第46話 ちゃんと面倒見るから


「都は壁の中だけど、外もそれなりの町になってるのか」



 パルンガドルンガの外壁周りを歩き、並ぶ石造りの家々を見て回る。


 相変わらず地熱が高く、匂いと音だけで気配を探る。


 どの家も空き家かと思えるほど人の影はなく、しかし清掃は行き届いている。どういう目的かはわからないが、何かしらの理由があってこうしているのだろう。


 予想とつけるとすると、密会や闇取引といったところか。


 人目に付かず、ある程度の荷物を分散して保管も出来る。あぁ、戦に使うという手もあるのか。爆発物を家々に備えて、敵軍が十分進攻してきた所で起爆して気勢を削ぐ事も出来る。


 今度、社周りで真似てみようか――――?



「ん?」



 血臭と死臭と、ほんの僅かな命の匂いがする。


 私は気になって匂いの元に駆けた。


 こんな場所で、どんな目的で、何をしているのか。それを知る材料になるかもしれない。


 音を立てずに屋根を駆け、十秒かからず辿り着く。


 他と大して違いもない一軒の軒下に、小鼠族の青年が血を流して倒れていた。家の中には二人分の気配がして、耳を澄ますと、青年の家族を人買いに売ってその金で酒を呑んでいるらしい。


 胸糞悪い話に気分が悪くなり、私は触手を伸ばして、死角から二人の脳髄を貫いた。


 パリンッと音がして、密造酒特有の安っぽいアルコールと下衆の血の混合臭が立ち込める。


 片方だけでも吐きそうなのに、二つ混ざるともうどうしようもない。鼻が曲がりそうなのを堪えて地面に降り、青年の身体に触れて容体を確認する。


 肋骨や腕、足など骨折多数。


 内臓は幸い無事だが、殴打傷による内出血が酷い。


 栄養失調と水分不足も深刻。


 ここまで来ると、介錯して死なせた方が良いだろうか? 数日は放置されているようだし、助けてもこの苦しみの記憶がPTSDとなって一生付きまとうかもしれない。


 しかし、生きる意思があるなら助けた方が良い?


 どっちが良いのか悩んでいると、彼の命が小さく揺らいだ。何かを残そうと最後の力を振り絞っているかのようだ。



「生きたいのか? 死にたいのか?」



 私の問いかけに、命の揺らぎが答える。


 『死にたい。でも、妹と弟達は幸せにしてください。裕福でなくても良いです。どうか、お願いします』と。


 決まった。助ける。


 兄弟の幸せを祈る兄に悪い奴はいない。前世の俺が証人だ。兄弟全員、私達の庇護下で幸せになってもらおう。


 ただし、幸せは誰かから貰うものではない。自ら掴むものだ。



「それには対価が必要だ。払う覚悟はあるか?」



 彼の今の姿を見ると心苦しいが、妖怪との契約には対価が必要となる。


 払う覚悟を見せてくれ。


 それさえしてくれれば、後はどうにでもして見せる。



『皆が幸せになれるなら、何でも払います。お金も物も持ってないけど、僕に払える物なら何でも払います。だから、お願いします。お願い、します』



 ありがとう。


 助ける側の言葉でないとは思う。でも、私は彼にその言葉を送った。


 救われた気がした。


 彼の行いが、彼の想いが、彼の意志が、私と俺を慰めてくれた気がした。きっと、十に十は勝手な思い込みだろうが、心が彼への感謝で満ちる。


 そっと、頬を涙が伝う。



「……名を訊こう」


『キュエレ、です』



 良い名前だ。


 何が良いって、音が良い。


 小鼠族だから鼠並みに繁殖力が高いし、繁栄の女神の信徒にも適当だろう。嫌がられても、私が面倒を見るからと説得しよう。二人で肩を寄せ合ってプルプル震えて、涙目で見上げて請願もしよう。


 それだけの価値が彼にはある。


 これは確信だ。私は彼を信徒にする。



「良い名だ。ここに契約は成った」



 彼の口に触手を滑り込ませ、分泌した薬を喉奥に放り込む。


 飲み下した音が喉からして、すぐに変化が始まった。


 肉や骨の再生音がギチギチと鳴り、毛皮を透けて見えていた青痣が消えていく。変に曲がっていた腕と足は適切な向きに直り、ピクピクと動いて治った事を示してくれた。


 前にロザリアに渡した物よりずっと濃い、私の血から作った不老長寿の秘薬だ。


 舐めるだけで寿命が千年延びる上、傷付いてもすぐ治る再生能力を身に付けられる。


 彼は『払える物なら何でも払う』と言ったのだから、生涯を私達に仕えてもらうとしよう。飲ませた量から換算して、だいたい三千年くらい。



「チュ……チュゥゥゥ…………?」



 黒い小さな目が開き、ゆっくりと起き上がった。


 痛みと怪我が無く、空腹や渇きもない。


 とても良い事なのに何でそうなったのか、何が起こったのかを理解できず、手や足や尻尾をプルプル動かす。



「体は大丈夫?」


「チュ? チュゥ」



 どこが首なのかわからない、縦長の頭が縦に振られる。



「神様でチュ?」


「繁栄の女神ヴィラに仕える尖兵。名はしなずち。君と私は契約を交わした。覚えてる?」


「チュ!? 夢じゃなかったでチュ!? ぢ、ぢゃあ、妹と弟達は……?」


「まだこれからだ。まずは助けに行こう。奴隷商を片っ端から当たって取り戻す。もちろん手伝ってもらうから、しっかりついてくるんだよ?」


「は、はいでチュ! キュエレ、頑張りまチュ!」



 可愛らしい返事を聞き、私は都の外壁に向かって歩き始めた。


 キュエレも、私の後を追って四本足でついてくる。


 歩き方は鼠のそれで、全く足音をさせていない。小さな体と黒い体色が相まって、夜の諜報活動に向くかもしれない。


 白狐の件は乗り気ではなかったが、思わぬ拾い物をした。


 思わず笑みが零れ、パルンガドルンガ制圧にも気が入ってくる。


 ユーリカ達との合流まで、予想される期限は七日。それまでに、あの最奥の宮殿まで手にして見せよう。



「さて、やってやろうか」

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