
答えの返らない問いかけに虚しさを感じつつ、特に気に入らない裸婦像の顔に一発くれる。頭が孤を描いて床にぶつかり、派手な音を奏でてバラバラに散った。
価値を知っていたらしいリタが悲鳴に近い絶叫を上げた。
それを聞いた住民達が、何事かと各部屋からぞろぞろ顔を出す。殆どは白黒のフリフリに身を包むメイド達で、バスローブに身を包む贅肉だらけの丸い男が一人だけ混じっていた。
そして、広間に散らばった無様な残骸――――私のしでかした非情の所業に豚のような悲鳴を上げる。
「ト、トルミオ・バルハンクス作のアルセア神像がっ! ききき貴様、それがどれだけの価値があるのかわかっておるのか!? アルセア神の怒りに触れずに残る、唯一の裸神像なんだぞ!?」
「何かムカつく顔だと思ったらアルセア神の像だったか。まあ、気にするな。愛せない女の偶像なんて何の価値もない。アンタが抱いていた女達の方が、私にはずっと高価な宝に見えるよ。望むなら、我が女神に繁栄の加護を頼んでやろうか? 子宝と無病息災、商売繁盛にご利益があるぞ?」
「あ、ちょっと欲しいかも――――じゃない! お前達は避難しろ! 先生、センセーイ!」
「『岩は戸に、戸は開く』」
男の呼びかけに、若い青年の声が上から降った。
吹き抜け二階の天井が戸のように開き、肌も髪も服も腕輪も、首飾りすら全て白で統一した青年が舞い降りる。三階の高さから一階へと重力に任せ、着地の衝撃は両の脚のみで静かに受け止めた。
ストンッという抑えられた音が、広間に染みて消えてなくなる。
「魔術師……?」
「違うよ、リタ。彼は魔力を使っていない」
「え?」
困惑するリタを下がらせ、警戒しつつ前に出る。
成人してすぐくらいの若々しい、凛々しい顔立ちの青年だ。
格闘術に通じているのか、脚を軽く開いて半身を前に、両拳は軽く握って、私に向かって構えを取る。
「『疾っ!』」
威勢の良い声がしたかと思うと、青年の身体はもう私の前にあった。
気付いたらそこにいたとか、意識が欠落したとかの類ではない。
一連の脚の運びや体捌き、上体の動きは目で追えた。ただ、その体の動きに対する踏み込みの速度が異常に過ぎる。
一歩で十歩分進むような、行動に結果が見合わない動き。
私は種を探る為に距離を取ろうとし、彼の追撃から逃れられず、拳の一撃を腕で受けた。
「『破っ!』」
覇の有る声に合わせ、受けた腕が弾かれる。
接触の瞬間は通常の打撃。声と同時に追加の衝撃。
威力の差を考えると、声で生まれる力の方が本命と考えられる。内側に大質量を抱える私だから弾かれただけだが、これが人間の身体なら全身をバラバラに破壊されてただろう。
しかし、私の魔的な感覚は、その攻撃に魔力の流動を感知できなかった。
魔術でも統魔でもない、それでいてこの結果を生み出す方法は何なのか。
導こうと考え始め、腕に感じる『痛み』に妙な引っ掛かりを覚えた。蹴り、突き、叩き等、他の攻撃もわざと受けて、違和感の欠片を頭の中で整理し組み上げる。
そもそも、私の『痛み』はどこからくるのか?
それに彼の声は――――いや、言葉を、私はどこかで聞いた事があるんじゃないのか?
でも、どこで? 少なくともディプカントではなかった筈――
「ああ、そうか」
青年の踵落としを片手で受け止め、『吹っ!』の言霊を同じ『吹っ!』の言霊で押し返す。
叩きつけて来た足が勢いよく吹き飛び、諸共青年の身体が宙を舞った。
以前にも経験があるらしく、白い身体は空中で体勢を直して見せた。当たり前のようにきれいに着地して、こちらの追撃に備えて片手を下に構えを取る。
「一年も使っていないと忘れるもんだな。『君はこの言語がわかるのかい?』」
私が『日本語』で話しかけると、青年の顔が驚愕で染まった。
先程までの冷静さは消え、明らかに狼狽えている。構えていても呼吸が整っておらず、今なら簡単に制圧できるだろう。
だが、それをしてしまうのは何かもったいない。
お互いに十分な距離を開け、私は彼からの言葉を待った。
「『貴様、何故この言葉を使える!?』」
「『前の世界では、私はこれしか使えなかった。そして、今の私の名もこの言語で作ったんだ』」
「『貴様の名が言霊語で出来ているだと!? しかも作った!? そんな馬鹿な話があるか! 我が一族の中でも、それが許されるのは九尾以上の方々だけなんだぞ!?』」
「『なら、名乗ろうか。我が名はしなずち! 死を否定し、死の否定を否定する、血水地を司る妖なり!』」
「『くぅぉ――――っ!?』」
名に含まれる言霊が正しい発音で呼ばれ、生と死の力を撒き散らす。
私の血を注がれたアンジェラとリタを除き、この場の全員が呻き声を上げて崩れ落ちた。
死に向かう者の死を奪い、生きとし生ける者の生を奪う。私の言霊を浴びて無事でいられる者はいやしない。
その中で、青年だけは自らに言霊を付与して何とか耐えていた。
かなりギリギリだったらしく、しなずちの力の奔流が収まると、全身から冷たい汗を流して肩を大きく上下させる。
「『名前が言霊だから、言霊による攻撃は私という存在そのものへの直接的な攻撃になる、か。私を殺せる手段になりそうで、なんか嫌だな……』」
「なあ、坊や。そろそろ私達にもわかるように喋れないか?」
「あ、ごめん。懐かしかったからつい……」
こちらの言葉で話すように直し、私は青年に歩み寄った。
絶望と恐怖で染まった瞳が私を追う。
歯をガチガチ鳴らして怯える彼を笑顔で撫で、そっとお尻の辺りを触って確かめる。尻尾になりかけの小さな小さなふさふさが一つ、くるんと丸まって縮こまっていた。
こんな所で出会えるなんて。
予定外ではあったけど――――色々手間が省けたと思うべきなのかな?
ねぇ?
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