第30話 初めての戦争らしい戦争(上)


「数だけは負けてるんだな」



 船の縁に手をかけ、下に広がる戦場を眺める。


 グランフォート皇国に入って一時間ほど飛んだ先にある小高い丘に、ダルバス軍およそ一万が布陣していた。


 奴隷兵団らしく陣形も何もないただの塊。とにかく数ばかり揃え、物量で押し潰そうという短絡的思考が見て取れる。


 対して、丘を下った平たい地形には、グランフォート軍と思しき二百程の五列横隊が布陣している。


 本来ならダルバス軍の勝利は疑いようがない。しかし、グランフォート軍の戦いぶりは圧倒的な戦力差をものともしない凄まじい代物。兵一人一人が高収束の魔力槍を敵陣めがけて投げつけ、弾着と同時に炸裂させている。


 巻き込まれた複数人の肉片が宙を飛び、汚い赤い染みが幾つも幾つも花を咲かせていた。


 放たれた槍の数だけ数の優位は失われていき、前線の崩壊がリアルタイムで進行していく。


 前世の長篠の戦もこんな感じだったのだろうか? あっちは騎馬隊が相手だったから、ここまで簡単にはいかなかったろうが……。



「ヴァテア、アレは全員が統魔師なのか?」


「ふぁぅぅ…………ん? あぁ、体外魔力制御がまだ出来ないからまだまだだけどな。しかも殆どが初陣だ。綻べば崩されかねないから、見た目ほどの優位はないな」



 眠そうに瞼を擦るヴァテアが、戦場を見て状況を簡単に解説する。


 しっかり立っているように見えて、上半身の反り方が通常より前屈みになっている。腰を庇っているのがバレバレで、ロザリアとの初夜の激しさが見て取れた。


 仕返しが上手くいった事に心底でほくそ笑む。


 だが、あまり長く眺めていると悟られる危険があった。改めて戦場に目を向け、グランフォート兵の拙さを観察する。


 前線より手前に着弾している『外れ』が多い。


 殺しに対する無意識の抵抗に照準をぶらされている。幾ら優れた能力を持っていても、これでは戦場において無能に等しい。互いに命を掛け金にした勝負で、負けても良いと言っているのと同じだ。



「戦場を舐めているのか?」



 憤怒を滲ませ、レスティが地上の戦いを睨み付ける。


 側近の悪魔巫女数名も嘲笑を向けていた。百年以上戦い続けた者達からすると、彼らの必死は児戯にしか見えないらしい。



「レスティ。立ったばかりの小鹿に走れというのは酷だぞ?」


「いくら主でもこれだけは譲れん。ろくに戦闘訓練をせず装備も劣悪。奴隷兵で数ばかり揃え、指揮する兵長は狙撃で片端から射抜かれて碌な抵抗も出来ず撤退命令も出せない。こんなものは戦いではない。ただの集団自殺だ」


「あ、そっちか」



 ダルバス軍の惨状を指され、勘違いを正すと共に狙撃手の姿を確認する。


 グランフォートの本陣に十本の魔力槍を浮遊させる少年がいた。


 幼さが残るキリッとした顔立ちの美少年で、ヴァテアと同じ軍服と、背にドーラン竜帝国の紋章が入った裾の長いコートを羽織っている。


 寄り添う女竜人の指示で、五本の槍が同時に放たれた。


 速さを例えるなら秒ではなく瞬。射出から着弾までに瞬きが間に合わず、途中で収束を解かれた魔力竜巻が着弾点を大きく抉る。


 横五メートル、縦二十メートルの範囲が粉微塵に引き裂かれた。


 跡は綺麗だ。だが、そこら中に飛び散る血と臓物の霧が色々とえぐい。



「アレが上の弟のヴァニクと、その妻のラフィエナだ」


「若すぎないか?」


「十五だから成人だよ。ラフィエナも竜人族としては成人より少し上ってくらいだ」


「それで私と同等か。末恐ろしいな……」


「転生一年で統魔十年に張り合うなよ。ま、それでなくてもヴァニクとエイレスは天才だからな。俺を追い越すのだってそう遠くない」



 兄馬鹿全開の兄弟自慢が始まり、うざかったので適当に聞き流す。


 それより、加勢をどうするかが問題だ。


 そもそも必要なのか? いや、必要か以前に邪魔なのではないか?


 ヴァニク夫妻はまだ良いとして、それ以外は戦士としての練度が低い。戦場における理不尽を経験しておらず、勝者は敗者を踏みにじる義務がある事を理解していると思えない。


 手心を加えるな。一思いにやれ。


 自分と味方の生存を第一とし、それ以外は二の次と心得よ。


 これから死ぬ奴らの為に死んでやる必要はない。


 死んだ奴らの為に不利を受ける必要もない。


 戦争とはそういうものだ。無駄に尊厳やら何やらを持ち出したら、勝者は何の為に勝利したのかわからなくなる。


 やるなら徹底的に。


 慈悲はなく、容赦もしない。


 ――――ああ、それを教えるのが良いのか。



「レスティ。お前に死巫女の位を授け、元魔王軍の巫女衆に死巫女衆の名を与えて配下に付ける。戦場を右翼から攻め、グランフォート軍が撃ち漏らした残敵を掃討しろ」


「ふむ……了解した」


「ユーリカ、黒巫女衆は左翼だ。一人も逃すな」


「かしこまりました」



 巫女達が左右に別れ、空に跳び出した。


 羽衣の形状操作で翼を作り、それぞれの目的地に滑空していく。見通しの良い地形だから、ランディングポイントは選び放題だ。


 さて、次。



「ラスティはここで戦場全体を把握。ダルバスの尖兵が出てきたら報告してくれ」


「了解した。主様はグランフォートと話をつけに?」


「あぁ。シムナは供を。ヴァテアはどうする?」


「俺も行こう。その方が話が早い。ただ、ガイズ達は置いていく。この高さはあの二人には無理だ」


「わかった。それじゃあ…………よっと」


「!?」



 シムナの背と膝の内側に腕を入れ、所謂お姫様抱っこの形で抱き上げる。


 唐突なご褒美と顔の近さで、シムナは状況の把握よりも羞恥心の方が勝った。腕の中で暴れて逃れようとし、大人しくさせる為に触手で腕を掴んで私の首に無理矢理任せる。


 必然的に顔と顔が合い向かいとなり、私は軽く唇を重ねた。そして、逃がさない事を耳元で囁いて、耳の裏を舐め上げて抵抗の意志を挫いて折る。



「嫉妬するぞ、主様」



 ラスティの抗議と、獲物を狙う蛇の目に気が圧される。


 その圧力が心地良い。彼女の心がこちらを向いていると感じられ、自然に笑顔が湧いてくる。



「構わないよ。その分、溢れるくらい愛を注ぐから」


「言ったな? 本当に溢れる程注いでもらうからな? 覚悟しておけ」


「了解。じゃ、行ってくる」



 ラスティと伽の約束をして、私はタンッと宙に身を躍らせた。

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