第45.5話 捨てる者あれば拾う者あり


『おい、アレまだ片付けてねぇのかよ。いい加減始末しろって』



 壁の陰の薄暗い砂の上で、上からかけられた声に目が覚める。


 とはいっても、目蓋を開ける力はもうない。


 三日前に全身滅多打ちにされてここに捨てられ、立つことはおろか這いずる事も出来ない。飲まず食わずで力も入らず、たまに吹く風が体を揺らすと、あちこちの折れた骨が激痛を走らせる。


 …………もう、向こうに逝きたかった。


 僕らを村から追いだした大人達は、僕にだけ本当の事を教えてくれた。


 流行り病で村全体が冒され、感染していない子供達だけでも逃がそうとしたのだと。でも、そんな事を知らない皆は訳が分からず、一人、また一人と去っていった。


 残ったのは僕と、まだ幼い妹と弟達。


 働くどころかすぐ遊び出してしまう子供の世話は大変で、安全そうな場所を見つけては寝かしつけ、狩りに出たり簡単な仕事を探したりした。


 脚の速さには自信があったから、届け物で駄賃を貰い、小型の魔獣を狩って売り、流れて流れてこのパルンガドルンガまでやってきた。


 やってきてしまった。


 それが間違いだった。


 盗賊都市の名を持つこの都は、奪い奪われるのが当たり前の街。幼い子供を連れた子供なんて、攫ってくれと言っているようなものだ。


 親切そうなおじさんが部屋を貸してくれると言ってくれて、その夜に僕らは襲われた。


 兄弟達を守ろうとした僕は、おじさんに棒で殴られ、殴られ、殴られ、殴られて殴られて窓から捨てられた。


 妹の泣く声が頭の中で聞こえ、涸れた涙が心を伝う。


 苦しくて、苦しくて、悲しくて、辛くて、いっそ死んでしまいたいと、死なせてほしいと神様に祈る。



『……死にたいのか?』



 ふと、そんな声が聞こえた気がした。


 僕は声に、死にたいと言った。


 でも、少し考えて、妹と弟達は幸せにして欲しいとお願いする。


 人攫いに攫われたら奴隷にされるのが通例だ。買われた先で大事に扱ってもらえたなら、奴隷であっても辛くはない筈。


 裕福でなくても、どうか、幸せにしてください。



『…………それには、対価が必要だ。払う覚悟はあるか?』



 優しそうな声色が、優しいまま重くなった。


 皆が幸せになれるなら、僕は何でも払います。


 お金も物も持ってないけど、僕に払える物なら何でも払います。


 だから、お願いします。


 お願い、します。



『……名を訊こう』



 キュエレ、です。



『良い名だ。ここに契約は成った』

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