第10話 黒百合の里(上)


『久しぶりね、ギンタ。転生前でもないのに連絡してくるって事は、相当な厄介事かしら?』



 二十年ぶりに聞く仲間の声。


 ダークエルフの里長を務める彼女は、今年で五百を越える歳となった。仲間の中では天命に一番近く、彼女を送る事が次の大きな仕事だと思っていた。


 俺は、彼女が好きだった。


 何度も何度も口説いて撃沈し、権力任せに都合の良い女を抱いて晴らした。そんな所が振られる原因だったのではとも思うけれど、国王としての世継ぎ作りと好きな女との情交は、全くの別物で比べるような物じゃない。


 もっとも、それは昔の話。


 何度も転生する前の、最初の最初の大昔の話だ。


 今はこのギュンドラの国王と、ダークエルフの英雄『黒百合のミュウ』という間柄。命じる側と命じられる側に明確に別れ、寂しい気はするけれど、仕方ないと割り切るしかない。


 …………無理、だけど……。



『王蛇の毒が欲しいんだ』


『アレを最後に見たのは、アンダルとアーカンソーが国内の魔獣狩りをしていた時だから四百五十年前ね。見つかると思う?』


『毒自体は出回ってるみたいだし、不可能じゃないと思う。むしろ、ミュウなら入手方法を知ってるんじゃないの?』


『出回ってる? おかしいわね? アレの生息域はアギラ領の最奥部。王国建国前の文明遺跡が残る場所よ? 貴方の許可なしにあそこに行く事は里の禁忌にしてある。唯一犯した娘は三十年前に追放したわ。貴方も良く知るユーリカよ』


『あぁ~…………そこに行きつくのかぁ~……』



 何となく予想出来て考えないようにしていたが、ピンポイントで当たりだった。


 王蛇の毒を使っていたのは、ユーリカと勇者ソフィアの二人。ソフィアが修行時代にユーリカから譲ってもらったということか。


 となると、非常に厄介だ。



『城塞都市クルングルームに女神軍の幹部が現れた。『黒杯』の半数がそいつにやられて、効果がありそうな攻撃手段が王蛇の毒なんだ』


『冗談でしょう?』


『本当だよ。ちなみに、その情報を手に入れられたのはユーリカのおかげ。でも、ユーゴの話だとその幹部にやられたって……』


『あの娘ったら……いえ……もう…………』



 耐え難い事実に、ミュウは言葉を詰まらせた。


 ユーリカはミュウにとって特別な娘だった。


 好奇心が旺盛で、人一倍勉強熱心で、若いながらにミュウを超える毒と薬の使い手に育った。将来は自分の後継者にとも話していて、禁忌を犯した事で里から追放する事になった時も、いつか功績を立てて里に戻れるように手を回していた。


 娘にも等しかった。


 大事な、大事な愛する家族だった。



『…………禁忌を犯したのはユーリカだけ。毒の採取を一人でやれたのであれば、あの娘の技術がいくら優秀と言っても私達でも出来るでしょう……』


『大丈夫?』


『やって見せるわ。この国と、あの娘の為に。だから、必ず仇を取って。お願いよ、ギンタ……』


『わかった』



 直接手を出せるわけではないが、出来る事は何でもやろう。


 俺はダークエルフの里を支援するため、光の板を五つ開いた。


 里にいるダークエルフは百三人。人間と違って女性も戦闘訓練を受けており、年若い二十人と老人二十三人、育児中の母親十人を除いた五十人が参加可能だ。


 ただ、食料が心許ない。


 山間部は長雨で、ベリー系の果樹が不作と出ている。アギラ領主に命じて支援をさせ、一緒に必要な物資も潤沢に送る。


 新鮮な野菜と漬物、燻製肉、イモ類に果物のハチミツ漬け、エルフが好む果物とハーブのリキュール、調味料と香辛料――――。


 ん? ブロフフォス領の戦況が劣勢? まあでも、魔王がいるからすぐ巻き返すだろう。


 今はミュウの支援に集中しよう。


 さて、やってやるか。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 黒百合の里には百三人のダークエルフがおり、女性は約半数。その内十一人が婆さんで十人が既婚者、残りの三十人が巫女候補となる。


 ダークエルフはより強い異性と子を作り、より優秀な子孫を残す事を至上とする。


 一度戦となれば、出生率が低く、育児に時間がかかるから数で圧倒される。数を圧倒出来る質が必要だとして、古来から続いている風習だ。


 では、どうすればより強いと認めさせられるのか?


 里では適齢期の男同士、女同士が戦い、最後まで勝ち残った者同士が結婚する。自分が一番強いと里全体に示し、同じく一番強い相手と夫婦となる。


 単純明快だ。


 だが、稀に里の外から婿や嫁を求められる事がある。


 旅の途中に良い仲になった時。時の権力者に見初められた時。無謀な愚か者が里を襲った時。


 その際にはまた異なる掟がある。


 里に自分の力を認めさせる為、求める婿や嫁の父母と戦う。打ち勝てれば、息子か娘は勝者のものだ。より強い子を成す為の事だから、誰も文句を言ったりしない。


 もっとも、五百年以上続く里の歴史の中で、それが行われたのは五回。


 そして、成功したのは四百年以上昔にたったの一回のみ。


 里長の仲間の一人が、命の恩人である二人の娘を妻にしたいと申し出たのだと言う。たった一人で二組の父母を相手に戦い、その彼は一度に二人を奪って娶った。



「で、それを今回の前例とするわけか」


「はい。しなずち様なら、四十人のダークエルフなど全く問題になりません。三十人のダークエルフの娘は巫女として、私と同じように身も心も魂も捧げますわ」



 しなずち様の胸に抱かれて木々の枝を足場に跳び回りながら、私は私の立てたプランを伝えた。


 里の掟を利用し、巫女に適した娘全てを要求。その父母全員を屠り、現地妻ならぬ現地巫女を大量に用意する。


 もちろん、激しい抵抗があるだろうが、その時はその時だ。


 私の時のように素直にさせるも良し、家族を人質に取って従わせるも良し。手段は幾らでもあり、いくらでもどうにでもできる。


 問題は、時間。


 一人を巫女にするのにかかる時間は最低十分。三十人を巫女にしようとすると、休憩を含めて半日はかかる。


 ギュンドラ王も馬鹿じゃないから、追撃隊が組織されているだろう。


 そいつらに追いつかれない間に、可能な限り多くの巫女を生み出す必要がある。しなずち様にその事を伝えると逞しいお腕で私を抱き上げ、里までの間にある山林河谷を真っ直ぐ踏破すると仰られた。


 常人をはるかに超える身体能力で、通常遠回りするルートを無視して突っ切る。


 川を跳び越え、谷を跳び越え、崖を駆け上がり森を駆ける。急いでも一週間かかる筈の道程が、あと一時間もすれば里が見える位置までもう至っていた。


 本当に凄い。


 シムナから、しなずち様は妖怪という魔物の一種と聞いていた。だが、いくら魔物とはいっても疲労する。個体差はあれど、私を抱えて五時間を走り通し、汗の一つもかいていないのは明らかに異常だ。


 ふと、周囲を見渡す。


 シムナとノーラ様がいない。


 いや、そもそもついてきていただろうか?



「? あぁ、二人は留守番だ。馬車には工作活動中に使う食料と水がある。置いてくるわけにはいかないから任せて来た。それに何かあっても、あの二人なら十分対処できる」


「…………随分信頼していらっしゃるのですね?」



 自分以外の女に信頼を置かれると嫉妬を覚える。


 少し不機嫌になって頬を膨らませていると、しなずち様は私を見て微笑んだ。



「ユーリカも、シムナの事は信頼しているだろう?」


「あちらはどうかはわかりませんが……」



 私は正直に心奥を吐き出した。


 雰囲気はそうでもないが、彼女の言葉は、私が彼女を置いて失踪した事への非難と皮肉が溢れていた。しなずち様への愛が多少薄れさせているかもしれないが、きっと根に持っているに違いない。


 しかし、私はそうではない。


 彼女は私の最初の弟子で、最愛の一番弟子で、追いかけるべき目標だ。


 替えなどない、唯一の大事な相手。黒杯の任務中も、幸せになって欲しいと祈ったのは一度や二度じゃない。


 だから余計、彼女の言葉が痛い。



「シムナは酒に弱くて、晩酌に付き合わせると聞いてもいない事をペラペラ喋り出すんだが、殆どは師と仰いだ女性の事だった。自分を置いていなくなった事は許せないが、無能な自分を立派な勇者にしてくれた魅力的な女性だと自慢していた」


「――――え?」



 信じられない言葉に、私は目を見開いた。


 シムナが、私を自慢?



「ああ。よりによって実の姉の前でやるもんだから、せっかくの酒の席が何度も修羅場に変わったよ。勇者時代に私を『五回殺せた』のも、師匠との修行のおかげだと感謝していた。事ある毎に、無事でいるようにと祈ってもいた。本当は、ユーリカとの再会は嬉しくてたまらない筈だ。素直じゃないから、表には見せないけどな」


「………………それが本当なら、私も嬉しく思います」



 本当に、本当の話なら。


 しなずち様を信じていないわけではないが、この方は意外と甘い所がある。私を元気づける為の方便くらい使うだろう。


 もしくは、私がシムナに問い質すまでにそう仕向けてしまうか。


 私は疑惑の目でしなずち様を見つめた。


 人間で二十前半という申告よりずっと童顔の、黒髪黒目の美青年(私の主観だが……)。私の不信をしっかり受け止め、当たり前のように包み込んでしまっている。


 不満はないし、むしろ嬉しい。


 私の負の部分、嫉妬深さと負けず嫌いを認めてくれている。私に今のままで良いと言ってくれ、都合の悪い部分を認めずに変化を求めるせっかちな愚物とはまるで違う。


 なんというか、恥ずかしくなってきた。


 私は視線を逸らして、そう厚くもない胸板に頭を預ける。


 あの丘を越えた先の森に里がある。追放されて一度も帰っていないから、大体三十年ぶりといった所か。


 同世代の何人かは結婚しているのだろうか?


 私もこんなに素晴らしい方にモノにされたと自慢しよう。


 父さんと母さんはどんな反応をするだろうか?


 里の誰よりも強い種を孕むと報告しよう。


 里長は――――



「会いたくないなぁ……」

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